IF~それはもう一つの物語~1

 これはまた、一つの物語の形。

 未来の姿は形を変え、絶対に訪れない一つの未来……しかし、それは確かに存在する可能性を秘めていた。



▼▽



「やっほ、久しぶりだね璃音」


 とある日、阿澄真名は親友の眠る場所へ訪れていた。

 遠坂璃音と名前が彫られたお墓で、定期的に清掃されているのが分かるくらいに綺麗なお墓だ。


「相変わらず綺麗に掃除されてるね。璃音の両親か、それとも彼かな?」


 真名にとって、この璃音という少女はあまりにも大切な親友だった。

 病気によってこの世を去った璃音だが、彼女は生前からとにかく体が弱くて到底目を離すことは出来なかった。


「六道が居ない時はあたしが……あたしが居ない時は六道が世話してたようなもんだけどね」


 六道とは、六道渚という少年を指す。

 渚は璃音の幼馴染であり、真名から見ても本当にお似合いの二人だったのだが……結局、璃音の死によって二人は結ばれなかった。


「あいつ……元気してんのかな」


 璃音が亡くなったと聞いた時、真名は呆然としていた。

 その場に居る感覚も分からず、何も喉を通らない……それだけ現実を受け入れることが出来なかったのだが、そんな真名を現実へと引き戻したのが渚だった。


「……六道」


 もっと掛けてあげる言葉があったはず……それでも、璃音を失って失意のどん底へと沈んだ渚に掛けられる言葉は見つからなかった。

 そうして中学校を卒業し、別々の高校になったことで渚との交友は一切失われてしまい、彼がどうしているかも真名は知らなかった……のだが、運命はどうやら彼を引き寄せたらしい。


「……うん?」


 その時、小さく足音が聞こえた。

 ここには璃音の墓だけではないので、他に人が来ることも何ら珍しいことではない……しかしその足音はこちらへと向かっている。

 もしかして、そう思って視線を向けて真名は目を見開いた。


「……六道?」

「……阿澄さん?」


 六道渚……彼がそこに居た。

 中学時代に比べて背は伸び、顔立ちも大人へと近付いているがどう見ても彼は渚だ。

 渚は驚いた様子だったが、すぐに表情を引き締めて隣に立った。

 彼と会ったのは数年ぶりだけれど、渚が隣に立つことに真名は何も言わなかった……むしろ会えたことが嬉しかったのだ。


「……………」


 おそらく来る時に買ったであろう花を添えた渚は、黙って手を合わせて祈りを捧げる。

 そうして祈りを捧げ終わった渚は立ち上がり、ここに来てようやく二人は言葉を交わすに至った。


「久しぶりだね六道」

「阿澄さんこそ久しぶり」

「少し声、低くなった?」

「あ~……まああの頃に比べればな」

「そう……」

「おう……」


 言葉が続かない……けれど、嫌な空気ではない。

 耳に届く声音、纏う雰囲気……その全てがあの頃と変わらない……当然のように悲しみと絶望を感じさせる目も変わっていなかった。

 まだ引き摺ってるの、なんて言えるわけもない。

 だって引き摺っているのは真名も同じだから……こうしてここに来るのは璃音と居た日々を忘れたくないから。


「……阿澄さんは常翔に行ったんだっけ?」

「うん。六道は……青豊だったね?」

「あぁ――璃音が居たら俺も常翔に行くつもりだったけど、頑張るための糸が切れちまったからさ。自分の将来とか色々あったのに……それすらどうでも良くなって結局当時の学力で行ける場所を選んだから」

