第10話 彼女と彼の小休止

 音を立てずに階段を上っていく。

 地中通気ダクトから侵入し何層かフロアを上がっているというのに進んでいる感覚が全くない。


 というのもただ螺旋状に階段が上へとのびている構造ではなく、階段の先に踊り場と言うべきか廊下と言うべきか……その空間が出現する。


 そこから複数のドアに仕切られた部屋を挟み、その後やっと上階へつながる別の階段へと進めるのでフロアを一つ上がるだけでもかなり時間がかかるのだ。


 更にフロアへ侵入するためにはドアロック解除が必須となっている。

 クインの遠隔ハッキングはセキュリティの問題で不可能なため、アビーはドアが出現するたびクインから持たされたプログラムを走らせていた。


「しっかし、めんどーな造りにしたよなー」


 周囲を警戒しながらカイトがそう漏らす。

 いちいちドアロックを解除しフロアへ潜入するのはいささか骨が折れるものだ。


 フロアに繋がる扉は一つではないがその中で敵のいない場所を確認して進む場所を決めているため、余計に時間がかかっている状態だった。


 もしロックがかかっていない部屋があったとしてもそれは『敵が通ったか、部屋の中にいる』というサインになるため、迂闊に侵入は出来ない。


「そりゃあ、私たちからしてみたら面倒だけれど、敵からしたら万全な造りなんじゃないかしら」

「ノイカはいっつも正論しか言わねーなー」

「それ以外言うことないもの」

「もっと話広げよーぜ?」

「ラジオじゃないのよ、このおたんこなす」

「でた、ノイカの似非お嬢様言葉」


 軽口を叩くカイトにノイカはそう答える。

 お互い気を抜いているわけではないのだが、敵地に潜入しているとは思えないやり取りであった。


 普段であればああいったカイトの何でもない雑談にはリゼルがいの一番で返事をするのだが、今の彼にそんな余裕は何処にもない。アビーに関してもハッキングの真っ最中で彼らに構っている暇がないのだ。


 今回に限った話ではないが、作戦中、最もカイトと会話をするのはノイカだった。


 彼女としては真面目に取り掛かれと彼に対して何度も口を酸っぱくして言ったのだが、その度に『俺はいつでも真面目だぜー?』と返答されていた。

 もし過去に彼の態度のせいで作戦が失敗したり、敵に見つかったりしたのであればノイカも強く物申せただろう。


 だが彼はそんなヘマをしたことがない。

 あんな調子なのに誰よりも早く索敵ができるし、敵を戦闘不能にする手際が鮮やかだ。その上作戦中に最も必要な『冷静に物事を判断すること』に長けていた。


 だからノイカは途中から諦めて返事をするようになっていた。


「できた……解除、できたよ」


 ロック解除の終わったアビーが皆にそう告げる。


 ドアの横に備え付けられていたセキュリティ端末が緑色に光っており、アビーが数回何かを打ち込むとドアが自動で開き、階段が目の前に現れた。

 カイトはアビーと目配せをしてからドアの中へ入ると、安全を確認できたようでノイカたちを中へ誘導した。



 階を昇るにつれて先刻から感じていた振動が大きくなっている。


 恐らくはセントラルタワー正面玄関前で作戦にあたっている仲間たちが奮闘してくれているのだろう。地上作戦部隊は皆、ノイカたちが自由に動けるように身を削って時間を稼いでくれている。


 ノイカたちは仲間の存在を心強く感じると同時に背筋が伸びていくのを感じた。


 地中通気ダクトから侵入したノイカたちは一歩ずつ地上階へと近づいていき、とうとうタワーエントランス部分に到達したのだ。

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