甘えてくる璃音

「しっかし、今日は一段と疲れた気がするぜ」

「それはお友達と……ではなく、西条さんとのことですかね」

「あぁ」


 西条さんによって引き起こされた……という大事件のようだが、まあ彼女が原因ではあるのでそれでも良いか。

 とにもかくにも普通なら絶対に経験しないようなことを、ただ彼女と知り合いであるということで経験する羽目になったわけだ。


「璃音を呼んだことも、璃音がそれに応じたことも、そして見せ付けるように腕を組んできたことも全部驚きだわ」

「ふふっ、ですが良い経験でしたよ。ああいう機会はおそらく、滅多にないというレベルでしょうから」

「そりゃそうだ」


 そもそも、アイドルと友達という時点で滅多にないぞ。


「これも全部、勉強を頑張って常翔に入学出来たからだよなぁ」

「そうですね。私もあなたもあんなに頑張ったんですから」

「璃音はどっちにしろ余裕だったろ? 俺は……あぁうん、思い出すだけで頭が痛くなるぜ」


 ……でも実際の話、璃音が居なかったらあそこまで頑張れなかった。

 ほんと、俺の世界って璃音を中心に回ってんだな……依存とまでは流石に行かないだろうけど……行かないよな?


「ナギく~ん」

「おっと」


 可愛い声で璃音が身を寄せてきた。

 パジャマを着た彼女の体は柔らかい……何がとは敢えて言わないが、大きな胸が特に柔らかい。

 着ているパジャマも気持ちの良い質感なので、こうして抱き寄せると本当に全てが気持ち良い感触だ。


「どうした?」

「偶には……いえ、今私はとてもナギ君に甘えたい瞬間なんです」

「そうなんだ……じゃあ甘えさせちゃうぞ! よしよし」

「うふふ~♪」


 俺に大人しく頭を撫でられる璃音が顔を上げ、にぱ~っと笑顔を浮かべて俺をドキッとさせる。

 このドキッとした感覚……やはりクセになるな!


「ねえナギ君」

「うん?」

「今日ステージに立った時、私はこう思っていたんです――どうですか、私の素敵な彼氏はって」

「そいつは嬉しいねぇ」

「ナギ君はどうでした?」

「俺は……」


 これに似た話は舞台袖でしたような気もするけど、改めて思い出してみようかな。

 あの時……璃音を傍に置いて多くの視線を浴びていた時、俺は緊張していたのも確かだが、璃音が傍に居ることに安心感を抱いていた。

 そして……これを認めてしまったら性格が悪いと思われるかもしれないけれど、こんな素敵な子が……こんなにも可愛くて美人な子が俺の彼女なんだよって自慢もしたい気分だった。


「俺は……俺も璃音を自慢したい気分ではあったかな。璃音を見つめる視線の中に、熱っぽいというか……単純に可愛いとか美人とか、そう思う視線とは別に一目惚れのようなものもいくつかあった……それに対し、俺は渡すか馬鹿がよぉ……なんて思ったのも間違いはないかもしれん」


 あの時はいっぱいいっぱいだったけど……うん。

 確かに俺はそう心のどこかで思ったかもしれん……いや、こうして振り返れるってことは絶対にそう思ったんだろうな。


「ナギ君は普段から特に自慢はしないでしょう? そう思ったとしても言葉に出すのと出さないのとでは全然違いますし」

「いや、友人との話では出るぞ。俺の彼女は美人だ、良いだろって」

「それはみんなが受け入れてくれるから良いんですよ。というか自分のことが自慢のネタにされてるのは些か恥ずかしいものですね」

「ちょこっと阿澄さんから聞いたけど、璃音だって似たような物じゃないか?」

「それは……それはそうでしょう! 自慢したくもなります!」


 ツンと、璃音は顔を背けた。

 結局のところ、俺たちはどこまで行っても似た者同士……その自慢の仕方も全部似てるんだ。

 ただ誤解がないように言うなら、その自慢も誰かを不快にさせるような使い方はしない……というか、普通ならそのラインの見極めは出来ることだからさ。


「……なあ璃音、俺は素敵な彼氏かな?」

「素敵ですよ? というか、あなた以上に素敵な男性を知りません。何ならいくつかの世界を旅したとしても、私はきっとあなた以上の人を見つけるなんて……いえ、もしかしたら居るかもしれませんね」

「そ、それはちょっと気になる――」

「あなたと同じ魂を持った人……外見が今のナギ君と違っても、声や年齢や考え方、全てが違ってもあなただからこそ私は見つけて好きになるかもしれません……いいえ、きっとなります」


 それは……はぁ、全くなんて口説き文句なんだろうか。

 ただ璃音にこう言われて嬉しくないわけがなく、それならこうして六道渚という存在に生まれ変わる前の俺を見つけてくれたとして、その時も好きになってくれたかのかなって問いたくなるよ。


「……ありがとう璃音」

「いえいえ、お礼を言うなら私も沢山ありますよ。でも……今は止めておきましょう? 私たち、事あるごとにお礼を言いすぎです。主に出会ってくれたこととか、今この状況であることとかに」

「確かにな。止まらなくなりそうだし止めておこう」


 それじゃあもっと甘えますと言って、璃音は少し空気を換えるようにもっと強く抱き着く。

 そんな璃音をとにかく甘えさせながら、俺はこんなことを考えた。


(いずれ、笑い話でも良い……俺ってこうなんだって話せる日が来たらって思うのは我儘かな? ま、璃音からすれば俺の前世なんて関係ないとまでは言わないだろうけど、関わりがないものだし)


 なら……伝えない方が吉か。

 でも……これは単なる俺の推測であり、絶対に当たらないであろう感覚の話なんだが……。

 璃音……もしかして俺のこと、気付いてるとかある?

 実は結構それを感じることがしばしばあるのだが……流石にないわな。

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