第18話 奈落の底にあったのは

 風を切る音はいつのまにか止んでいた。

 意識を手放す前は一面真っ暗闇だったというのにどうしてだか瞼の裏が明るい。


 ――私は、落ちて……それから……。


 ノイカが目を開くと見覚えのない白い部屋にいた。


 部屋自体は円柱状になっているようだったが、視線の先には光さえ届かない真っ黒な空間が続いていて、ノイカは自分がそこから落ちてきたのだと分かった。


 ――自分が今どんな状況に置かれているのか分からないとき、一番大切なのは冷静に現状を把握すること、よね。


 ノイカは以前カイトに教えてもらった対処法を頭の中で復唱する。

 落ちた時にぶつけたのだろう全身が痛いのを我慢し、彼女は体を起こした。


 そして立ち上がろうと床に手を着いた時に気付いてしまう。

 今まで彼女が倒れていた場所がただの床ではなく、床と呼ぶにはあまりにも歪な場所であるということに。


 腕、頭、胴、脚。

 中には四肢をもがれた達磨や上半身もしくは下半身だけのものも存在している。


 ノイカのいる場所はそれらが乱雑に積み重なった山の頂上であった。

 全部アンドロイドの部品だが一見しただけでは偽物だと気づかないぐらい精巧な作りに、ノイカは思わず口元を覆った。


 どうしてこんな部品パーツまみれの場所があるのだろうか。

 まるでゴミ捨て場のような出で立ちにノイカの胸中に一気に不安が押し寄せる。


 ――冷静に、冷静にならないと……!


 彼女は縋るように胸元のペンダントへと手を伸ばすも、首に何かがかかっている感覚がない。カイトからもらったお守りは防弾ベストの中へとしまい込んでいたというのに、ここへ落ちてくる途中で落としてしまったのか。


 辺りを見渡してもの山しか映らず、ペンダントらしきものはどこにもなかった。


「どこっ! どこにいったのっ!」


 彼との唯一のつながりを無くした彼女は動揺を隠せない。それほどまでにカイトはノイカにとって大きな存在なのだ。


 親とはぐれて迷子になった子供のように半狂乱になる彼女のすぐそばから人影が動くのが見えた。


「キミ、何をしているの?」


 注意して聞かなければ気が付かないほど肉声に近い機械音が聞こえノイカは勢いよく声のする方へ視線を動かすと、澄んだ水色の瞳が特徴的な少年がノイカを覗き込んでいた。


 陶器のように白い肌と青みかかった黒い髪が絶妙なコントラストになっていて、絵画から出てきたと言われれば信じてしまうほどに絵になっている。

 だが顔には感情と呼ばれるものが表現されておらず、彼の無機質な目はノイカを反射しているだけだった。


「……アンドロイド……!」


 ノイカは近づいて来ていたアンドロイドと距離を取る。


 体の部位ばかりが転がっているこの場に全身欠損のないアンドロイドがいるという違和感は、目の前の個体が追ってかもしれないと考え付くのに十分な要素だと言えよう。

 彼女は同時にここが敵拠点の真っただ中であるということを思い出した。


 アンドロイドへ注意を向けたまま脚に装着したガンホルダーへと手をやるも、そこには銃は入っていない。

 恐らくここへたどり着くまでに落としてしまったのだろう。


 警戒を露にするノイカにアンドロイドは徐に口を開いた。


「安心して。キミと戦う気は全くない」

「嘘じゃないでしょうね……?」

「勿論。嘘じゃない」


 アンドロイドは表情から何を考えているのかが読み取れない。

 言葉だけではいまいち信用できないが武器もないこの状況では下手に動くのは愚策である。


 ノイカは警戒を緩めることなくアンドロイドへと向き直った。


「一応は信じてあげるわ。……それで、何が目的?」

「目的?」

「とぼけないで頂戴。まさか世間話がしたいから私を殺さないでいるだなんて言わないでしょう?」


 ノイカは話しているうちに頭の整理がつき、万全ではないが冷静さを取り戻していた。


 アンドロイドが会話の成り立つ相手だとは思えない、ならば裏があるのだろう。その裏が何なのか、彼女は探る必要があった。


 目的は何かと問い詰められたアンドロイドは顎に手を持っていき考える仕草を見せると、答えがすぐに思いつかなかったのか宙を仰いだ。


 そんなアンドロイドの動きにノイカは唖然とする。


 今まで出会ってきたアンドロイドの中でこんなに人間臭い動きをするものはいなかったというのに、目の前のこの個体は見た目だけでは人間と区別がつかないぐらい有機的な反応を返してきたのだ。

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