第8話 作戦開始

 ノイカの真剣な眼差しに先ほどまで軽口を叩いていたリゼルとアビーの空気が変わる。

 誰も茶化さないのは、その可能性がゼロではないと無意識のうちに理解していたからだ。


 ノイカの問いかけにつられるようにカイトの顔からおどけた表情が消えていった。


「首からシャフトをねじ込むのが一番いい対処法だろうな。短い時間で正確に落とすってなると、それが手っ取り早い」

「体との接続部分を狙うってことね。分かったわ」

「にしても、ノイカはホント真面目だなー」

「ちょっと! 頭撫でないでっていつも言ってんでしょ! このおたんこなす!」

「出た、ノイカの似非お嬢様言葉!」


 カイトが彼女の頭を撫でると、案の定ノイカは烈火の如く怒り始めた。

 あんなに緊張感が漂っていたというのに彼女たちのやり取りが一瞬でそれを攫ってしまう。


 見慣れた光景にアビーとリゼルも肩の力が抜けたらしく強張っていた表情が幾分か和らいでいた。


「所かまわずイチャつくよなぁ、お前ら」

「イチャついてない! リゼルはいっつも適当ばっかり言って!」


 気の弱いリゼルはまだ本調子ではないようで、ノイカたちをからかう言葉にいつものキレはなかったが、先ほどよりも大分顔色が良くなっている。

 アビーはリゼルの言葉に過剰反応するノイカに「でも」と言葉を続けた。


「本当、二人は仲良しだよね」


 アビーはノイカに言ったつもりだったのだが、なぜかカイトが身を乗り出して彼女の問いかけに答えた。


「まあ、仲良しだからな!」

「そんなことないわよ」

「つっめてーの、ちゃん」

「それ、やめろって言ったわよね……?」


 ノイカは彼から「ノイちゃん」と呼ばれることが嫌いだ。

 半分は死ぬほど癪に障るから、もう半分は別の理由なのだが……カイトがそれに気が付くことはないだろう。


 ノイカが力の限りカイトの横っ腹にこぶしをねじ込むと彼は小さくうめき声をあげた。

 殴られてもうずくまったりしないあたりカイトはタフである。


「いってー」

「しっかり殴ったのに何でダメージないのよ、ムカつくわね」

「って言われてもなー」


 ――その距離の近さでお互い自覚なしなのかよ……。

 怒っているのにカイトとの会話をやめないノイカと、そんな彼女と普通に話すカイトを見てリゼルは思わず心の中で突っ込んだ。


 セーフハウスにいる時のような温度感だったが、突如彼らの端末が一斉に信号を受信したことにより、場の空気は再度張り詰めたものになった。


『――る? ――聞こえる?』

「おー、聞こえてきた。待ってたぜ、クイン」


 ノイズに交じっていたクインの声がクリアになっていくにつれて、ノイカたちの目の前を阻んでいたバリアが粒子となって消えていく。


 どうやらクインのほうは無事にセントラルのシステムを攻略出来たみたいだ。


『待たせちゃってごめんなさいね。入口に展開されていたバリアに関してはオールコンプリート。問題なくタワー内部に侵入できると思うわ。……もう一度挑戦したのだけれど、やっぱりセントラルタワー内への遠隔ハッキングは厳しそう。だからブリーフィング通り、現地で想定されるシステムのロック解除についてはアビーに任せるわ。大丈夫そう?』

「ええ、大丈夫。クインからもらったプログラムもあるし、準備はバッチリだから」

『頼もしい回答ね。流石、アビーだわ。……こちらからの伝達は以上。皆に幸運があらんことを』


 逆探知対策のためクインからの通信は端的で簡潔だった。それでも言葉の端々にノイカたちへの気遣いを感じられて、現地にいる彼女たちをいたく心配しているのが分かった。


 今の通信をもって作戦開始の合図となる。


 手が震えそうになるのはきっと仕方のないことだと自分に言い聞かせて、ノイカはベスト越しにカイトにもらったペンダントを握りしめた。

 恐れを抱いているのはノイカだけではなく、アビーとリゼルもまた呼吸が乱れそうになるのを必死でこらえている様子だった。


 そんな状況の中で彼だけは違った。


「よっし。皆、準備良いか?」


 カイトの声に自然と下がっていた目線が上がる。視線の先にある黄金色の瞳はあの時と変わらず、吸い込まれそうなほどに綺麗だった。


 目を逸らすことなく未知の存在を見据えるカイトは今何を考えているのだろうか。

 彼の意図を汲めたことはただの一度だってなかったけれど、彼を信じてきて後悔したことだって一度もなかった。


 コイル鳴きすら聞こえない静寂の中、カイトは沈黙を破った。


「セントラル解放作戦を開始する」


 その言葉を合図に彼はバリアの消えたタワーへと歩いていく彼の背中にノイカがいの一番に続き、そしてアビーとリゼルが彼女たちを追いかける。

 だが彼は数歩進んだところでピタリと止まると、三人の方へと振り返った。


 どうやら畏まった物言いをしたのがしっくりこなかったらしい。

 カイトはいつもの調子で「かたっくるしー」と呟くと照れくさそうにはにかんだ。

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