彼女としての見せ付け

「えっと……六道も来てたんだ?」

「……知りませんでしたよ私は」


 あ~あ怖い怖いと、真名は璃音を横目で見た後にステージ上へと視線を向ける。

 そこにはこのイベントの主役である現役グラドルの梓と、璃音の幼馴染であり恋人の渚が立っている。


「おそらくは友人に連れられてのことでしょうね」

「へぇ……」

「なんですか。別に私はナギ君が個人的にここに来たいと言っても何も言いませんが? そこまで心は狭くないですよ? そもそも西条さんは友人ですからね」

「一旦息を吸いな?」


 ふぅっと、璃音は大きく息を吸う。

 あくまで誰にも分からないくらいに顔色一つ璃音は変えていないが、渚がステージに上がった瞬間それはもう内心では驚きの嵐だった。


「ナギ君……」

「わお……これが彼氏を心配する女の顔!」

「真名?」

「なんでもありませ~ん!」


 少し強く睨み付けると、真名だけでなくその後ろの男性さえも目を逸らした……どうやらそれだけ璃音の顔は怖かったようだ。


「さて、何をするんでしょうかね」


 璃音は幸運にも選ばれた渚を見つめる。

 彼は当然のように璃音に気付くことはなく、ステージ上から眺める観客の姿に圧倒されているかのよう……正直なことを言えば、若干可哀想だなと思うし困惑する様子は可愛いとも思う。

 結論、璃音は渚に対しては愛のあるSだ分かっているけれど。


『幸運だったねおめでとう! ねえねえ、君は私のファンなのかな?』

『えっと……あの、はい』

『ちょっと~! 何その当たり障りのない言い方はさ~!』


 ツンツンと、あくまでこの場ではアイドルであるはずの梓は親しみを感じさせるように渚の肩を小突く。

 そのやり取りに若干のざわめきが生まれたのは、今までのこういうことを梓がしなかったからだ。


「な、なあ……今日の梓ちゃんご機嫌じゃね?」

「いつもあんななのはもちろんだけど……なんか違うよな?」

「ま、まさかあれ……彼氏とか!?」

「何言ってんだよんなわけ……ないよな?」


 なんて飛躍しすぎたことを言いだすファンも居た。

 あり得ないと考えても今までと違うこと、そしてまさかという不安な予想はファンの心理に陰を落としていくものだ。

 その証拠にイベント進行係の人でさえ、梓の行動に目を丸くしているほどなのだから。


「というか、あくまで他人という体なのね」

「それはそうでしょうね。同じ学校ともなると、こうしてナギ君がステージに上がった段階で仕込みを疑われるでしょうし」

「仕込みでしょ」

「仕込みでしょうね」


 流石、梓の友人となった二人だった。


「くぅ~! 梓ちゃんこっち見てくれ~!」

「そんなガキよりも俺の方を――」

「おい、ガキ言うな」

「痛い!?」


 この場に居るにはあまりにも屈強すぎる男のケツを真名は蹴り上げる。

 赤の他人にこのようなことは絶対にしないが、この男たちはみんな真名の家に忠誠を誓っている者たち……つまり組の人間だからこそこうやって蹴ることも出来る。

 ちなみに渚をガキよりも、そう比べるような言い方をされたことに真名はキレたわけで、彼女も璃音の幼馴染であり恋人である渚のことを大事にしているのがここでも窺えた。


『あなたは一人で来たの?』

『友達と』

『へぇ、その子たちはファンなのかな?』

『熱狂的なファンが一人居ます』


 ハキハキと喋るにしては渚が笑っていない……しかし、それはあくまで緊張によるものだと璃音は気付いている。

 梓との距離が近いことは少し気に入らないが、梓が楽しそうにしているのを見れるのも嬉しいことに変わりはない……さて、そんな風に眺めていたところで渚と視線が絡み合った。

 渚の場合はマイクを口元に当てていたことで、あっと声を出したのが会場中に漏れる。


『どうしたの……あ、なるほど』


 璃音が居ることは当然、招待した身なので梓は知っている。

 いくらステージ上からとはいえ人の数は多く、この中から今の瞬間に璃音だけを見つけることはほぼほぼ不可能だろう。

 だというのに璃音は渚に見つかった……それは正に運命のような、見つかるべくして見つかった必然のようなものを璃音は感じる。


『おやおや~、もしかして彼女さんだったりするのかな?』

『は、はい……俺は友達と偶然来てて、彼女は友人とここに』

『ふむふむ』


 別に私を話題に出さなくても良いのでは、なんて璃音は思ったがもう遅い。

 ニヤニヤと笑っている真名が守ってくれているが、多くの視線が璃音に向けられ……中には璃音の美貌に唖然とする者、何を思ったのか顔を赤くする者と様々だ。


『せっかくこうしてクジが当たったのもあるんだし、君と彼女さんに挟まれて写真を撮りたいなぁ♪ こういうサプライズも時にはありでしょ!』

『えっと梓ちゃん? それは――』

『良いよねぇ? それに、彼氏さんも彼女さんが傍に居た方が安心するだろうし! そしてその逆も然りね!』


 この際だから行ってくれば、そんな風に真名に背中を璃音は押された。

 璃音はふぅっと息を吐き、係員に続くようにステージへと向かう……この場には近所の人も居るだろうけれど、それ以上に梓のファンが多い。

 ということは県外とかそういう遠くの人たちだ。


「……え、あんなパッとしない彼氏の彼女が……え?」

「嘘だろ?」


 そんな失礼な声が聞こえた瞬間、璃音はステージに上がった瞬間することを決めた。

 渚と梓が待つステージに立った璃音。

 彼女は梓と変わらないくらいの注目を集めながらも、堂々とした様子で渚の元へ。


「って璃音!?」


 渚の腕をギュッと抱きしめるようにしながら、璃音は身を寄せた。

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