第9話 二択問題
どうやらタワー内にいるはずの見回りは地上階のエントランスへと向かっているらしく、慌ただしい足音が上から響いて来ていた。
警戒しながら彼女たちは建物の内部を確認する。辺りが暗くてしっかりとは確認できないがタワーの中央部分に筒状の空洞があり、その周りを囲うようにフロアが伸びている様子だった。
空洞部分から上下の階を確認したのだが、ノイカは気が気でなかった。
何せタワーの中央がぽっかりと空いているというのに手すりがない。足を滑らせてしまえば真っ逆さまに落ちていくことだろう。
「フロアが上下に……どっちが正解だ……?」
リゼルは呆然と立ち尽くし、困惑した声を上げている。
事前にマップを手に入れられなかったためタワー内部の情報について初見だったのだが、こんな風に上下に道が伸びているとは思っていなかったのだ。彼女たちが経っている場所からではどちらに進めば目的を達成できるのか全く分からなかった。
二分の一ではずれを引く……もし間違った道を行けば、それはこの作戦が失敗すると同義である。確証がない中で二択を迫られているうえに悩む時間もないと来た。
見上げても天井が視界に入ることは無く、また見下ろしても永遠に闇が続いているだけ。
リゼルはしっかりと言葉にしなかったが、アビーもノイカも事の重大さを理解しているが故に不安げに空洞から見える景色へ視線をやった。
「上だな」
張り詰めた空気などお構いなしに、カイトは平然と上を指さしそう答える。
何故断言できるのか、全員が疑問に思ったことを誰よりも早く口にしたのはリゼルだった。
「根拠は?」
「俺の勘」
「……は?」
「勘」
「いや、聞こえてる! そうじゃねぇ!」
思わず声が大きくなってしまうリゼルにアビーが静かにしろとジェスチャーをする。
影は見えなくともここは敵地の最中、隠密行動に物音は厳禁である。
リゼルは反射で口元に手をやった。
他のメンバーも彼と同様身を屈めて息を潜めたのだが、幸いにも敵には気付かれなかったようだ。
「勘って……カイト、こんな大事な時にそれはないだろぉ!」
声は抑えているけれど言葉端は先ほどよりも鋭かった。
相当余裕がないのだろう、リゼルは落ち着かなさそうに腕を組んだり頭を抱えたりと忙しなく動いている。
雲行きの怪しくなる二人の様子をアビーが心配そうに見つめていた。
「リゼル、落ち着いて」
ノイカが二人の間に割って入る。
流石に不安の色は隠せていなかったが、彼女は冷静に状況を判断しようと努力していた。
「けど……なぁ、ノイカはどう思うよ?」
「上か下かって事かしら? 私も上だと思うわ」
「……ノイカのも勘かぁ?」
「そうね。一応根拠はある勘だけれど」
『地上で住んでいた人間が地下にやってきた』
それはカイトから何度も聞かされていた昔話だ。
何の根拠もないおとぎ話のようなこの話を手放しで信じている人間はごくわずかであり、ノイカはその少数派の一人である。
リゼルもカイトからこの話を聞いているはずなのだが、『そんな証拠どこにあんだよぉ』と一蹴していた。
信じられない理由は話があまりにも荒唐無稽だからということだけではなく、カイトが誰から聞いたのかはっきり伝えないことにもあった。
誰から聞いたのか分からないのではなく、彼はいつだって『ごめん。それは言えない』と言うのだ。だから信じている人間が一握りになってしまう。
ノイカは初めてカイトに話を聞いた時から、それがただの妄想だとは思えなかった。
当時は直感的にそう思ったのだが、セントラルタワーへ来てから彼女の中で確信へと変わった。
今生活している世界が仮に地上だとすれば、何故天井すら見えないこのタワーを作る必要があったのか分からないのだ。
ここが地中の中に作られた世界であり、地上から降りるためにセントラルタワーが作られたと言われたほうがしっくりくる。
「それってカイトが良く言ってるやつじゃないよなぁ……?」
「そう、それよ」
「ノイカもあれ信じてるのかよ!」
「信じているわ。それに……仮にこの世界が地上に存在するなら天井すら見えないこのタワーを造る意味が分からないもの」
「それは……そうだけど……」
ノイカに諭されリゼルは尻切れトンボになっていく。
疑い半分、信じたい気持ち半分といった反応だったがリゼルは大事なところで言い切ることができない。いや、言い切ることが苦手なのだ。
自分の下した決断がどんな結末に帰結するのかを考えるのが怖い……それは誰しもがそうだ。
先延ばしにして決断できないままのほうが哀れだと知っていても、白か黒かはっきり決めるのは通常耐えがたい苦痛を感じるものだ。
「なぁ、リゼル。俺を信じてくれねーか?」
「……カイト」
「上に行こう。もしダメだったらそん時に何とかするからさ!」
苦痛があるはずなのに、カイトはいつだって決断を怠らない。
恐怖を感じていない訳ではない。ただその自分が創り出した虚像に膝をつくことをしない、前へと進むことをやめない。カイトの言葉はいつだって眩しくて、ノイカたちの道しるべとなってくれるのだ。
「……わかったよ。ったく、お前には敵わないなぁ」
リゼルはカイトの目を見ると、肩の荷が下りたようにふっと笑って見せた。
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