IF~それはもう一つの物語~4
入院生活、それは退屈ではあったが色々と新鮮な日々だった。
まず病院に来ることがそうそうないし、入院ともなると更にないことではあるので、病院食も意外と美味しかったし何というか……健康に関して色々と考えさせられる日々だったのは間違いない。
「いやしかし、本当に無事回復してくれて良かったよ」
「いえいえ、こちらこそ助かりました」
ベッドの上で先生と言葉を交わす。
先生……この場合は学校の先生ではなく、お医者様の方の先生だ。
「しっかし、本当に驚かされたものだ。刺し傷は深いと思わせたのに、いざ見てみたらまるで不思議な力に守られたかのように軽かったからね」
「……もしかしたら、誰かが守ってくれたのかもしれませんね」
「……そうかい。であるなら助かったこと、無事に退院出来ることを喜びなさい」
「そっすね」
……まるで、先生は渚のことが良く分かっているかのようだ。
けどそうかもしれない……先生は診察の時に話してくれたけど、どうも渚は少し目を離したらどこかに行ってしまいそうだったらしい。
「とはいえ退院は明日だからな。今日はまだ私の患者だ――何かあったらすぐに言いなさい」
「ありがとうございます」
「後は……いや、邪魔者になるのは嫌だし私は退散しよう」
「え――」
邪魔者とは……そう思った時、ノックがされて扉が開いた。
「こんにちは渚君……って先生も居たんですね。こんにちは」
「梓さん……」
「こんにちは西条さん……こういうことだ。ではな六道君」
ヒラヒラと手を振って先生は出て行った。
入れ替わるように入室してきたのは梓だが、彼女とは約束を何もしていないはずだった。
「あははっ、ちゃんと名字から名前になったままだねぇ♪ 私は嬉しいよ渚君!」
いや、名字は距離が遠いからって名前を無理やり呼ばせたことは忘れているのだろうか。
「今日は仕事ないの?」
「今日はお休みだよん♪ 本当は朝から来るつもりだったけど、お仕事を抜け出すのに苦労……あ」
「……仕事じゃねえか」
あの日……梓から王子様とか意味の分からないことを言われたかと思えば、流れで連絡先も交換した。
聞けば彼女は常翔高校に通っており真名とは同級生だとか、その辺りのことも色々と教えてもらった……まあ渚としては、アイドルの連絡先を手に入れたというだけでも大きな事件だったわけだ。
「ま、まあ良いじゃんか! 王子様に会いたかったんだもん!」
「……ねえ、その王子様ってやつ止めてくれない?」
どうも梓にとって、渚は王子様というものらしい。
それというのも身を挺して庇ってくれたこともそうだが、以前に聞き耳を立てた時に聞いた笑ってほしいという言葉……そして何より、話をする中で伝わった優しさに彼女はときめいたとのこと。
(まさか……こんなことになるなんてな)
王子様という呼び方を止めてほしいのはもちろんだが、これは別に彼女がふざけているわけではなく、本心からそう思っているのと……後はそれだけ真剣に考えているからと渚に語った。
ここまで言われたら……ここまで接していたら嫌でも分かる――とてつもない人気を誇る現役グラビアアイドルの彼女は、渚に対して明確な好意を持っているみたいだ。
「でも……もう王子様って言えるのは渚君くらいだよ。私、こんな風に言ってるけどあくまで場面は選んでるつもり。前の私を正当化するつもりはないし、アレが正しかったとも思ってないから」
一応、そのことに関しても渚は聞いている。
まさか目の前の少女……少女とは言っても芸能界の荒波に揉まれた彼女が実は王子様を求めている……それはもう驚愕したものだ。
「退院は明日なんだよね?」
「あぁ……つっても数日前から体は万全だけど、流石に退院を早めてもらうのは無理だった」
「そりゃそうでしょ……一応、ナイフで刺されたわけだしね?」
「まあな」
渚の隣をジッと梓は付いてくる。
彼女がこうして渚の傍に居ることはもはや珍しいことではなく、そもそも急激に仲良くなったにしてはあまりにも距離が近い。
