第4話 信用と信頼
「待った」
「どうしたのよ」
「向こう、なんかいる」
カイトの制止の声にノイカは足を止めると、彼が指さす方向、普段は誰も通らないこの場所に人影を一つ見つける。
どうやら見回りをしているみたいで、アサルトライフルのような大型の銃を抱えているのが遠目からでも視認できた。
ノイカは手首につけたデバイスを起動させ、ホログラムに映し出された画面にコードを打ち込む。
これはあらかじめクインが用意してくれていたアプリケーションの一つで、対象物の体温を確認する所謂サーモグラフィカメラだ。
それだけでなく血の流れも可視化できるという高性能なプログラムであり、映し出される情報量の多さからノイカは気分が悪くなることが多々あった。
だから彼女は人間相手には絶対に使わないと決めているのだが……アプリが起動したのを確認すると彼女はホログラム越しに人影を確認する。
中心の部分にのみ赤い色のついた体、流れることのない血はまごうことなくこの物体が無機物であることを示していた。
「……アンドロイド……!」
彼女は声に緊張を滲ませながらカイトに伝えた。
この世界でアンドロイドと呼ばれるのはただ人間の形をしている機械ではなく、人間を模した構造に人工知能を搭載したもののことを指す。
見ただけでは人間とまるで大差がないため一定の距離まで近づくか、ノイカのように内部構造を確認するかぐらいでしか見分けがつかなかった。
強いて言えば音声が少し機械っぽいぐらいなのだが……それすらも技術が発達したが故に近年開発された個体の声は肉声とほとんど変わらない。
彼らが段々と「人間」へと近づいていく。
見た目や音声ではなく内部構造から人間かアンドロイドかを見極めるために、クインがこのプログラムを設計したのだ。
ノイカとカイトはどちらからともなく視線を合わせる。
今までダクト内にアンドロイドがいたことなど一度もなかったというのに何故この場所にいるのか。
そう問いだしたいのは山々だが今は此処を切り抜けるのが先決だ。
「なあ、ノイカ。相談があんだけどさ」
「……何?」
「あいつの死角から思いっきり走り抜けてくれねーか?」
「本気で言ってる?」
「ああ。
いつものような軽い調子で言っている訳ではないことがすぐに分かった。
初めて出会った時からここに至るまでノイカが信じ続けてきたその眼差しには影一つ見当たらない。
彼女は短く息を吐くと彼の瞳をまっすぐ見つめ返した。
「失敗したら許さないから」
彼女の声音には不安や心配は全く混じっていない。
それもそうだ、彼女は彼が失敗するなどとは露ほどにも思っていないのだから。
疑うことなく彼の言葉を飲み込む彼女に、カイトは一瞬だけ目を丸くすると目じりを下げる。言葉に出さずとも彼女は最初から彼のことを丸ごと信頼しているという事実をカイトは全身で感じた。
「サンキュー。ノイカ」
「飛び出すタイミングはどうする?」
「『スリー』からカウントダウンする。『ゼロ』になった瞬間に頼む」
「分かったわ」
ノイカは自身の装備を確認すると、死角となっている壁に最も近い位置まで忍び足で移動する。
その後ろにスタンバイしたカイトが彼女にだけ聞こえるぐらいの声量でカウントダウンを始めた。
『スリー』
幸運にもアンドロイドは背をこちらに向けたまま突っ立っている。
『ツー』
口から出そうになるほど早鐘を打つ心臓を何とか抑え、ノイカはクラウチングスタートの構えを取る。
カイトも脚に装着しているガンホルダーから拳銃を取り出し、セーフティーを外した。
『ワン』
二人が同時に息を吸う。
示し合わせた訳でもないのに全く同じタイミングだった。
『ゼロ』
合図とともにノイカが飛び出した。
アンドロイドの視覚に入る時間をなるべく遅くするために身を低くしたまま奴の横を駆け抜けて行く。敵の射程内に足を踏み入れてもなお、ノイカは振り返ることなく足を進めた。
撃たれるかもしれないなんて不安を彼女は一ミリも持ち合わせていないのだ。
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