IF~それはもう一つの物語~2
奇跡なんてものは存在しない……存在したとしても、渚にとってもそれは信じるに値しないものだ。
もしも神様が居るのであれば、何故一人の女の子さえ助けてくれないのかと恨んだ……この新たに生まれ変わった世界で、幼馴染の女の子を失った瞬間、渚の世界から色彩は失われてしまったのだから。
「……………」
その日もただ、ボーッとするだけの一日だった。
高校生活もそろそろ終わりを迎えるということで、友人たちはみんな大学受験のために頑張っている……だというのに、渚だけは過去に置いてけぼりを食らっているかのように無気力に日々を過ごしている。
高校を卒業したらそのまま適当に就職するつもりで、大学に行くつもりがないのだから真剣に勉強することもない。
「……璃音、こんな俺を見たら君はなんて言う? 情けないって、何をしてるんだって言って背中を叩くかな」
遠坂璃音――渚にとって、何よりも大切な女の子だった。
新たに生まれ変わったこの世界で出来た幼馴染であり、かねてより美少女幼馴染というものに憧れていた渚にとって、璃音は世界を越えた先にあった念願の幼馴染だった。
『ナギ君、あなたはいつもそうなんですから……』
『そんなだからダメナギ君なんですよ』
『全く、私が居ないとダメですねナギ君は』
璃音は体が弱く、そして周りと上手く馴染めずに居た。
そんな彼女を放っておけなかったのはもちろんだが、それ以上に渚を突き動かしたのは幼馴染である璃音に心を開いてもらいたいということ。
渚の努力の甲斐もあって璃音は徐々に心を開き、小学生になる頃には傍に居るのが当たり前なほどに身近な存在だった――だからこそ、璃音が病気に苦しむ姿を見る度に……渚の心は擦り減っていった。
「……くそっ」
璃音の墓前でもないのに、彼女を思うと涙が零れる。
自分でもみっともないと思っているのに、それでも一度流れ出した涙はしばらく止まらないのだ……渚にとって、本当に璃音という存在はあまりにも大きく……そして心の支えだった。
『ナギ……君』
『璃音……なあ璃音……俺さ……璃音のこと……好きなんだよ。色々やりたいことあって……まだまだ一緒に居たくて……だから……っ』
『……私も……す……き』
『頼むから居なくならないでくれよ……頼む……頼むから……逝かないでくれ……逝くなよ……っ!』
脳裏にこびり付いて離れない一つの記憶……璃音がその命を散らす際、渚は初めて彼女に好きだと伝えた。
優しい璃音のことだ……こうして無理にでも現世に未練を残せば死なないんじゃないかって、そんな馬鹿なことを考えたからである――無論、その気持ちは嘘ではない……ただ、言えなかっただけだ。
「何度考えても……俺って最低だな……どこまでも自分勝手でさ」
璃音は最期……笑顔だった。
あの時彼女は何を思ったのだろう……それはもう、永遠に分からないことであり、知る術は何もない。
『なあ、受験勉強とか色々あるけどよ。何かあったらすぐに呼べよ? 遊びに行くのも良いし、ただ飯を食ったりするだけでも良いから』
『……そうでもしないとお前、どっか行っちまいそうだからさ』
晃弘と武……渚の友人たちは常に彼を気に掛けてくれている。
実は今日も二人に誘われたのだが、こうして渚が一人で家に居るということは断ったということで……彼らには悪いことをしていると思いながらも、渚は必要最低限のことがない限り外に出ることも減った。
代表的なことで言えば、璃音の墓参りくらい……そして学校くらいだ。
「……なんか、外に出たい気分だな」
ただ、今日に限っては少し外に出たい気分だった。
自分でも珍しいなと思いながら着替えをしていると、視界の隅に大分前に買った縄が目に入る。
その縄はとある目的のために用意したものだが、結局それがその目的のために使われることはなく……ずっとそこに置かれたままだ。
「よし、行くか」
こうして、当てもなく外を彷徨う時間が始まった。
何かに突き動かされるように街へと向かい……さて、渚は奇跡や運命と言った物を信じない。
