第20話 手を取り合うもの達

 すっかり殺意の削げ落ちたノイカは深いため息を一つ吐きだす。


 あの日、自分が言うことのできなかった一言を難なく発したアンドロイドがノイカにはとても眩しく見えた。

 自分にないものを持っている存在ほど、輝かしくて羨ましい。


 ノイカは緩んでいた手に再度力を入れ直し、アンドロイドへと向き直った。


「……わかったわ。その代わり、条件が――」


 彼女の言葉を遮るようにガコンッという音が響き、地面が斜めになっていく。


 彼女たちの足元の部品が下へ吸い込まれて行っているようで、ノイカが原因を確かめる。ちょうど彼女の足元に蓋があったらしくそれが徐々に開いていき、その中にどこまでも赤い液体があるのが見えた。


 不吉な音を立てながら真っ赤な気泡ができたり割れたりを繰り返している。

 そこから熱風が巻き上がって来ており、ノイカは直感的にこのままでは危ないと感じた。


「条件は後で。とりあえずこっちに」


 は抑揚のない声でそう言うとノイカの手を掴み壁へ向かって進んだ。


 平面とは言い難い床を器用に移動するアンドロイドの速度についていけず足を取られた彼女を、アンドロイドが片手だけで支える。


 ノイカと大して身長も変わらない、見た目で言えば十四、五歳の少年に見えるというのに、流石と言うべきかアンドロイドは彼女を受け止めても全く微動だにしなかった。


「しっかり歩いて。時間がない」


 足早に前を行くアンドロイドは振り返ることもなくノイカに伝える。


 段々と室内の温度が上がってきているので悠長にしている暇はないのだろう。

 ノイカもそれは分かっていたが……どうしても聞かずにはいられなかった。


「ねぇ、ここって、何なの?」

「ここはスクラップ場。不良品の行きつく場所」


 スクラップ場、不良品……ノイカは聞こえた単語を頭の中で並べてみる。


 ここに行きつく個体は全て下に見えている炉で溶かされていく。それはきっとこのアンドロイドも例外ではなかったはずだ。

 人間と同じような姿かたちをしているというのに、ノイカたちが当たり前に感じる恐怖や劣等感というものは持ち合わせていないのだろうか。


 ノイカは考えを巡らしたが、今最優先でしなければいけないことではないと、思考を遠くへと追いやった。



 ◇



 やっとの思いで壁付近へとたどり着く。

 室内の温度が上がっており、ごうごうと鳴く何かの音が大きくなっていた。


 時間がないことは言わずもがな分かっているのだが……それにしても壁に打ち付けられた梯子の金属が針金のように細い。これを登っていくというのは、正直心もとない。


 ――私が乗っかったら足場が折れたりしないでしょうね……?

 ノイカが梯子の強度を確かめようと壁に近づくよりも先に、アンドロイドがそれを登り始めてしまった。


「早く。すぐに今の足場もなくなる」


 固まるノイカにアンドロイドはそう伝えると、彼女を待たずにどんどん先へと進んでしまう。

 確かに足元の部品が少しずつ傾いてきており、あと二、三分もすれば完全に下へと真っ逆様なのは想像に易かった。


 ――これで落っこちたら呪ってやるんだから!


 ノイカは心の中で悪態をつくと、意を決して梯子に足をかけた。



 先ほどまで山のように重なっていた部品たちが真っ赤な穴に吸い込まれていき、最後にたどり着いた先ですべてが一つになってゆく。


 目が覚めるのが少しでも遅かったら。

 このアンドロイドと手を取り合っていなかったら。


 起こっていたかもしれない『もしもイフ』を考えて背筋が凍る。

 熱に包まれていくこの場所から逃れるため、彼女は梯子を上ることに専念した。



 ようやく梯子を上り終えた先で、乱れた息を整えるためにノイカは深く息を吸う。

 何かが燃える匂いと熱風が肺に入り込んで少し痛い。


 そんな中でノイカは彼の幻想を目撃する。

 汗だくの彼女の隣で笑う彼は先にたどり着いていたアンドロイドを指さしてこう言った。


『ほら、二人なら何とかなっただろ?』


 そう言って微笑む声が響いて消えた。

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