第24話 素直な言葉
「いや、いいよ」
「はあっ?」
言わずもがな、この「いい」は「要らない」の意味である。
文句を言ったくせに要らないとはどんな了見なのかと、彼の態度に彼女の怒りのゲージは溜まっていく。
一応彼の言い分は聞く気があるのでノイカは彼を睨んだまま水を差さずに言葉を待った。
「『アイ』が良い。名前なんて初めてもらったから、これが良い」
「はぁああ!? あんなに文句言ったのに!?」
「だって安直は安直だったし」
「いちいちムカつくわね、あんた! ほんとに心理カウンセリング用のアンドロイドなわけ?」
「廃棄処分予定の欠陥品だからね」
「ほんっと、ああいえばこう言うじゃないっ!」
溶鉱炉に続く穴から逃げていた時はどうしてスクラップ場にいたのかなど聞けない雰囲気を
アイはどうやら思ったことを素直に言っているようで、ノイカはやはり彼に対して『人間らしい』といった印象を受けた。
決められたことを決められたように返答する従来のアンドロイドでは考えられない反応の連続でノイカは驚きを隠せない。
……今はどちらかというとボロカスに言われたことに対する怒りの方が強いのだが。
昇華できない感情を床へとぶつけ、騒々しく進んでいく彼女へアイは「ねえ」と声をかけた。
「何よ」
「ありがとう」
「はあ?」
「ボクに名前をくれて、ありがとう。とても嬉しい」
思ったことを素直に言うということは、何も悪いことばかりを口にだすということではないらしい。
抑揚のないトーンで話しているから感情の上下があるようには感じられないはずなのに、アイの言葉にはどうしてか感謝の念が乗っているように思えた。
先ほどまで怒っていたノイカも面と向かってお礼を言われるとは想定していなかったので、なんと答えて良いか分からず、そっぽを向く。
「そりゃ、どーも!」
ノイカはぶっきらぼうな口調でそっけなく彼に返事をする。
安直だったとしても彼女は彼女なりに考えて付けた名前だったので、「ありがとう」と言われるのは嬉しいのだが、素直に喜ぶのは釈然としないので、あえて不機嫌なように振る舞っていた。
「ところでキミの名前は?」
「名乗ってなかったわね。……ノイカよ」
「ノイカ。キミの名前もいい名前だね」
「……そうかしら」
ノイカは自分の名前が好きではなかった。
両親が特に意味もなく『ノイカ』と名付けたと知ってから、どうしても好きになれなかったのだ。
名を変えて生きていこうかと思った時もあったが……それでも彼女が名前を変えずにここまで来たのには理由がある。
レジスタンスに入ってからの時間も彼女は『ノイカ』として生きてきた。
仲間たちが彼女の名前を呼んでくれるたび、彼女が自分の名前に抱いていた薄暗い感情が消えていったのだ。
――昔の私なら、自分の名前を『良い』だなんて言わなかっただろうけど……。
「そう……かもね」
彼女はふと目を細めて笑った。
『ノイカ』
彼女の名前を呼ぶ彼の声に幾度となく救われて、仲間たちの声に励まされて。
だから彼女は決意したのだ。
この名前に今までの人生が乗っているから。そしてこれから進んでいく道のりが詰まっているから。
だから自分の名前を変えないのだと。
満足そうなノイカの顔を見つめてアイは何かを思い出したかのように、ズボンのポケットを漁った。
「それと、ノイカ。これを」
アイが手渡してきたのはシンプルなワンポイントの石が付いたネックレスで、それはノイカがカイトからもらったものだった。
あの場所で無くしたとばかり思っていたが、彼が拾ってくれていたらしい。
石が不思議なほど輝いていたはずだったのに、今はそれを失っている。
「……どうして、これ」
「ボクの足元にあったんだ。探していたみたいだから」
「ありが……」
ペンダントをもらう瞬間にノイカはアイの顔を見て固まる。ぼんやりと彼の手ごと握る彼女を不思議そうに見つめる瞳はターコイズブルーで……彼女は澄んだ水色を覗き込んだ。
やはりこの色はカイトがくれた時のネックレスに酷似している。
「どうかした?」
「……いいえ、何でもないわ」
何か関係性でもあるのかと思ったが恐らくは偶然の一致だろう。
ノイカはそう結論付ける。
ネックレスを大事そうに首へとかけ、防弾ベストの中へと入れ込んだ。
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