(……今日も相変わらず距離が近いなこれ)
ニコニコ微笑む梓は本当に楽しそうだ。
そんな笑顔を見せられても渚はドキッともしないのだが、思えばこうして同年代の異性が傍に居る……近い距離に居るというのは璃音が生きていた頃を思い出させてくれる。
『ナギ君』
目を閉じれば、彼女の声が鮮明に蘇る。
もう数年と聞いていない璃音の声だけれど、渚が彼女の声を思い出せないなんてことは絶対になかった。
「それで、当てもなく付いてきたけど……寒くない?」
「寒いな」
冬の時期だからこそ、寒いのは当たり前だ。
それでも少しだけ外の空気を吸いたかった……温かい院内で待っていて構わないと渚は伝えたのに、梓は大丈夫と言って変わらず付いてくる。
「……璃音、君が居なくなって何度目の冬かな……っとごめん」
「ううん、大丈夫」
真名も混ざることで、璃音のことは梓に話している。
渚がふと璃音を思い出すことで名前を口にすることも、傍に居ない彼女に問いかけるような仕草をすること……その全てを梓は既に知っており、その度に優しい眼差しを向けてくるのだ。
「妬いちゃうなぁ……でも、それだけ璃音ちゃんって人は渚君にとって大切なんだもんね」
「あぁ……本当に大切だった」
そうしてまた、渚は涙を流す。
ちなみに梓の前で涙を流すのはこれが初めてで、本当に意図しないものだったのは確かだ。
いきなり泣き出すなんて梓を困らせてしまう……だからどうにか泣いたことを誤魔化そうとしたのに、梓にゆっくり抱き寄せられた。
「泣いても良いじゃん、隠さなくても良いじゃん……大切な人を思い浮かべて涙を流すこと、私は素敵なことだと思う。もちろん悲しいからこそってのも分かるけど、それだけ渚君が優しいってことでしょ」
「っ……俺は弱虫で、泣き虫なだけだ」
「それ、誰かに言われたの? だったら私が言い返してあげる。そんなことを言うな馬鹿野郎ってね」
「全然誰かに言われたわけじゃない。そう俺が思っただけ」
「そっか、なら私が暴れることはなかったね!」
実際にそう言われていたら、渚の代わりに本当に暴れ出しそうだ。
「こうしてると落ち着くでしょ?」
「……あぁ」
「私、おっぱいとか大きいから包容力も抜群でしょ?」
「……そうだね」
「どう? 私と一緒に居たら、いつだって使わせてあげるけどね♪」
「そういうことを軽々しく言わないようにね」
「君にしか言わないよ。って雨! 雨降ってきちゃった!」
今日は雪ではなく雨の日みたいだ。
それも大粒の雨がいきなり降りだしたことで、梓が慌てたように渚の手を引いて院内へ向かう。
「……あ」
その時、渚はまた昔を思い出した。
まだ幼い頃……それこそ璃音は体が弱かったものの、行きたいところがあるからと渚の手を引いたいつかの出来事を。
(……ほんと、どこにでも君との思い出が転がっているな。それに……少しだけ――)
色が見えた気がした。
灰色ばかりの世界に居たはずなのに、どこか色付くようなものが見えたような……そんな錯覚を渚は抱く。
結局……生きろということなんだろう。
過去を忘れるわけではない……過去も背負って、そうして未来に向かうことが残された人に出来る一番の……そう、それこそが璃音の分も生きるということ。
「あ、えっと……渚君!?」
「……………」
あわあわと慌てだした梓と、周りから喧嘩かと興味津々な視線が集まってくる。
違う……別に俺はイジメられているわけじゃない……ましてや喧嘩でもないと言いたいのに口が震えて言葉にならない。
(璃音は……最期に確か――)
思い出した……彼女は最期の瞬間、何と言ったのかを。
『私も……好き……です。ですからどうか……元気に……生きて』
その瞬間、渚の世界は色を完全に取り戻すのだった。
【あとがき】
一応、そろそろ本編に戻ります。
これは実際に璃音が亡くなってしまった世界ですけど、こういうちょっとシリアスな物も書いてみたかったんですよね。
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