恋人としての夜はのんびりと

 家に帰って、何もないのに見つめ合う。


「……ははっ」

「……ふふっ」


 先に風呂へ行かせてもらい、しっかりと温まって戻ってきて目が合う。


「……あはは」

「……うふふ」


 後になって風呂に向かった璃音が戻り、再び見つめ合う。


「……参ったな」

「……そうですね」


 夕飯を食べる中、特に会話をすることなく見つめ合う。


「……照れちまうな」

「……はい、とっても」


 今日に限って何故か、寝る前の歯を磨くタイミングが被り鏡を通して見つめ合う。


「……っ」

「……っ」


 ガシッと少しだけ喉の奥を歯ブラシで突いてしまい、割とシャレにならない痛みに襲われゲホゲホと咳をしてしまう。

 璃音が心配そうに背中を擦ってくれたが、こうなった理由が間抜けなので黙っておく……にしても今のは冗談抜きで危なかった。


「ふぅ……」


 歯磨きを終え、璃音と揃って部屋に入り……ベッドに腰を下ろして無言の時間が流れる。

 気まずい? そんなことは全くなく、璃音と同じ空間に居るからこそこの静けさも悪くない……まあ、彼女がガシッと腕を抱いているのもあるし何より、息遣いも聞こえるから安心するんだ。


「……思いっきり意識しちゃってるな」

「それは仕方ないですよ。今までずっとただの幼馴染だったのが、こうして恋人同士になりましたからね」

「……璃音は――」

「私はとても幸せだと思っていますよ。何も後悔なんてないし、そもそも望んでいたことことですから」


 ……そっか。

 別に俺は後悔していないか、なんて聞こうとしたわけじゃない……そう考えると俺は何を問いかけようとしたんだろうか。

 もしかして反射的に俺なんかで良かったのか、なんて聞こうとでもしたのかな?


「俺も……俺も幸せでたまらないよ」

「ふふっ、ですよね。ねえナギ君、もし良かったらこれから毎日一回はキスをしませんか?」

「……え?」

「……ダメですか?」


 いや、ダメじゃないけど……。

 一日一回キスをしないか……その問いかけが璃音からされたこともそうだけど、今日の彼女は本当に一言一句何を言うにしても可愛い姿を見せてくれる。

 恋人になったからこそのフィルターと言われたらそれまでだが、璃音の可愛さがあまりにも天井知らずで怖い。


「その……一目に付かない所でな?」

「それはもちろんです……ふふっ、もし断ったらナギ君の大好きな罵倒をするところでしたよ」

「好きじゃねえよ!」


 これは大事なことなのでしっかりツッコミは入れておく。

 でもそうか……改めて考えてみても、俺たちは今日恋人同士になったんだよなぁ。

 ちなみにまだこれは俺たちの間だけの話で、友人たちはおろか家族にすら伝えていない……家族に関しては連休が終わったら帰ってくるし、その時にでも伝えるつもりだ。


「明日に備えて今日は寝るか?」

「そうですね。お互いに用事があるわけですから」


 ということで、まだまだ語り明かしたい夜であることは確かだけど今日はもう寝ることにした。

 ここで璃音が寝ることをもはや当然のように考えているが、流石に今日別々の部屋で寝るというのは嫌だった……まさかこれも璃音が想定していたのだとしたら完全に術中にハマってる。


「電気消すぞ」

「はい」


 電気を消して部屋が暗くなり、璃音が先に横になっているベッドへ。

 俺自身、彼女と特別な関係になったからこそこういったところで変に緊張すると思っていたのだが、意外とそんなことはなくて……むしろ今までと何が違うんだろうかと言えるくらいには普通だった。

 それは璃音も同じらしく、何も変わりませんねと笑っている。


「……ナギ君」

「うん?」

「こうして付き合った以上は、もうあまり酷い言葉は言えそうにないですよ? もちろん酷い言葉というのは罵詈雑言ではなく、私にとって愛のある言葉という意味ですが」

「それは困るな。たるんだところにビシッと言ってもらわんと」


 本当に璃音の言葉にはそれだけの力がある。

 まあ酷い言葉というか、どっちかと言えば喝を入れてくれる言葉って言った方が良いかなこの場合だと。


「……やれやれですよ。今の私は……いえ、これからの私は多分あなたに対して甘々になると思います。だというのにそう言うだなんて」

「なあ璃音、恥ずかしいことを言ってるの気付いてる?」

「分かっていますよ」


 クスクスと笑う璃音はそのまま俺の抱き着く。

 元々ベッドの中だと狭くてお互いに身を寄せ合っているようなものだけど、ちゃんとじっくり抱き着いている。


「甘やかしてばかりというのはしませんよ。私だって怒る時にはちゃんと怒りますから」

「璃音に怒られることをするか分からんけど、もしも間違ったら叱ってくれると助かる。俺自身絶対にないって断言出来るけど、璃音に嫌いになられるのは勘弁だからな」

「嫌いになんてなりませんよ。むしろ、あなたを嫌いになるだなんて私自身が許せない。そうなったら私じゃありません――自分の手で自分を殺してやりますよ」


 めっちゃ怖いです璃音さん。

 璃音も半分冗談だったらしく笑っているが……本当にこの子は笑うと可愛くて仕方ない。

 これからこの子と恋人として過ごす……あぁ、なんて幸せなんだろう。

 おそらく幸せな日々はこんなものじゃないはず……もっともっと続いていくからこそ、更に幸せだと感じ喜ぶ日が続くはずだ。


「璃音、改めてこれからよろしく」

「えぇ。末永くよろしくお願いしますね?」

「……可愛すぎんか」

「ふふっ、彼氏の前で可愛くありたいのは普通では?」


 本当に、俺たちは恋人になったんだな。

 明日は早速お互いに別々の時間を過ごすことになるけれど、そのことに早くも寂しいなと思うあたりそれもまた悪くない気分だった。

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