奇跡を信じるのは璃音が死んだ時にやめ、運命は璃音が居なくなったことで何の価値もないのだから。
「……なんだ?」
相変わらず、渚の視界は灰色だ。
その中でも騒ぎのようなものを感じ取ることは出来るので、ボーッとした頭でも彼はその場へと近付く。
「いい加減に、それを下ろしなさい!」
「うるせぇ! なあ梓ちゃん……あの雑誌の記事は嘘だよな? あの俳優とのツーショット……まさか結婚なんかするわけないよなぁ!?」
なんというか……明らかに事件現場だった。
フードを被っている女の子を男性が庇っており、そんな二人にナイフを手にした男が睨みつけながら怒鳴り散らしている。
周りは騒然としており、パトカーの音も聞こえてきた。
「あれは……」
フードから覗く顔立ち……そのあまりにも整いすぎた顔でそれが誰か渚は理解した。
特に興味はないが、爆発的な人気を持つグラビアアイドルの西条梓が居ることにまず驚き、そんな彼女にこうして襲い掛かろうとしているのは間違いなくストーカーである。
「こんなことをして何になると思っているんですかあなたは!」
「うるさい! ファンを裏切る行為をした梓ちゃんが悪いんだ! 誰かの物になるなら俺の手で!!」
醜い……それが渚の感想だ。
特に何も思うことはないし、正直どうでも良い……けれど、フードから覗く梓の表情は二つだった。
何かに期待するような表情……けれどこれから起こるかもしれない惨劇に恐怖する顔……前者は何だろうかと興味を持ったが、これは単なる見間違いの可能性もある。
『ナギ君は……どんなことがあっても私を守ってくれるんですか?』
『当たり前だろ。幼馴染だからな!』
昔のやり取りを思い出し、渚は駆け出した。
(救いようのない自暴自棄は……どっちだろうな)
周りから悲鳴が上がる中、渚は男の正面に立った。
ナイフを手にした男と目が合った瞬間、男がどこか怯んだように恐怖を見せたものの……次の瞬間、渚は脇腹が熱を持った感覚を抱く。
「っ……」
「お、おい!?」
「刺されたぞ!?」
「警察はまだか!!」
痛い……死ぬのかな?
そんなことを思った渚だが、全然怖くはなかった……むしろこれで璃音の元に行けるのかとさえ思ったほど。
だが、今だけはその凄まじいまでの痛みが渚に意地を張らせた。
「っ……があああああああっ!」
ナイフが刺さったまま、渚は思いっきり男の腹を蹴った。
ダイレクトに突き刺さったその一撃は男を吹き飛ばすことに成功し、痛みで動けないまでのダメージを負わせる。
「確保ー!!」
「君! 大丈夫か!?」
朦朧とする意識の中、渚はふと背後を見た。
そこには彼女が……梓が後悔するように目を伏せながらも、自分に手を伸ばそうとする瞬間だった。
▼▽
「……んで、別に死ななかったわけだが」
そう、渚は死ななかった。
奇跡的に内臓などが傷つくこともなく、本当に数ミリというレベルでナイフが急所を外していた。
「……まさか、グラドルを庇って刺されるなんてねぇ……人生分からないもんだ」
そう呟く渚の世界はまだ……灰色だった。
さて、そんな渚とは別に警察は慌ただしく動いているのは当然で、渚は助かったが間違いなく事件だからだ。
病室の外、渚から軽く話を聞いた警察の男性はふぅっと息を吐く。
「……あの若さであそこまで達観しているなんてな」
それは恐怖さえ感じてしまうくらいに、男性は渚から生への執着を感じられなかった。
そしてもう一つ、気になるのは犯人の男が口にした言葉。
『誰が出てきてもぶっ刺してやるつもりだった……けど、あいつの目を見た時に俺は……怖くなったんだ。まるで死人が動き回っているように見えて……』
それで手元が狂ったと言ったが、まあ奴が殺人未遂を犯したことに変わりはない。
警察の男性はしばらく病室の扉を眺めた後、また今度様子を見に来ようと言ってその場を去るのだった。
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