西条、おこ
西条さんが出演するイベント……凄い騒がしさだ。
まだ西条さんは姿を見せていないし、イベント自体が始まったわけでもないのに凄い盛り上がりである。
「すげえ盛り上がり」
「だなぁ……お、後であれをバックに写真撮ろうぜ!」
武が指を向けて言ったのは西条さんの等身大パネルだ。
今も多くの人が写真を撮ったりしているのだが、確かにこういう場だからこそそれもまた悪くはないか。
黒の派手なビキニを身に着ける西条さんのパネル……ふむ、今にも零れそうな素晴らしいお胸様だ。
「……っ!?」
その時、首筋がチクッとした。
痛くはなかったが軽く針で刺されたような……そんな不思議な感覚で、指を当てて確かめたけど何もない……なんだ?」
「どうした?」
「まるで殺気を感じた戦士みたいな反応してたぞお前」
「殺気……」
なるほど殺気か……もしかして俺、戦いに目覚めてしまったか?
なんて馬鹿な冗談は置いておくとして、今の条件反射みたいな行動が何者かの殺気を感知したことによるもの……そんなバナナって話だが、妙にしっくり来たのが何とも言えん。
であれば誰の殺気だ……?
「誰の殺気だと思う?」
「……ふむ」
「……ちと待てよ」
殺気とか現実離れしすぎているのに、俺の問いかけに二人とも真剣に悩む素振りを見せている……いや、マジで悩んでる。
「冷静に状況を分析するとだぞ? 今、渚は西条さんのパネルを見ていたわけだが……あのパネルには西条さんのすんばらしいおっぱいがある」
「そうそう。それを見ていた時に殺気らしきものを感じたということは、それを気に入らない誰かって考えるのが普通だろう……ってなると一人しかいなくね?」
「……お姫様だよな」
「そう……確かこの場に居るんだったよな?」
え、じゃあ今のは璃音によるものだって言いたいのか……?
それこそそんなバナナって笑いたいのに、以前に西条さんのことで璃音に色々言われたこともあるし……何より、璃音のことだからそれが出来ても違和感ないんだよな……そっか璃音かこれは。
「ま~じで璃音かもしれん」
「気を付けろよ」
「付き合いたてだろ? 心配してねえけどさ」
「おう」
いや、これで納得するお前らもお前らだけどな……。
さてさて、それからしばらく適当に時間を潰しながらダメ元で璃音たちを探してみたけど、もちろん見つけることは出来なかった。
「番号札もらったけど……当たると思うか?」
「馬鹿野郎、何人居ると思ってんだ」
前でカメラを構える二人組の男がそう言う。
番号札というのはここに来る前に、受付のような場所でもらったクジのようなもので、どうやらイベント中にビンゴ大会みたいな余興で使うものらしい。
たぶん番号に書かれた数字で呼ばれた人が何かしらもらえるんだろうけど、俺の番号はA58…一体何人居るのか知らないけど、流石に当たるような奇跡は起こらんだろうな。
「……ま、当たったところで何が嬉しいんだろうって感じだけど」
西条さんは俺にとってクラスメイト……少しばかり距離の近い相手という認識だが、この場に居る他の人にとってはそうじゃない。
だからなのか、今の俺の言葉を聞いた前の二人が思いっきり睨んできたので、俺はすみませんと頭を下げておく。
「ほら、俺らにとっちゃ同じ学校の人間だけどよ……遠方から来てるファンとか居るからさ」
「そうだぜ。気を付けろよ渚」
「……だな。身に染みて分かったわ」
これ……相手によっては殴られたりしそうで嫌だわ。
まあでも、確かに今の発言はファンの人にとって気持ちの良いものじゃないだろうし、何より頑張っている西条さんに失礼だろう。
「……………」
俺は手に持つ番号札をジッと見つめる。
これはもちろん晃弘と武ももらっているものだが……実を言うと俺がこれをもらった時はちょっと特別だった。
他の人はちゃんとスタッフと思われる人からもらっていたけど、俺だけは少し変というか……西条さんがガッツリ関わっている。
『お~い、六道く~ん』
