それは幸せな朝の光景
運命とは、たった一つのボタンの掛け違いで変化する。
それは渚と璃音が結ばれた世界もそうだが、渚と梓が結ばれた世界も少しの何かが違うだけで変わっただけに過ぎない。
もしかしたら……璃音という存在を失った後、受け止めてくれる相手が誰も居なくて、そのまま渚が消えてしまう未来だってあるだろう。
「……認めませんそんなの」
だが、そんな未来を彼女は……璃音は決して認めない。
朝になり、愛する渚の胸の中で目を覚ました璃音は……どこか切なそうにしながらも、呑気に寝ている渚を面白くなさそうに見つめている。
「嫌な夢……と言いましょうか、とにかく色々と考えさせられる夢でしたけど、今のあなたと結ばれたのは私なんです。それ以外の人なんて絶対に認めませんからね」
どうやら、渚に関する夢を見たらしい。
それも璃音にとって面白くなさそうで、けれども少し悲しい夢だったようで……記憶に残る夢を忘れようとするかのように、再び渚の胸へ顔を埋めた。
「ぅん……むふ~」
渚が璃音に対して、こうやって喜ぶことは分かる……そして璃音もこうすると喜ぶ。
だって素直に幸せなのだ。
こうして彼の匂いを嗅ぎ、温もりを感じ、彼の全てを吸い尽くさんと息を深く吸い込む行為が病みつきになる。
「……あら、私ったら吸い尽くすだなんてはしたない」
おやおや璃音さん、それはどういう恥じらいなのでしょうか。
「……………」
再び顔を離し、体を起こして璃音は渚を見下ろす。
彼はまだ起きていない……それは確かで、もしも起きていたら璃音が気付かないわけがない。
まあ最近は渚も少し小癪になってきた部分もあるし、逆に揶揄われることに快感というか嬉しさを感じないこともないが、それでもまだまだ璃音の方が何枚も上手だ。
「……ナギ君、私……あなたのこと本当に大好きです」
そう言って璃音は……顔を真っ赤にしながら、徐々に顔を近付ける。
思い返せば以前、眠っている渚に対しキスをしようとして断念したこともあったが、もはや恥ずかしがる必要もない。
それでも恥ずかしいという感情を完全に消し去ることは出来ず……しかしキスをしたいという欲求に逆らうことも出来ず。
「……ちゅっ」
触れるだけのキス……そうして顔を離すとまだ彼は起きない。
ならもっと……もっとキスをしたい、せっかく恋人という関係へ進化したのだからもっと味わいたいのだ。
恋人だからこそ出来ること、恋人だからこそ感じられる幸せを……璃音はとにかく渇望している――渚との日々で得られる幸福を。
「……なんて、これからいくらでも味わえるものですけれどね」
こうして眺めているのも良いが、朝食の準備に取り掛かるためにベッドを出た。
軽く顔を洗ってリビングに向かい、エプロンを着て料理を始める。
料理と言っても朝なので凝った物は作らず、あくまで食べやすく胃に入りやすい普通の朝食だ。
「……お嫁さん、か」
昨日、渚は璃音にそう言った。
彼は知っていたのだろうか……他の女の子はともかく、好きな人からそんな風に言われることの幸福を、普段からクールと言われている璃音が表情を緩ませすぎておかしくなるほど……その言葉の重みを。
「ナギ君はデリカシーがありません……良い意味でですが」
果たしてそれに良い意味があるのかという疑問はあるが、璃音が良いのであればそれで良いのだ。
「本当に……ナギ君のことを知れば知るほど素敵ですね。でも酷い女でもありますよ私は――ナギ君と出会えた奇跡は、普通では起こらないのですからね」
彼が世界を越えなければ決して出会うことはなく……更には幼馴染という関係に憧れを持っていなければこうはならなかったはずだ。
そもそもあまりにも献身的に接してくれたし、周りの誰よりも頼れると思ったからこそ璃音は心を開いた……もしも璃音が心を開かなければ、あんなに素敵な幼馴染はきっと別の女の子と付き合っていただろう。
「それは……嫌ですね」
断言する――たとえ渚が璃音に対して好意を抱かなくても、彼の傍に居たら確実に璃音は好意を抱いたと。
そしてきっと、何食わぬ顔で……璃音のことも大切だからいつまでも見守っているとそんなことを言いながら、別の女の子を紹介してくるに決まってる。
「……はぁ、私ったらなんて嫉妬深いのでしょうか。それに……そのつもりはなくても束縛とかしちゃったりは……いえ、そこは大丈夫ですね」
とにもかくにも、璃音は渚のことが大好きだということだ。
そろそろ起きてくるかなと思った瞬間、示し合わせたかのように眠たそうにしながら渚がリビングへやってきた。
「おはようございますナギ君」
「……おはよう璃音」
「随分眠たそうですね?」
いつになく眠たそうな彼は、そのまま璃音の背後へ。
そうして腕をお腹に回すように抱き着いてくる……璃音はあらあらと笑みを浮かべながら、しっかりと頬は嬉しそうに緩んでいる。
相変わらず眠たそうにする渚は、意識しているのか分からないと言った様子で璃音のお腹を撫でている。
「ねえナギ君、しきりにお腹を撫でていますけど……まだ子供は出来ていませんよ?」
「……っ!?」
瞬間、渚は覚醒した。
まだ子供は出来ていない……別にセックスはしていないが、まあとにかくまだ子供は出来ていない。
「ふふっ、何を想像したんですかぁ?」
「し、してねえぞ何も!」
よし、今日も朝から揶揄わせてもらおう。
そう璃音は優しく笑った。
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