お嫁さん
「……なんつうか、お互いに凄い目に遭っちまったな?」
「そうですね……全く、彼女には困ったものです」
ステージ上での役目を終え、俺は璃音と共にステージを降りた。
ただあのまま戻ると色々と周囲が騒がしそうだなと思ったのもあるし、何より西条さんが気を利かせてくれてそのままスタッフさんと使うことで舞台袖に引っ込めてくれた。
そうして西条さんのステージが盛り上がる中、俺と璃音はそれを袖から眺めている。
「お友達には連絡しましたか?」
「あぁ……まあしばらく居るつもりだから大丈夫だって。璃音の方も阿澄さんは?」
「真名も大丈夫だと言っています。私も後で合流しますよ」
とのことだ。
つうか……ここからだとステージが良く見えるだけでなく、心なしか西条さんの楽しそうな声も良く響く。
以前はストーカー気質の妨害があったものの、今回はそれはないようなので伸び伸び出来ているんだろう。
「まあでも、完全にしてやられたって感じだ」
俺が取り出したのは西条さんから渡された番号札……これが今回、俺がステージに上がることになった呪物である。
呪物というと西条さんが酷いって言うかもしれないが、これを渡された側からすると他の純粋なファンの人には申し訳なさがあるよな。
「確かに許されるモノではないでしょうけど、それを知っているのは私たちだけですし。そもそも西条さんからすれば以前のハプニングが少しばかり尾を引いているのかもしれません……それでちょうど、顔馴染みが居たので渡したとか考えられませんか?」
「その線もあるのか……けどあれだぜ?」
そう言って俺は西条さんに指を向ける。
先程の出来事を経て妙にテンションが高く、機嫌の良い西条さんの様子に璃音はそれもそうですねと苦笑した。
「とはいえ、そもそもああいったことが起きること自体ダメなんだよな。あのハプニングを起こした奴ってファンらしいし、ファンなら推しの迷惑になるようなことをするなって話だし」
「まあ、そこを抑えられるかどうかなんでしょう。抑える方が人として普通の感覚ですがね」
「それ、暗に人じゃないって言ってる?」
「当時はまだ仲良くなかったとはいえ、今はもう仲良くなった友人ですからね。少しばかり毒は出ますよ」
「……ははっ、そうか」
それからしばらくした後、気を付けてと伝え合ってお互い友人の元へ戻った。
晃弘と武、そして俺が居ない間に加わっていた和田君と合流する。
和田君とは連休が始まる前に遊ぶ約束はしていたので、それで合流したってところだな。
「……?」
ただ、一つ気になったことがある。
それは晃弘も武も、そして和田君もどこか機嫌が悪い……えっと、そんなに俺が目立ったのが気に入らなかったとか?
なんてそんなわけがない……その理由はすぐに明かされた。
「ほんと、ムカつくぜ」
「俺の近くに居た奴ら……特に渚からチケットをパクろうとした奴居ただろ? あいつらがその……お姫様が出て行った時に、あんなのが彼氏だとかあり得ねえって言ってさ」
あ、そういう……ことね。
確かに客観的に見ても俺はイケメンじゃねえし、そんな俺に比べたら璃音は西条さんクラスの美人……まあ、あいつらだけじゃなくて他の人もそんな風に思う人は居るだろうさ。
「ま、俺は気にしてねえけどさ」
「僕は後から合流したけど……ほんと、何様なのかなって気がしたね。そういうことを言ってるから六道君みたいに遠坂さんみたいな素敵な彼女が出来ないんだよ」
おぉ……和田君も強く言ってくれるじゃん。
「璃音みたいなっていうか、あんな子はそうそう居ないと思うぞ」
「そりゃそうだろ。お姫様みたいなのが何人も居たらどれだけ幸せな世界だっての」
「そうそう。俺だって出来るならああいう可愛くて美人の幼馴染が欲しいんだからよぉ!
「そうそう! 六道君は贅沢者だよ!」
贅沢者て……ま、それは認める。
「確かに贅沢かもなぁ……璃音が傍に居る時点でそう、俺は本当に贅沢者だ。どうしようもないくらいに幸せで……おまけに最高の友人たちも傍に居てマジモンの贅沢者だよ」
そう言うと三人とも目を丸くした。
特にその後、晃弘と武に至っては全くこいつは言わんばかりに苦笑して肩を組んできた。
「野郎のことを贅沢とか言うんじゃねえよ」
「そうそう、同性の友達なんざ普通に学校生活送ってりゃ勝手に出来るもんじゃないか」
「……男の友情、これもこれでありだね!」
俺の言葉が功を奏したのか、会場でのやり取りのことは綺麗に忘れてしまったらしい。
「よ~し! じゃあ遊びに行くぜ!」
「ゲーセン行ったらボウリングだ!」
「その後はみんなでラーメン食いに行こうぜ!」
「僕、フィギュアとか見に行きたいんだけど!」
「良いぜ! 何なら俺も一つくらい買おうかねえ……高いのだとどんくらいすんだ?」
「凄く良い物だと五万とかするかなぁ」
「はぁ? フィギュアでそんなにするわけないだろ」
オタクの和田君だからこそ分かるフィギュア事情……試しにフィギュア専門店に行った俺たちは、あまりの驚きにしばらく固まることになる。
▼▽
「……フィギュアたっけぇ」
おっと、まだ衝撃が残ってやがる……。
既に結構暗くなってしまったが、ちょうど六時前には帰ることが出来たけど……既に璃音は戻っている様子だった。
家の明かりに安心感を抱きながら中へ……。
「ただいま」
しばらくして、おかえりなさいと璃音が言って出てくる。
エプロンを身に着け、夕飯の準備を始めたであろう段階の彼女が。
「……………」
「どうしました?」
「……いや、なんつうかお嫁さんみたいな感じがして」
それはストレートに出てきた言葉だ。
お嫁さんという単語に璃音は驚きはせず、そして顔を赤くすることすらせずスッと俺に背を向けた。
「そんなの、いずれなることでしょう? であれば、少し早いですがこういう形で予行練習するのも良いですね?」
「っ……」
いずれなることですってよ奥さん!
その言葉に俺の方が顔を赤くしてしまった。
「……ふぅ、いきなりなんて……なんて嬉しいことを言うんですかあなたって人は」
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