第2話 ブリーフィング
「あら。予想よりも早かったわね、ノイちゃん」
ノイカたちがブリーフィングルームに入るとそこには一人の男性の姿があった。
遅れてきた彼女に怒ることなく柔和に話しかけてくれる彼にノイカは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、遅くなって」
「良いのよ、気にしなくて。きっと疲れが溜まっていたんでしょうし」
「……ありがとう、クイン」
クインの言葉にノイカの気持ちが少し軽くなった。
この作戦は彼女たち『人間』の今後に大きく関わるものであり失敗など決して許されない。
そんな重大なブリーフィングだというのに、眠りこけてしまった自分のことをノイカは責めていたのだ。
彼女がいつも真面目に頑張っていることをクインやカイトは知っていた。
この作戦を実行するために別の任務を多数こなしてきた彼女を責めようなどと思う人間は此処、ひいてはこのレジスタンスには誰もいない。
「ブリーフィングを始めるわね」
ノイカの肩の力が抜けたのを確認するとクインは手に持った端末を操作する。
部屋の電気が消え、彼の後ろにあるスクリーンに映像が投影された。
「ブリーフィング終了から一時間後、ポイント
ポイントE3はこのセーフハウスから徒歩で約三十分の場所にある。
移動には地中通気ダクトを利用することになるのだが、誰にも使われていないため敵の監視も緩い。
今までの作戦でもノイカたちはこのダクトを使って各エリアを行き来していた。
そしてE3ポイントの先にあるのが『セントラルタワー』、敵の本拠地だ。
クインは一通り説明が終わると近くに置いてあったものを手に取り、カイトに向かって声をかけた。
「あと、カイトにこれを渡しておくわね」
「ん? 何コレ?」
「セントラルタワーを覆っている電磁波網……つまるところバリアがあるのは知っているでしょう? そのまま通ったら高圧電流で焼け死ぬか、運良く生きていたとしてもアラームが発報して捕まるのがオチ。だから潜入する前に解除する必要がある。これはそのためのデバイスよ」
クインからカイトに渡されたのは手のひらサイズの小さなデバイスだった。
立方体の物体だが表面には何も書かれておらず、どんな機能があるのか全く想像もできない。
「E3ポイントへ着いたら設置お願いね」
「設置って言ったって、どこに置いたら良いんだ?」
「バリアが張られている境界部分にバリアの管理のための機器があると思うの。できるだけそれの近くに置いて」
「りょーかい」
カイトは返事をしながら立方体のデバイスを懐へとしまった。
「バリア解除後、こちらからの通信をもって作戦実行の合図とするわ。その後は内部へ潜入し、セントラルタワー内のAIシステムを破壊。以上が作戦のあらましね」
「ハッキングはどうだった?」
「セキュリティの二層目まではクリアできたのだけれど、最後の層が厄介で……ごめんなさい、間に合わせたかったのだけれど……」
「……そんなに落ち込むなって。クインに出来ないんなら他の誰がやっても出来ないんだからさ。そしたらマップとドアセキュリティについては現地で対応って感じだな」
「遠隔じゃなければ恐らく上手くいくと思うわ。プログラムの使い方についてはアビーに伝えてあるから、現地で発生するハッキング作業については彼女に任せて。……私からの共有は以上だけれど、ノイちゃんは何か聞きたいことはあるかしら?」
「いいえ。特にはないわ」
ノイカの返答を聞くとクインは部屋の電気をつけた。
明るくなった部屋でクインの強張った顔が良く見える。
ブリーフィング開始前にはなかった緊張感が部屋に充満しているのを感じ、ノイカは無意識にこぶしを強く握った。
クインは二人の顔を交互に見ると一つ深く息を吸う。
「AI統治国家となり、人が人としての尊厳を奪われてから約五十年……それに終止符を打つ時が来たわ。死んでいった仲間たちのため、そして未来の私たちのために、今はただ進みましょう。……進むしか道はないのだから」
クインの声が静かな部屋に響く。
かつての仲間たちを思う気持ちがにじみ出ていて、今までどれほど多くの同志たちが無念の死を遂げてきたのかが痛いほど伝わって来た。
ノイカもクインも黙り込む中でカイトが徐に口を開いた。
「な、二人とも。覚悟は大事だけどさ、もっと肩の力抜いていこーぜ? いつもの俺達らしくさ!」
クインとノイカの背中を思いっきり叩くと彼は陽だまりのように明るく笑った。
クインは体格が良いので問題なかったがカイトはノイカにも力の加減を全くしなかったため、彼女はつんのめりそうになる。
体に力が入っていなければ今頃テーブルへ頭突きをしていたことだろう。
「ほんっと! お気楽ね、あんた!」
「ま、それが俺の良いところだしなー!」
力強く背中を叩かれたことに対しての嫌味も込めていったのだが、カイトには伝わっているか怪しい。
けらけらと笑う彼と怒り狂うノイカを見てクインは思わず破顔する。
張り詰めた空気はいつの間にか霧散していた。
「本当、息ピッタリね」
彼らの掛け合いは最早恒例となっているのだが、そんな目新しさもないやり取りをクインはただほほえましそうに見つめる。
彼の言葉にカイトは誇らしそうに胸を張り、ノイカは不本意そうに眉を寄せていた。
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