贅沢な目覚めとはこういうこと
「おや、またお会いしましたね」
「……えっと」
懐かしいような、そうでもないような……よく分からない感覚の中で俺は美しい女性と出会った。
また、そう言っていたからこれは初対面ではない。
というより段々と思い出してきたぞ……そうだこの人はよく夢で出会っていた人じゃないか?
(……夢でよく出会っていたというのも変な話だが)
ただ……やっぱり引っ掛かる物がある。
俺は本当にこの女性と夢の中でだけ会ったのか……? 現実でこんな神秘的な人と出会ったら大騒ぎだろうけど、やはりどこか気になる部分があってソワソワしてしまう。
「少し思い出せた……やっぱり不思議な気分かな」
「私としても不思議な気分です。やはり色んな意味で、あなたと親和性は高いのでしょう」
「……一々意味深なことを言ってないです?」
「そういうものですからね。ですが、本当に驚きの方が勝っています。何度も何度もこれが最後だと、そう言っているのに会うのですから」
「……………」
本当に……本当にこの人は何なのだろうか。
怪しいと言ってしまえばそれまでだが、俺の心はこの人を怪しいんだと思わないようにしている気がする……怪しいと思えない……むしろ、この人は良い人なんだと心が認めてしまっている。
「こうしてまた会ったのであれば、再びお話をしましょう」
「お話?」
「はい――あなたが生きている世界、それはいくつもの想いが交錯している世界と言えるでしょう。本当に奇跡の果てなんです」
また始まったな……でも、この話はしっかりと胸に刻もう。
たとえ目を覚まして忘れてしまうとしても、この人の声と雰囲気はどこかあの子に似ているから。
「一人の男の子は大切な女の子を失いました。一人の女の子は大切な男の子を残して旅立ちました。それは避けられない別れ……しかし、男の子の心に残した傷はあまりにも大きく、多くの励ましを経ても決して癒えることはありません」
「……………」
一定のリズムを刻むように、聞き取りやすい声音で女性は続ける。
聞き取りやすいからこそ心に響くのか、重たい何かが心に圧し掛かるかと思いきや……今はもう、大丈夫なんだと安心感さえ抱くという矛盾。
「六道渚――あなたは愚かだと笑いますか? たった一つの別れに心が壊れ、生涯に渡ってその悲しみを引き摺ることを。前を向いたとしても、どこまでも過去を付き纏わせる弱さを」
「それは……」
俺はそれを否定することが出来なかった。
人間は誰でも親しい人との別れは悲しいもので、年月が癒すとしてもふと思い出して涙することもあるだろう……俺からすれば、もしもあの時に璃音が居なくなっていたらと思うと……一体何をどうすればその悲しみを乗り越えることが出来るんだろうか。
俺はしばらく考えた後、口を開いた。
「人によっては笑う人も居るかもな……俺からしても、決して相手の目の前とかで言ったりするようなことはないけど……見ず知らずの人ならいつまでも悲しんでんなよって思うかもしれないし」
「はい」
「でも俺は……その、それを経験しそうになってしまったからこそ理解出来るんだ。俺がその立場なら果たして、どうすれば立ち直ることが出来るんだろうって。漫画とかアニメ、ドラマとかならその人が笑っちゃうから前を見ないといけない、俺は俺の人生を全うするんだって立ち上がるんだろうけど……ここは現実だからな」
「そうですね。生きてる以上は前を見なければならない……しかし、抱える悲しみを否定することは誰にも出来ません」
女性は立ち上がり、俺の目の前に立つ。
「人によって答えは様々でしょうが、だからこそ人はそうならないために最善を尽くし今を大切にするのです。どうかあなたも、その尊い想いを忘れないように」
「忘れることはないでしょうけどね……あ、このやり取りは例によって例の如く忘れるんでしょうけど」
「それはそうですね……あ、先ほどの話の続きを少しだけ」
そう言って女性はパチンと指を鳴らした。
するとごごごっと不思議な音が聞こえたかと思えば、これまた聞き覚えのある二つの声が木霊した。
『私はあなたが弱いだなんて言わないよ? だってそんなあなただからこそ支えたいって思ったんだもん』
『そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいもんだ本当に。心の傷が完全には癒えないにしても、君には随分と助けられたから』
『あははっ♪ 困っていた私をあなたは助けてくれたじゃん? なら私だってそうしたいと思うのは当然だもん――ね? 私の王子様?』
『その王子様っての止めない? そんな柄じゃないよ』
『まあまあ、プライベートなら許してよ。外でも匂わせとかしたいんだけど流石にねぇ』
『止めてくれない!?』
『ふふっ♪ でも……こういうことを聞いちゃうと私は思うよ。あなたがそんな風に大切にしていた人……会ってみたかったなって』
このやり取りは一体……。
「奇跡が起こらなければどうなっていたか……そんな単純な話ですよ。どんな風に運命が転んだとしても、お話の彼は前を向いて歩けているということです」
「そう……ですか」
「はい。さて、またお別れですね――ではこれで最後……とは言わないでおきましょう。また縁があればお会いしましょうね」
「ちょ、ちょっと――」
そうして、俺と彼女の出会いは再び幕を閉じた。
▼▽
「……あ」
目を開けた時、俺の視界に映り込んだのは自室の天井だ。
何故か目頭が熱いと思い手を当てると、そこには滴が……どうやら何か夢を見て涙を流していたらしい。
「……ったく、まさかこんな……?」
そう思った時、俺に寄り添いながら眠っている彼女に気付く。
そういえば昨日は一緒に寝たんだったなと思い出したけど、俺に対して無防備な寝顔を披露する彼女はいつにも増して……いや、いつでも可愛いし綺麗なんだけどさ。
「昨日はありがとな璃音……君のことを守らなきゃって、そう思ってるのに頼りにしてばかりだ」
まあ、それを璃音も望んでいると言っているので悪くはない。
けれどもどんな時だって男ってのは恰好を付けたいもんなんだ。
「……それにしても」
あまりに贅沢な目覚めだなと思いつつ……俺は出来心で少しだけ璃音の顔をもっと近くで覗き込む。
こんな何でもない時間がどうしようもないほどに、俺を幸せにしてくれるのだった。
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