第21話 その一言は鉛のように重い
ノイカは梯子を登り切った場所で溶鉱炉へと落ちていくアンドロイドたちを見つめる。
スクラップ場にあった鉄くずは新しいアンドロイドの部品にするために、ああって溶かされるとのことだったが……ノイカはこの光景に遭遇するまでアンドロイドの中に不良品がいるなどとは露ほどにも思っていなかった。
完璧で完全な存在、それがアンドロイドに対して抱いていた印象だったのだ。
自分のように決められたレールから外れたものもいるのだという事実から、彼女は目が離せなかった。
今すぐにでもカイト達を探しに行かなければいけないと頭ではちゃんと分かっているのに、どうしてだかこの光景を見ておかなければいけないのだという使命感に駆られていた。
落ちていく音すらも聞こえない熱のこもった炉へと視線を向けたまま、隣にいる彼はノイカに問いかけた。
「それで、条件って何かな」
「その前に聞かせて……セントラルは……セントラルタワーは今、どうなっているかしら」
「毎週一回、この廃棄物溶解システムが動くようにプログラミングされている。今日も滞りなく実行されているということは、間違いなくセントラルは今日も昨日と変わらない。つまりは健在だということ」
「……そう」
彼女は白衣のアンドロイドとの戦闘を思い出し、俯く。
あの圧倒的に不利な状況で作戦が成功しているだなんて考えられなかったから、予想は勿論できていた。
だけれどそれとこれとは話が別だ。
分かっていても、予想出来ていても、心が動じない訳ではない。
むしろこの悪い予想が外れていてほしいと思っていたからこそ、このアンドロイドへわざわざ確認したと言っても過言ではない。
――皆、今どこにいるのかしら。
あの場で無残にも殺されているかとも考えたが、それは無いと踏んだ。
カイトは白衣のアンドロイドへ『だって、俺らのこと殺す気なかっただろ。あんたら』と言っていた。言われた方もそれを否定していないということは、カイトの推測は正しかったのだろう。
なら、まだ彼らが生きている可能性は十分にある。
ノイカは震える手を抑えるために胸の前で両手を組み、隣に立つ彼へと声をかけた。
「さっき言っていた条件だけれど……」
彼女の中で自分を守り導いて来てくれた存在が無くなってしまうのではないかという思考が渦巻く。それは止めようとするほどに力を増していき、嫌な方向へと妄想を広げていった。
最悪の想定が頭にこびりついているのを悟られないように、彼女は気丈に振舞う。
「……私の仲間を探してほしい」
「キミの、仲間」
「そう、レジスタンスの仲間よ。どうか……」
ノイカの心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなっていく。
あの時言えなかった言葉は言うのにこんなにも勇気が必要だったのかと彼女は思い知らされた。たった一言を言うだけだというのに、彼女にとっては全く簡単なことではない。
――それでも言わないと。
彼女は浅くなる息を整え、泣き言を言いそうになる自分を奮い立たせると、アンドロイドへと向き直った。
「私を、助けてほしいの」
「わかった」
「……あんた、私が結構大変なこと言っているって気が付いているの?」
「勿論。でもキミがボクに協力してくれると言ってくれたから、どんな条件だったとしてもボクは受け入れるつもりだった」
――最初から受けるつもりだったなんて本当かしら。
どうしても彼がアンドロイドであるということがノイカの疑念を助長させてしまう。
手を取り合いましょうと言われても、すぐに「はいそうですか」と賛同できるほど世界が甘くないことを彼女は知っていた。
それでも今この状況で頼りにできるのは彼だけというのもまた事実だ。
「それじゃあ、交渉成立ね」
彼女の言葉に彼が急に右手を差し出してきた。
ノイカは彼へと怪訝そうな視線をやるも、彼のほうはむしろ何で彼女が手を出さないのか分からないと言いたげにしていた。
「……は? 何よ、これ」
「合意ができた場合は握手をするものだという検索結果が出たのだけれど、何か違ったかな」
「違うも何も……というか検索結果って……どこで仕入れたのよ、そのデータ」
「アンドロイド養成所。出荷される前にボクたちが『学習』するところ」
「へぇ、アンドロイドも学校でお勉強とかするのね」
ノイカは握手をスルーしようとしたのだが、いつまで経っても手を引っ込めることのない彼に根負けして渋々自身の右手で彼の手を握った。
無機質で冷たい鉄の塊かと思っていたのだが、意外にも手の表面は柔らかい素材でできており、どうやら肌の感触に近いものを使っているようだった。
――こんな風に
今までノイカが関わってきたアンドロイドは、彼女がまだ学校へ通っていた時の”先生役のアンドロイド”と、レジスタンスに所属してから対峙した敵アンドロイドだけだったのだ。まさかアンドロイドと握手する日が来るなんて誰が思っただろうか。
人間とほとんど変わらない手を眺めながら、ノイカはそんなことを思っていた。
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