「……………」


 そう言えばそうだったと真名は思い出す。

 璃音の病室へお見舞いに行った際、卒業後の話をすることがあってその時に璃音とは常翔に行こうと話をしていた。

 璃音はそれならと渚を必ず連れて行くとして、病気が治ったら一生懸命勉強して一緒に居ましょうと説き伏せたのである。


『いやいや、常翔高校って俺の学力じゃ……』

『何言ってるんですか。やる前から諦めるとかナギ君らしくないです』

『……アンタら、本当に仲良いよね』


 何度も呆れたし、何度も揶揄ったりした……そんな楽しい時間さえも現実は無残に奪い去ったのだ。

 しかし、こうして昔を思い出せることは悪くない。

 だってその時の記憶は決して色褪せず、そして楽しいことだから。


「……あ」


 ふと、隣を見た時――渚はジッと墓を見つめて涙を流していた。

 目元に手を当てたりせず、涙を流すことを隠しもしない……ついハンカチを取り出して渡そうとするも、渚の言葉に真名は動きを止めた。


「ごめんいきなり泣いて……俺さ、ここに来て泣かなかったことがないんだよ。璃音に笑われるって分かってんのに、ここに来てしばらくしたら絶対に涙が出てきちまう」

「……謝ることなんてないでしょ。だってアンタにとって璃音は大切な幼馴染だったんだから」


 璃音と渚がどれだけ仲が良くて、どれだけお互いにお互いを大切に想っていたか真名は知っている。

 璃音が抱えていた病なんて、この二人の仲を持ってすればすぐに逃げ出す病気だと信じていたほど……。


「ほんと……なんで俺には幼馴染の病気すら治せる力がねえんだろうなって思うよ。何のために俺はこの世界に生まれたんだか」


 それこそ仕方ないでしょうと、そう言いたかった。

 けれど渚の言葉はあまりにも重たく、言葉以上の何かがあるようにも思えたが真名には見当も付かない。

 一つ言えるのは、璃音の死は渚にとって決して消えない傷を植え付けたということだ。


「自分で自分が嫌になるよ……俺は結局、璃音が居なくなってからずっと彼女を忘れられない。ずっと引き摺ったまま……このままじゃダメだって分かってるのに、俺は居なくなった一人の女の子を忘れられない」

「それは……私は別に悪いことだとは思わないけどね」


 何も悪いとは思わない。

 確かに忘れて前を向くこと、それこそが残された自分たちがするべきことであり、彼女の分も前を向いて、未来を見据えて歩くというのは大事なことであり当たり前のことだ。

 だが……気持ちばかりはどうしようもない。


「アンタは……璃音のことが好きだったの?」


 それはずっと聞いていなかったことだ。

 お似合いだとは思っていたけれど、実際に好意があるのかどうかは無粋として当時は聞かなかった。

 渚に……そして璃音にも聞いたことはなかった。


「好きだったよ」


 渚は真っ直ぐにそう答えた。


「何よりも大切だった……ずっとずっと一緒に居たかった。絶対に病気は治るって信じてたし、璃音も必ず元気になるって疑わなかったから」

「……………」

「好きな人が……居なくなるのは辛いなぁ」


 そんな渚の言葉を聞いた真名は、彼に寄り添わずには居られなかった。

 ただ渚も涙を流し続けてはいたものの、ある程度時間が涙も止まって笑みを浮かべられるくらいにはなった。


「ねえ六道、連絡先交換しない?」

「え? あぁ……そういやしてなかったか」


 こうして真名は改めて、渚の連絡先を確保した。

 この日から真名にとって事あるごとに渚と連絡を取るようになるが、お互いに三年生の冬……高校生として最後の冬休みを迎えようとした頃……渚から信じられないメッセージが届くのだった。


『ごめん電話返せなくて……その、ちょっと事件に巻き込まれたというか女の子庇って軽く脇腹をプスッと刺されちまって』


 ……はっ?

 しばらく、そのメッセージに真名が反応出来なかったのは言うまでもなかった。


『でも生きてるから大丈夫……医者の人がビックリするくらい急所は綺麗に避けてたみたいでさ』


 待て待て、アンタはどこの世界線に生きてるぅ!?

 とにもかくにも、まずは病院に行かないと! そう思って真名は荷物を纏め家から飛び出した。

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