それは不意に俺を呼ぶ声で、中に入る直前にスッと手渡されたのだ。
もちろんこの場所で俺の名字を呼び、暗がりとはいえ関係者スペースから声を掛けてくるのは一人しか居ない……西条さんである。
「……………」
この番号札……正確にはここに書かれている数字に何もないと考えるのは愚の骨頂……西条さんに直接渡された時点で何かあるに決まってるじゃないか。
そうこうしているとステージ上で動きがあり、俺を含めた人々はみんな静かになった。
『皆様、大変長らくお待たせしました』
お、どうやらイベントの開始になるらしい。
女性のアナウンスがされた後、一瞬の沈黙を嘘のように歓声が上がる。
「こんにちは~! 今日はみんな、来てくれてありがと~!!」
マイクを手に西条さんが現れた。
先程、彼女がパネルで水着姿を見たが……ステージに立つ彼女は胸の谷間をこれでもかと見せ付ける涼し気な姿で、そんな彼女に一部の男子が顔を赤くしているのを俺は見た。
「……流石だな」
「……えっろ」
おい、エロいとか言うな。
確かにあの露出の多さは季節感に合わせた服装だけど、あくまでアレはそういうファッションなわけで……まあ、豊満な胸元やムチッとした太ももに目が惹かれるのは分からんでもないけどさ。
(にしても……よくよく考えたら俺がここに来ることは西条さんに伝えてはいない……璃音も同様だ。それなのになんであんな……来ることが分かっていたように待ってたんだ?)
そんな疑問を抱きながらもイベントは進む。
そしてようやくと言うべきか、番号札が使われるその時が訪れた。
「今から私が引いた番号の札を持っている人、その人にこっちに上がってもらってツーショットを撮りま~す♪ おそらく今日私にもっとも近付ける瞬間だねぇ」
「うおおおおおおおおっ!!」
「俺だ俺だ俺だ俺だああああああああ!!」
物凄い盛り上がりに、俺はついつい声の圧で体勢を崩しそうになる。
悪く言うと心底うるさいんだが……この中に居て璃音は大丈夫か? まあ傍に阿澄さんっていう最強の護衛が居るから心配はないだろうけど。
「……………」
しかし……ついに来たかと、俺は番号札を見る。
そして、ステージ上の西条さんがくじを引き……その番号が読み上げられるのだった。
「A58ですね。はい、A58の人どうぞ来てくださ~い!」
……こんなん仕込みやんけ!!
内心でそう声を上げつつも、それをバラしたら冗談と思われても色々と面倒なことになるのは分かっていた。
「お、おいおい!」
「お前かよ!」
晃弘と武の声に、周りに居た人が一斉に俺の方へ視線を向けた。
それだけで今、この場で選ばれた俺という存在が目立ってしまい逃げられない構図が生まれてしまう。
だがしかし、そんな俺の番号札はスッと手元から消えた。
「寄越せよ!」
それは前に居た二人組の片割れだった。
俺を突き飛ばすような勢いで札を奪い取り、したり顔でその男は歩いていく……おそらくステージに上がってしまえば有耶無耶に出来るとでも思ったのかもしれない。
周りからの視線が集まったとは言ったが、あくまでそれは俺を周りを囲んでいた十数人なのでステージ上までこのやり取りが届くことも、気付かれることもない。
「おいてめえ!」
「何して――」
流石に晃弘と武が声を上げたが、それ以上にこの場に居る全ての人間の動きを止める声がマイクを通して響き渡った。
「ズルはやめよっか――ねえそこの人、今すぐそれを本来の持ち主に返すなら許してあげる」
その声はあまりにも冷たく、同時に圧を感じさせるもの。
「勝手なことをしないでほしいな……早く、返して、さあ、早く」
男は肩を震わせてビビりながら俺に札を返した。
……でもこれ、普通に前に出る以上に目立っちまうのでは……?
「はい、それじゃあそこの人上がってきてね♪」
……行くしかないらしい。
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