第3話 無知は罪となりえるか?

 ヒヤリとした風がノイカの髪をほのかに揺らす。


 地中通気ダクトは『ダクト』というよりかは『トンネル』と言ったほうがしっくりくる出で立ちである。

 ノイカたちが産まれる前から存在しているらしいが劣化している様子はなく、今もLEDが煌々と道を照らしていた。


「地下にあるのに『地中通気ダクト』だなんて妙な名前よね」


 自分たちの足音しか聞こえない中、ノイカは口を開く。


 彼女たちはセーフハウスから一番近いマンホールから地中通気ダクトへ潜入していたため、ノイカの中で『地中』という単語はあまりにもしっくりこなかったのだ。


「まあ、感覚的には変だよな。俺らから見ればここは『地下』になるはずなのにって。ま、むかーしの人が『地中』って名前をつけちゃったからなー」


 世間話をしながら移動するなんてのんきなように感じるが、このダクト内で自分たちレジスタンス以外と出会ったことなど一度もない。他の誰かがこの場所を知っているかも怪しいレベルだ。


 念のため移動には細心の注意を払っているが、ノイカたちの他に気配など微塵もなかった。


「……そっか、前に言ってたやつね。『地上で住んでいた人間が地下にやってきた』っていう」


 それはノイカがカイトから聞いた話だった。


『地上にいた人間たちは地下へ降り、そして国を作った』


 ノイカが『地上』だと思い生活していたこの場所は既に『地下』に存在しているものであり、そのため地下に国を創った当時の人間たちはこのダクトに『地中』という名称を付けたのだろう。


 普段見ている快晴の空は全てホログラムによって造られた幻想であり、日が昇って沈んでいくのも全て『造られた』もの。

 世界の真理であるはずの事象もカイト達と行動しなければノイカは知ることもなく一生を終えていた。


「そういうこった。まあ、知っているのは俺らレジスタンスの連中か、しかいない訳だけど」


 彼が発した『あいつら』という単語に棘を感じたのはきっと気のせいではない。

 それがノイカ達レジスタンスにとっての敵であり、今までずっと戦ってきた相手なのだから言葉端がきつくなるのは仕方のないことだ。


 彼らについてもノイカたちが産まれる前から存在していた。

 誰が何のために生み出したのか分からない。だがずっと前から彼らこそが法律であった。


「AI統治国家の庇護下でのうのうと生活している人間が知っている訳がないもの」


 ノイカは言い表しようのない不快と嫌悪を吐きだすように言葉に毒を乗せた。


 何も知らず、知ろうとせず、ただ時間を浪費している人間たちのなんて業の深いことか。


 管理されている現状に疑問を持つ余地もなく、自分の寿命が来るまで繰り返しの日常を送るだけの存在に成り下がった人間はもはや『人間』と呼べるのだろうか。

 己の頭で考えるのを辞めて飼われているだなんて、以前文献で読んだ『家畜』という生き物と大差ないじゃないか。


 そこまで思考したノイカの脳裏に映像がフラッシュバックした。


 家、部屋、学校、友人、そして親まで用意された環境で日々を送る自分の姿。

 自らの頭で考えることを放棄して能天気に笑う顔はあまりにも滑稽で、我ながら哀れで情けない。


 何度呪っても変えられない過去の記憶だ。


「知るための方法がなければ、その事実は無いのと変わらないさ」


 ノイカを見つめる彼の瞳は彼女のことを慈しむような優しい色をしていて、あの日暗い路地裏で彼女に手を差し伸べてくれた時と全く変わっていない。

 不安と後悔に押しつぶされそうになる彼女をいつもこの黄金色こがねいろの眼差しが支えてきてくれた。


 いつのまにやら彼に握られていた手をぎゅっと握り返す。

 先ほどまで狂ったように流れてきていた思考が嘘のようにクリアになっていた。


「……そうね」


 下手くそに笑って見せるノイカと目を合わせ彼女を安心させるように柔らかく微笑むと、カイトはゆっくり手を離す。


 彼女はぬくもりを刻み付けるように己の両手を胸の前で握った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る