お泊まり一日目は早速ハプニング

「……ふふっ」

「だから笑うんじゃないよ!」

「すみません。あまりにもさっきのあなたが可愛らしかったもので」


 男が可愛いなんて言われて嬉しいもんか。

 拗ねたように一歩前に出ると、璃音はごめんなさいと言ってすぐ隣へと並ぶ。


(……ったく、そりゃこうなることくらい分かってたさ)


 部屋で変なモノを見てしまい、璃音に慰められたのがさっき……今はもうこうして買い物のために外に出ているのだが、璃音は事あるごとに微笑んでさっきのことをぶり返してきやがる。

 ……でもまあ、まさかあんな風に璃音に甘えるとは不覚だった。


「よく止めろって言わなかったな?」

「言う必要がありますか? 大事な幼馴染があんな風になってしまったのなら、それを黙って受け入れるのもまた幼馴染として当然です」

「……………」


 変わらない家の中、一人で泣いていた俺……その傍に璃音は居ない。

 あれを俺はもしかしたらあったかもしれない未来……というよりどこかで経験したような気さえしてしまったんだ。

 あり得ない……あり得ないはずなのに、不安が体を押し潰してきそうになったことで俺は……璃音に甘えたんだ。


「こういう時に君の毒舌が欲しいよ」

「あら、それなら言わないでおきますね。今はただ、優しい言葉だけであなたを包んでしまいましょう」

「うぐっ……」


 もうね……さっきから璃音が優しすぎる!

 幼馴染が優しいことに越したことはないし、むしろ嬉しいことなのは確かなのだ……でも、でもでも! その優しさがあまりに心地良くて何が何だか分からないんだよ!


「それで、今日は何をご所望でしょうか?」

「……ビーフシチュー」

「良いですね。ではそれにしましょう」


 ということで、今日はビーフシチューに決定だ。

 商店街に向けて歩いて行く途中で恥ずかしさも消え失せ、気付けば璃音と手を繋いで歩いている。

 恐ろしいことだ――こうして璃音と手を繋いだのがいつだったか分からなかったのだから。


「……いつ手を繋いだんだっけ?」

「ずっとでしたよ?」

「マジかよ」


 なるほど、これは重症だな。


 ▼▽


 商店街での買い物は特に問題なく終えた。

 初めて訪れる場所ではないし、幼い頃から何度も行っている場所なので俺も璃音も商店街のおばちゃんおじちゃんからすれば馴染み深い顔だ。

 だからなのか一緒に歩いているだけで声を掛けられ、八百屋のおばちゃんにはタダで良いからと色んな物を渡されたりと……申し訳ないとは思いつつもその優しさに甘えた。


「凄く沢山になりましたね……」

「だな……」


 テーブルの上には買い物による戦利品が並んでいる。

 今日のメインがビーフシチューであることに変わりはないが、これはこれで明日からの料理に困ることは微塵もなさそうである。

 外も大分暗くなったところで、家のインターホンが鳴った。


「誰でしょうか……出てきますね」


 おそらく配達だろうと思ったけど、俺はすぐに璃音の手を取った。


「俺が出る」


 まあ、そんな物騒なことがあり得てたまるかって感じだけどこれもまたリスク管理ってことだ。


「じゃあ、お願いしますね」

「おうよ」


 璃音に見送られて玄関に向かう。

 もちろんただの配達物だったので、何も心配は要らなかった。


「にしても……」


 リビングに戻り、エプロンを着て料理の準備をしている璃音を見ていると本当に不思議な気持ちになる。

 いつもならここに両親が居るはず……だというのに、これから三日間ほど俺は璃音と二人きりで過ごすことになる。

 これってもはや夫婦では……なんて馬鹿なことを考えながら、ジッと美人幼馴染の背中を見つめるのだった。


「なんだか安心しますね。こうして料理をする中、背中にナギ君の視線を感じるのは」

「そんなもんか?」

「はい。何が起きても助けてくれるという安心感だけでなく、そんなあなたのために美味しい料理を作りたいと気合が入りますよ」

「……なあ璃音」

「なんですか?」


 お玉を手に璃音は振り向く。

 その仕草すら何かのフィルターが掛かったかのように、璃音の可愛らしさが前面に押し出されているかのよう……はぁ、今日の俺はダメだ。

 その後、風呂の準備が終わったので一番風呂をもらった。

 リビングに戻り璃音に声を掛け、入れ替わるように彼女にも風呂へ行ってもらったのだが……少しして悲鳴が上がった。


『きゃあああああっ!!』

「璃音!?」


 その声が聞こえた瞬間、俺はすぐさま風呂場へと向かう。

 しゃーっと音を立ててシャワーが出ており、間違いなく彼女が体を洗っている瞬間というのは明白だったが止まれなかった。

 逸る心を無理やりに抑えつけ、シャッと音を立てて風呂場へ。


「璃音!!」

「な、ナギ君!」


 風呂のタイルに尻もちを突く璃音……完全にバスタオルがはだけてしまっており、彼女の真っ白な肌と大事な部分の全てが露わになっている。

 瞬時に顔を背けたとはいえ、一体どうして悲鳴を上げたんだ?


「そ、そこに居るんです……っ」

「……あ」


 璃音が指を向けた先、そこには足の長い生き物が居た。

 そいつは本当に時々にしか見ることがなかったし、俺が先に風呂に入っている間には見られなかった……どうしてこんなのが?


「すみません……少し戸を開けたら入ってきてしまって」

「……あぁそういうこと」


 璃音曰く、何か物音がした気がして戸を少し開けてしまったらしくその拍子にこいつが入ってきてしまったようだ。

 つうか璃音もやっぱりこういうのが弱いんだな……へぇ。


「よしよし、大事な幼馴染の入浴中なんだ。悪いけど出てってくれな」


 見た目は決して好かれるものではない……けれど、わざわざ殺す必要もないとしてどうにか外に放り出す。


「ありがとうございますナギ君……ふぅ、助かりました」

「いや、お安い御用……っ」

「ナギ君?」


 ……璃音さん、あなた一応今……全裸です。

 ったく……まだ璃音が来て一日目なのに色々ありすぎるだろ勘弁してくれ!

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