君が好きだ

「夕陽がとても綺麗ですね」

「そうだなぁ……幻想的ってこういうことなんだろうな」


 璃音との幼馴染デートも今日は終わりが近い。

 本日の成果とも言うべきか、俺たちの戦績である買い物袋は一旦ベンチに置き、見晴らしの良い高台から街並みを見下ろしている。

 こうしてジッと夕焼け空を眺めるなんてことはなかったが、存外こういうのも悪くはないなと思う。


(……今日一日、西条さんのことはともかくずっと笑ってくれてたな)


 隣で夕焼け空を見つめる璃音は……笑顔だ。

 僅かに強い風が吹き、彼女はベレー帽が飛ばないように手で抑え……それでも夕焼け空を見つめる姿勢は変わらない。

 彼女は……何を思っているんだろうか。

 綺麗な瞳で空の向こうを見つめる彼女は何を……まあでも、どんな表情であれ璃音が前を見ているのは良いことだ。


「……ははっ」

「あら、なんで笑うんです?」

「何でもないよ」


 俺はそう言って彼女の隣に並んだ。

 なんつうか……女の子とこうして居るのはロマンチックだし、恋人とかそういう関係性でなくとも、女の子と二人で夕焼け空を眺めるって割と憧れるシチュエーションな気がしないでもない。


「なあ璃音」

「なんですか?」

「たぶんだけど、少し前の俺はこんな風に女の子と一緒に居ることを憧れはしても……何だろうなぁ。そんなことよりゲームとかアニメとか、漫画とか? そういうのが出来ればいいやなんて思ってたんだ」

「う~ん、むしろそっちの方が普通な気もしますよ? 

「そうなんだと思うよ。けど実際、こんな風にそれとは違うこと経験するとこれもまた悪くない時間って思える。まあそもそも、璃音と一緒に過ごしているからってのもあるんだろうけど」


 そう……本当にそうだ。

 俺には前世の記憶があるということで、別に性格や考え方そのものが変容しているわけではなく、俺は俺……つまり趣味や何を好むかなんかもそこまで変わっちゃいない。

 この世界でも俺は漫画を読んだり、アニメを見たりと前世の俺と同じ行動は間違いなくしているのだから。


「自分の中にある価値観は変わらなくても、その好んでいる行動を取る前に璃音のことが割り込んでくる……それがどこか楽しいなって思うんだよなずっと」

「ほほう……つまり私のことがそれだけ大切だと?」

「おう」


 ……いや、意外と変わっている部分はあるわ。

 だっていくら相手が幼馴染というか、掛け替えのない女の子だとしても俺はこんなことを言うような人間じゃない。

 そもそも普通に恋人同士であってもこんなことを真剣に語るような人の方が稀なはず……恥ずかしくてもこんな風に言えるのはそれだけ璃音が俺にとって大きな存在だということか。


「ねえナギ君?」

「うん?」

「私だってナギ君のことは大切に想っていますよ。何度伝えたか分かりませんが、私にとってナギ君という男の子は本当に特別なんですよ。ずっと私を守ってくれた人、傍に居てくれた人……私にとっての支えだった人なんですから」

「恥ずかしげもなくよく言うよ」

「あら、ナギ君に言われたくはないですねぇ」


 それもそうかと、お互いにクスクスと笑った。

 そうして何も言わず遠くの地平線を眺めていると不思議なことが……夕焼け空、それは赤い……けれども辺り一帯が灰色になったように思えたのである。

 まるで古いシネマを見ているような気分だが、まるで窓ガラスに俺しか映っていないあの光景を見た時の同じような気分だ。


「璃音……?」


 璃音は……居ない。

 今ここに居るのは俺一人……これはデジャブ? 俺はこうしてたった一人で寂しく、ここに来たことがあるのか? 色が失われたこの世界で、泣きもせず悲しみもせず、喜びもせず……ただただ無心で空を眺めたことがあったのか?


「璃音……どこだ?」


 俺の問いかけに返ってくる声はない……こんな言葉も何度か、この場で口にした気がする感覚だ。

 ……分からないけれど、それでも不安はあまりなかった。

 こんなよく分からない状況においても、璃音が見えなくても……確かに彼女の存在が傍に感じられたから。


『璃音……帰ってきてくれよ。知らなかったんだ……身近に居た幼馴染が病気で居なくなっちまう……それがこんなに辛いなんて、悲しいなんて知らなかったんだよ……っ』


 悲痛に塗れた声が脳裏に響き渡り、その時の光景が更に強く想像出来てしまう……けれど、俺は真っ直ぐと前を見据えた。

 灰色の世界の中で僅かに色が漏れるその場所を見つめ続け、俺はそっと囁く。


「もしかしたらそんな世界があったのかもしれないな……でも、俺の傍には璃音が居る――体は弱いままで放っておけないけど、病気を克服して笑顔で居てくれる彼女がさ」


 俺はずっと、幼馴染という存在に憧れていた。

 可愛い幼馴染と過ごす世界とはどんなに幸せなのか、それを今確かに噛み締めている……もちろん璃音を失いそうになり、苦しむ彼女を見て辛い時期も沢山あった……けど俺はそれを乗り越え今を歩いている。


「……帰るか、俺」


 漏れ出す光へと手を伸ばし、何かを掴んだ――その瞬間、灰色だった世界が色付き始め、俺は元居た場所へと帰還する。

 俺が掴んだのは璃音の手で、彼女は目を丸くして俺を見つめている。


(あぁ……そうだったな……俺はこんなにも彼女を大切に考えている)


 彼女の傍で見守り続ける……そう俺は誓った……誓った。

 このことを忘れていたような、なかったような……でも確かなことは璃音のことを大切だと思っていること。


「ナギ君……?」

「俺は……璃音に笑っていてほしい。君が笑ってくれていたら何も要らないって思うほどに……君の笑顔と、君が元気で居てくれること――それが俺の幸せなんだ」

「……えっと?」

「君の傍に居るだけで満足する……していたさ。でもその憧れをもっと身近なものにしたい……俺は君とずっと一緒に居たい」


 言葉が溢れて止まらない……あぁそうか。

 もうずっと前から俺の気持ちは固まっていた……そしてそれを確かな牙城にするために、璃音に外堀を埋められていたんだ。

 彼女は俺の家族や友人たちにも見せ付けながらも、俺の心に自身の存在を容赦なく刻み付けた……いいや分かっている。

 璃音とのこれまでを考えたら彼女に夢中にならないわけもなく、大切に考え……これからをずっと一緒に過ごしたいと願うのもまた当然のこと。


「璃音、俺は君のことがどうしようもないくらいに好きみたいだ――何をするにも完璧で凄い君、けれどもどこか危うくて不安が消えない君を俺は大好きなんだ」


 もう何が何だか分からないあんな光景は要らない。

 俺の傍はもう……彼女が居るここは輝きに満ち、そして俺を幸せな気持ちへと変えてくれる。

 もう一度好きだと、そう伝えようとした時――彼女はもう、俺の胸へと飛び込んでいた。

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