IF~それはもう一つの物語~3
王子様とは素敵な存在だ。
女の子が憧れる物語の多くに、そう言った憧れの存在は必要不可欠ということで、代表的な言い方だと白馬の王子様とかはよく聞くだろうか。
「……………」
「梓、表情が硬いぞ……ってそれは私もだが」
「マネージャー……」
ある病室に続く廊下を歩く二人……今をときめくグラビアアイドルの西条梓と、そのマネージャーの男性だ。
二人が向かうのは今回、梓の代わり……と言うと残酷な言い方だが、梓を庇うようにナイフで刺されてしまった彼――渚の病室だ。
(……王子様……か)
王子様……梓はその存在に憧れを持っていた。
もうすぐ高校生活も終わる頃、そして入れ替わりの激しいアイドル界を生き抜き、多くの嫉妬や妬みなんかを経験した彼女ではあるのだが、その王子様という存在に対する執着はあまりにも異質だったのだ。
今回の出来事にしても、梓自身は何ら怖くはなかった。
もしかしたら自分を助けてくれる王子様が現れるかもしれない、そんな期待があったから。
(私は……馬鹿だなぁ)
今までにもファンが暴走して迷惑を被った件はいくつもあったが、今回のように実際に死者が出たかもしれない事件は初めてで……それを目の当たりにして、目の前で血を流しながら崩れ落ちた誰かを見たのも初めてだった……それを見た時、自分が抱くその感情が如何におぞましく浅はかな物であったかを思い知った。
「良いかい梓……君の評判を守るためにも、悪い印象を抱かせないためにも王子様だとかそういうことは口にしないこと」
「分かってる。流石にそこまで無神経なつもりはないよ」
いつもは間延びするような喋り方も、今の状況では出そうもない。
今回のことは渚に対するお見舞いと謝罪の意味がある……それを終わらせたら今後関わることはないだろうが、それでも身を挺して守られたという事実は梓の心に大きく圧し掛かり、そして強く刻まれてしまっている。
病室の前に着いてノックをしようとした時、中から会話が聞こえた。
「……?」
「おっと……誰か来ていたか」
来客が居るのなら仕方ないとして、マネージャーが出直そうと提案したが梓は失礼と思いながらも聞き耳を立てるように、中から聞こえてくる会話に集中する。
『ねえ六道……アンタ、死ぬつもりだったでしょ?』
『……………』
『アンタの目を見たら分かる……仮にそうでなかったとしても、璃音に会えるかもしれないとか思ったんじゃない?』
『……かもな』
『……ふざけないで……そう言いたいわよ凄く。でも……アンタの気持ちも分かるから強くは言わない――でもあたしはこう思うよ……アンタが生きてて良かったって』
それは梓の興味を引かない会話ではなく、どういうことだとその続きが気になって仕方ない。
(あれ……? この声、どこかで聞いたことがあるような……)
渚の声ではなく、彼と話している女性の声に梓は聞き覚えがあった。
『……別に死ぬつもりはなかったよ。ただ……これで璃音に会えるかもしれないって思ったのは本当だ。たぶんあいつが聞いたら、何を考えてるんだって一発殴られるだろうけど』
『当たり前でしょ。だって璃音はいつだって六道が傷つくことを嫌がっていたんだから』
『そうだな……だからまあ、こうして傷は浅くないけど見た目に反して軽かったからこれも運命かなって、それこそ璃音が助けてくれたのかなとか思うこともある。何より、一人の女の子を助けられたし』
『あ~……西条梓ね』
『どうした?』
梓は王子様を求め、憧れるような少女だが頭は悪くない。
グラドルとして活動する中でも学生としての生活を疎かにすることはしていないので、しっかりと勉強はしている。
まあこれに関しては単なる想像力の問題だが、梓はこの会話の中で色々なことを察することが出来た。
(……璃音っていう人はたぶん……亡くなったのかな。彼にとって、その子はとても大切な人だったってこと)
『でもまさか……今大人気のグラドルを助けることになるとは思わなかったわ』
『知ってたの?』
『そりゃまあ。別にファンってわけじゃないけど、SNSとか見てたらよく流れてくるし』
『そりゃそっか。何よ、惚れたの?』
『ナイフに刺された状態で惚れるって特殊すぎんか?』
それはそう、梓は頷く。
ともあれこれは本当に中に入るタイミングを見失ってしまった……梓もこれ以上の盗み聞きはダメだなと考え、離れようとしたその時だ。
