第15話 希望の灯

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」


 走り出してから一体どれだけの時間が経っただろうか。

 敵を倒しながら進んでいたが数は一向に減ることはなくむしろ増えている気さえする。


 次々にやってくる刺客にも銃が効かなかったため警棒で応戦するほかなかったのだが……もとより数の少ないバッテリーが底を尽きてしまった。


 追われている中でドアセキュリティの解除などできるわけもなく、彼女たちは来た道を戻り続けていた。


「どうして……」


 昇って来たフロアを駆け降りる中で誰かの呟きが聞こえる。

 深い絶望と恐怖に染まった声はこの現状全てに対して異を唱えているようだった。



 ◇



 追手を巻きたどり着いたのは、二体のアンドロイドが放置されていた物置のようなフロアだった。


 ここは死角も多いから隠れるのに最適だと判断したのだろう、カイトは一旦入ってきたほうの扉を閉める。そしてノイカたちは各々息を整えるのに集中した。


「銃が効かねえなんて聞いてねえよ……」


 リゼルは脱力感から力なく座り込む。

 交戦中にずっと思っていたであろう言葉を口にすると、彼はもう何も見たくないと言いたげにうなだれてしまった。


 リゼルの言葉にノイカは今までの戦いを思い起こしてみたが、以前までのアンドロイド達には実弾装備は効いていた。となるとセントラルタワーにいるアンドロイドがとりわけ硬いということになるのだろうか。


 ――どちらにせよ、戦う手段がないんじゃ話にならないわね。

 ノイカはそう思考すると無意識に脚に装着したガンホルダーを撫でた。


 この作戦のためにレジスタンスが総力をあげて集めた武器が全て無意味になってしまったことに、なんともいえぬ感情が沸き上がる。あえて言うなら怒りや不安といったものになるのだろうか。


 冷静に考えても突破口が開けた訳ではない。どうしたものかと皆に声をかけようとして彼女は気が付いた。


 リゼルに関しては此処に着いた途端に脱力し、もう無理だと言わんばかりにうずくまっているのは知っていたのだが、アビーに関してもリゼルと同様に不安に駆られているのが見ただけで分かる。


 戦意喪失してしまった二人を見て、ノイカはこのままではいけないと悟った。

 言葉をかけたいのだが、なんといえばいいかもわからずノイカは口を閉ざしてしまう。


 そんな中カイトが不意に声を発した。


「よっし。これでちゃんと動きそうだな」


 先ほどから何かをしていると思っていたが、どうやら武器を組み立てていたらしい。

 カイトが一番アンドロイドとの戦闘をしているはずなのに、疲れた様子も不安そうな仕草もなく、いつもと変わらなかった。


 二人を鼓舞しなければいけないと義務感に追われていたノイカは、突拍子もない彼の行動に肩の力が抜ける。そしてため息交じりに彼へと近づき手元を覗いた。


「何してるのよ」

「さっきくすねたんだよ。コレ」


 そういうと彼はハンドガンを見せてきた。

 ノイカたちが持っているものとは少し雰囲気が違い、どうやら実弾を装填するものではないらしい。


 敵と対峙した際にカイトが道を切り開いてくれていたのだが……まさか銃口が狙ってきている中で武器を盗んでいるだなんて、誰が想像しただろうか。

 戦闘中に余裕がなかったノイカには考えもつかない行動だった。


 ――ほんっとうに食えない奴。

 ノイカはそんな風に毒づきながらも、この現状を打破しようと画策するカイトを見て不安が少し和らぐのを感じた。


 窮地に立たされた時、いつだって彼は往くべき道を示してくれる。

 彼女も少なからず二人と同じように気が動転していたのだが、カイトのお陰でそれがどこかに吹き飛んでしまっていた。


「あんた、そんなことしてたの」

「だって実弾効かねーんだもん。仕方ないだろー?」


 アンドロイドに対抗する手段がある。

 少しの希望が見えたことで俯いていたリゼルとアビーは自然とノイカたちのほうを見るも、彼らの目には恐怖と疑念が入り混じっていて、まだ諦めが色濃くにじみ出ていた。


 そんな二人の顔の表情をしっかり確認すると、カイトはおもむろに口を開いた。


「不安なのも分かる。でも俺たちがやらなくちゃいけない。……そうだろ?」


 カイトの言葉は不思議とノイカたちの胸に響き、そして反発する意思を削いでゆく。

 心に寄り添ってくれる優しい声音がそうさせているのかもしれない。


 くじけそうなときは必ず彼が魔法の言葉をくれる。

 だから彼はいつだってみんなの中心にいて、そしてレジスタンスを引っ張ってきてくれた。


 恐くてどうしようもなくても逃げるわけにはいかない。

 ここで自分たちがやるしかないのだと、カイトは諦めかけていた二人の心に火を灯していく。


「俺たちで成功させるんだ。この作戦を」


 アビーは袖口で涙を拭い、リゼルは強く握ったこぶしを己の胸へとぶつけてから、ゆっくりとカイトの瞳を見つめた。

 先ほどまでは濁っていたとは思えないほど、二人の瞳の奥に光が宿っている。


「って、また堅苦しくなっちまったなー」

「良いんじゃない? たまには真面目でいてもらわないと」

「相変わらずノイカはきびしーな!」


 緊迫した空気を崩すようにカイトが笑って見せると、それにすぐさまノイカが反応した。


 こんな状況なのにいつも通りのやり取りをする彼女たちを見て、アビーとリゼルは安堵したように破顔する。


 ノイカとカイトはお互いの顔を見合わせると表情を和らげた。

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