不思議な感覚のやり取り
「……………」
「……………」
俺と西条さんの間には痛いほどの沈黙が広がっている。
それと言うのも俺が彼女に本気……とまでは行かずとも、説教臭いことをしたのが原因だ。
元々、俺は璃音とお出掛けを楽しんでいたところで微妙に分かりやすい変装をした西条さんを目撃したのである。
『あれは……もしかして?』
そんな出で立ちだからこそ、反応するファンらしき人は居た。
けれど彼らは節度を保てる側だったらしく、たとえ彼女が西条さんだと分かっても声を掛けたり、ましてや近付くことはなかった……だが、それ以外の所謂女好きと思わしき人は別だった。
『その人、ちょっと待ってくれよ』
ナンパなんて古来から存在する手段だが、こう言ってはなんだがその相手の見た目があまりにも悪すぎた。
不細工だとかそういうわけではなく、単純に純度百パーセントだと言えるほどの不良というか、とにかく悪い意味でヤバイ奴だと分かった。
『あれ……大丈夫でしょうか』
もちろん、俺が気付いたということは璃音も気付いている。
璃音は状況が整った時など、相手の心をポッキリと折るやり方をするのだが相手が力に訴えた場合とかだと流石に分が悪い。
自分も西条さんもそれは同じだと考えているからこそ、声を掛けられた西条さんを心配していた。
『すみません。迷惑なので声は掛けないでもらえると嬉しいです』
『そんなこと言わずにさぁ、ほらほら一緒に楽しいことしようぜ』
どんなにイケメンでも、無理やりに女の子を連れて行こうとすれば悪目立ちする……だから多くの人が止めようとはしていた。
そもそも西条さんだと分かっていれば彼女が有名であること、そしてそれを抜きにしても変装では誤魔化せない魅力……男であれば、仮に同性であっても彼女を助けたいと思わせる魅力があるからこそ、何が起きたところで西条さんはおそらく無事だったはずだ。
(……そうだってのに、俺はまるで何かに突き動かされるように西条さんを助けた……あれは一体――)
自分の中にあったよく分からない感覚はともかく、今そんなことはどうでも良いんだと現状に意識を戻す。
結局……何故俺が少し怒ったのか、それはもしかしたら危ない目に遭う可能性があったのに西条さんが笑ったから――彼女が王子様を求める女の子であり、この危なさもそれを探すスパイスにしているのは知ってる。
でも……でもやっぱり、以前と違って西条さんとはそれなりに仲良くなったから……彼女に何かあったら、俺だけでなく他に親しくなった人も悲しむに決まっているから。
「西条さんのことは理解してる……でも、万が一が起きた時にそうやって笑っていられないだろ? 俺も璃音も、君に何かあったら悲しくなるに決まってるんだから」
「……………」
相変わらず西条さんは何も口にしない。
下を向いたままだけど、果たして彼女は何を思っているだろう……そんなこと分かってるからうるさいとか、何を分かったつもりで言ってるんだと思われているだろうか……まあ、おそらくそれはないだろう。
「……参ったな。私、こんな風に誰かに言われたこと……あぁそもそも、私のことを六道君たち以外に話してないからこういうの初めてだよ」
「……………」
「初めて……初めての感覚かも。自分の感覚を否定とは言わないまでも真剣に叱られて、私に何かあったら悲しくなるって断言されたのも」
「……西条さん?」
なんだ……?
俺をジッと見つめる西条さん……この表情は何だろうか、そう思わせるくらいに彼女は真剣にこちらを見つめている。
あまりにも真っ直ぐな視線に思わず視線を逸らしてしまう。
「……まだ分かんないけど、もしかしてそういうこと?」
「西条……さん?」
「あ、ごめんね六道君。今日のことは私にとって大きなことかも……そうだよね。私だけならまだしも、誰かが巻き込まれるかもしれない……それに悲しんでくれる人が居る――ちょっと自分のことを考えてみるね」
「お、おう……」
考えてみる……そう言った西条さんはまた俺をジッと見つめ始めた。
観察されているかのように思えば、眩しい物を見るように目を細め……そこで俺たち以外の声が響いた。
「あの男性はあちらへ行きましたよ」
「っ!?」
「あ……璃音ちゃん」
私、退屈ですと言わんばかりに口を尖らせる璃音だった。
確かに随分と璃音を一人にさせてしまっていたし、何より今日は彼女と出掛けている……それならこんな風になっても仕方ない。
「あははっ、もしかして嫉妬させちゃったりしたかなぁ? でも……璃音ちゃんも心配かけてごめんね? 私、六道君に怒られちゃった」
「……? まあどんな風に怒られたのか想像出来ますよ。あなたのことを私は面白いと思っていますが、実際に被害が出そうになったらどうなのかなとは思います」
「そうだよねぇ……はい、ちょっと反省しました」
これは……この潔さは俺の注意が効いたってことで良いのかな?
結局、その後すぐに西条さんとは別れたけど……その時にはもう彼女はいつも通りの様子だった。
明日は璃音や阿澄さんを自身のイベントに招くのだし、変に壁が出来るくらいに機嫌を悪くさせたら申し訳なかったので良かったよ。
「彼女……何か変わりましたね」
「……少し言い過ぎたかもしれないけど」
「話を聞く限り、至極当然のことを言ったまでかと。さっきも言いましたが私は彼女のことを面白い人だと思っていましたけど、お友達になった以上は何もないに越したことはないですかね」
「そうか……なら良かったって思うよ」
「はい。では、私たちもデートを再開しましょう?」
「おう! ってそうかデートだったんだ」
デート……本当に良い響きだなと思いつつ、璃音との時間を再開させるのだった。
(……あんな風に西条さんに対し注意をしたけど、なんでこんなにも懐かしい気分になるんだろうか)
懐かしい……もしかして似たようなことを過去に言った?
実は大人気グラドルと過去に会っていたという事実が俺に隠されているなんて……あるわけなくて苦笑したのは言うまでもない。
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