『意識が朦朧としてたけど、こっちに手を伸ばす彼女を見た気がした。その時の彼女……泣いてたんだよ。怖かったのかもしれないけど……違う何かがあるのかなって思った』
「っ!?」
『こういうの難しいかもしれないけど……とにかく俺は大丈夫だから。気にしないでくれって、そんな顔しないでくれって……やっぱり誰でもそうだけど、ああいう可愛い子は泣き顔よりも笑顔の方が絶対に良いから』
ドクンと、強く心臓が跳ねた。
大した子だなと背後でマネージャーが呟くが、梓からすればもはやこの奥に居る彼のことしか頭にない。
どうしてそんな風に言えるの、どうして自分のことは省みないの……いくつも言いたいことが頭を駆け抜けて行き、初めての感覚に内心で戸惑いながらも決して外には出さない。
『ほんと、アンタらしいわ。泣き顔よりも笑顔が良い……璃音にも良く言ってたわね』
『おうよ。だってそうだろ? あいつの笑顔は世界を救うぞ』
『それは完全同意だわ。璃音の笑顔を見れるだけであたしも元気になれるからね!』
暗い雰囲気から一転、楽しそうな雰囲気に変わったことで梓の中にとある感情が芽生える……混ざりたいというものだ。
そんな彼女の感情に反応したのか、体が勝手に動いたのか……ガタンと思いっきり扉に腕をぶつけてしまい気付かれてしまうのだった。
▼▽
「それじゃああたしはちょっと飲み物とか買ってくるから。西条、くれぐれも変なことはしないように」
「ちょっと! 私がやる側なのぉ!?」
「はははっ、まあ積もる話もあるだろう。梓の方はまだ話をしたいみたいだし、私も外に出ているから」
そう言って真名とマネージャーの男性は出て行った。
こうして渚は今回守った女の子――梓と二人っきりになったわけだが、全くドキドキしないしむしろ困惑の方が大きい。
(……なんで?)
元々、お見舞いのために来たことは既に説明された。
あの事件の顛末であったりや謝罪を耳にタコが出来るくらい聞かされたわけだが、こうしてアイドルと二人っきりというのは色々大丈夫なのかと逆に不安になる。
「あの……えっと……」
ほら見たことかと、困っている梓を見て渚はため息を吐く。
しかし、先ほど会話をした中で伝えていなかったことがあるためそれを口にすることにした。
「西条さん、とにかく無事で良かったです。その……お互いに別れ方としてはモヤッとしたと思うんですけど、聞いていたなら分かりますよね。俺は大丈夫ですから……だから気にせず笑顔で居てください」
「っ……」
笑顔で居てくださいと口にした途端、梓は顔を真っ赤にして俯く。
アイドルとして活動する以上、笑顔で居てくれ……くらいの言葉に照れるわけがないと思うが故に、渚はどうして梓が顔を赤くしているのかが分からない。
鈍感とかそういうのではなく……そもそも、璃音の一件があって心にヒビが入っているからこそ分からないのだ。
(つうか……色々とすげえな)
それは純粋な梓への感想だった。
まず見た目がとにかく優れており、自分の中で一番美人で可愛いと思っていた璃音に届きうる美貌をしている……そして何よりグラドルとして活躍する武器の一つ――服を盛り上げる豊満な胸元が大変目に毒だった。
「……ありがとう六道君。でも……私は――」
「ほら、そういう顔をしないでください。俺は大丈夫だった、あなたも大丈夫だった。それで全部良し、それで良いんです」
「でも……そうだね。ごめんなさい……でももう一度言わせてほしい。ありがとう六道君」
「いえいえ……つうかアイドルに名前を呼ばれるって新鮮ですね」
こんな経験はおそらく、今後することはないはずだ。
実を言うとあの事件の後、こうして入院している間はとにかく暇でスマホから色んな情報を見ていた。
その中に梓のことは多くあったが、そのどれもに当てはまらないいくつもの顔を彼女は持っていた……それが渚にとってとても新鮮だったのだ。
「あ、あの!」
「は、はい!」
「れ、連絡先とか交換……してくれないかな!? おおおおおおおお王子様!!」
「……??」
この時、渚はとてもじゃないがアイドルに向けるような目をしていなかったと知るのは後のことだ。
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