一章 セントラル解放作戦

第1話 夢と現

 ――夢を見た。


 視界に入る見慣れた天井に自分が今覚醒したのだと気が付く。


 必死に走っている感覚が肌にまとわりついているが、どんな背景でどこを走っていたのかは分からない。

 何かに追いかけられていたことだけはハッキリと覚えているので良い夢ではなかったのだろう。


 首の周りに嫌な汗をかいていて起き抜けから最悪な気分だ。


 ノイカは夢を見るほうではない。

 だから内容をぼんやりとでも思い出せる状況が不思議で仕方がなかった。


「夢?」


 自分のものではない声に弾かれたように顔をあげると、そこには茶髪の青年が立っていた。


 黄金色に輝く瞳は不思議そうにノイカを見つめている……というか何故彼は脳内でつぶやいた声に返事をしているのだろうか。


 ノイカのいぶかし気な表情から考えていることが分かったらしい、彼は苦笑いした後、両手を上げて見せた。


「いや、声に出てたぜ? ぼんやりした顔で『夢を見た』って」

「あら、そう……ところでカイトはなんでここに?」

「ブリーフィングの時間になってもノイカが来ねえからさ。気になって見に来たんだよ」

「うそ……⁉」


 彼女は腕につけた端末を確認する。

 彼の言葉通り、ブリーフィングの時間はとっくに過ぎていた。


「お前が眠りこけるなんてめずらしーな」

「ごめんなさい。こんな時にこの調子だなんて……ダメね、私」

「きっと今までの疲れが出たんじゃないか? そんなに気にすんなよ」


 彼は落ち込むノイカの頭を優しく撫でる。

 普段の彼女なら「頭を撫でないで!」とキレるところなのだが、今はそんな余裕もないらしく文句を言わなかった。


「とにかく、早く行きましょ」

「お、そーだな」


 ノイカはぼんやりした頭のまま徐に立ち上がった。


 カイトは張り合いのない彼女の反応を見て残念に思ったが、初めて怒られずに頭を撫でることができたので満足げに笑っていた。


「何笑ってんのよ」

「べっつにー?」

「何なの、こいつ」


 カイトはいつも機を見てノイカをからかってくるので、このにやけ面は恐らく自分が起因なのだろうと察した。

 彼の行いに対していつも過剰に反応するからちょっかいをかけられているだなんて当の本人は気がついていない。


 ノイカはカイトの顔を見てムッとしたが、お小言を飛ばす気にはなれなかった。



 ◇


 ノイカはカイトと共にブリーフィングルームへ向かう中、これから身を投じる作戦についてふと考えてしまう。


 自分たちの今後を大きく左右する重大な作戦なのはもちろん理解していた。

 でもなぜ自分がこの作戦に身命しんめいすのか、彼女自身まだよく分かっていなかったのだ。


 大義のためか、はたまた己のためなのか。

 仲間たちはそれぞれ彼らなりの目的があるというのに、ノイカはまだそれさえ見つかっていなかった。


 ――こんな生半可な覚悟で責務を果たすなんて出来るのかしら。

 胸の前で両手を握る彼女の肩をカイトがポンッと叩いた。


「んなに緊張しなくっても大丈夫だって」

「お気楽ね、あんた」

「ま、それが俺の良いところだしなー!」


 けらけらと笑う彼につられて彼女も表情をやわらげた。


 お調子者なのは根っからの性格なのだろうが、それに加えて彼はあえて他人のためにピエロを演じるのだ。

 周りの機微に敏感でいつだって誰かを笑顔にしてくれる。


 カイトに肯定も否定もせず「はいはい」と流したノイカだったが、彼に言おうと思っていたことを思い出した。


「そういえばまだ言っていなかったわ」

「ん?」

「迎えに来てくれて、ありがとう」


 ノイカがカイトに対して素直にお礼を言うことなんて滅多にない。

 今までで数回あったかどうか思い出せない、そんなレベルだ。


 だというのに、どうしてか彼女はその言葉を口にした。

 しかもお礼を言うのを恥ずかしがったりためらったりする素振りもなく、ただ平然と当たり前の事をしたと言わんばかりの態度だった。


 ただでさえ緊張する状況と、変な夢を見てしまったことにより彼女は調子が狂っている。

 偶然が重なりあい今の素直な彼女を作り出しているのだが、カイトがそれを知る由もない。


 つっけんどんな態度しか日頃受けていないカイトは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。


「なんか、変なもんでも食ったのかな……」


 思わず感情が口から洩れてしまう彼だったが、そんな呟きも先を歩くノイカに届くことはなかった。

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