璃音の優しさ

「……………」

「私を、恋愛対象として見れますか?」


 そう璃音に聞かれ、俺は時が止まったかのような錯覚を感じた。

 いや……別に聞かれたことが理解出来ないわけではなく、かといっていきなりなんだよと誤魔化し笑うことさえ出来なかった。


「璃音を恋愛対象に……?」

「はい」


 これは……どういう意図の元の発言なんだろうか。

 唖然とする俺と違い、璃音は表情も雰囲気も特に変わらない……つうか今言ったことが幻聴だったのかと思わせるくらいには普通だ。


「……えっと」

「……………」


 ま、正直に言ってしまって良いだろう。


「璃音を恋愛対象に見れる……そりゃ見れるよ」


 正直に答えた。

 いや、その……確かに璃音は幼馴染だし妹みたいな感覚というのはずっと残り続けている。

 璃音が傍に居てくれることは凄く嬉しくて、何ならずっと見守っていきたいとさえ考えている……そういう意味では間違いなく、俺は璃音のことを恋愛対象として見れる。


(けど……なんだろうねこれ)


 俺はずっと幼馴染という存在に憧れている……これは俺の中における絶対の在り方だ。

 実際にこうして璃音の幼馴染として過ごし満足してるけど、まだまだ味わい足りないというのはもちろんで、美人幼馴染との恋愛ももちろん憧れている。


(そうだ……そもそも璃音と俺がそういう関係ってのがこう……全く想像出来ないんだよな)


 璃音のことを恋愛対象として見ることが出来る。

 彼女と付き合うというのはきっと悪いことなんかじゃなくて、むしろ嬉しいことばかりが続きそうだ。

 けど……俺と璃音が付き合うという姿がどうにも想像出来ないんだ。


「ふ~ん、なるほどなるほど」

「どういう意図の質問だったんだ?」

「いえ、ちょっと聞いてみたかっただけです。ちなみに、私もあなたのことを恋愛対象として見れますよ」

「っ……そうか」

「はい。一緒に居る時間が長すぎるが故に、遠慮しない間柄としてはこれ以上ないと思いますけど」


 そこまで言って璃音はそういえばと話題を転換した。

 続けられた話は今の内容と全く違うもので、それこそじゃあなんでそんな話をしたのかと言いたくなるほど。


「それで真名はあの時、こう言ったんですよ。私が――」


 いや……いやいやいや!

 いきなり恋愛対象がどうとかって言わせておいて、それにしては話題が変わりすぎてるしそもそも俺ってばドキドキしっぱなしだが!?


「ちょいトイレ行ってくる」

「いってらっしゃい」


 ササっとトイレに向かい、スッキリしたとてすぐには出ない。


「……はぁ」


 ふぅ……まずは心を落ち着けよう。

 思えば璃音からあんな風に真正面から恋愛対象がどうとかって聞かれたことはなかったし、何より俺のことをそういう対象として見れるなんてことも聞いたことはなかった。

 これで璃音が実は揶揄うつもりだったとか、何か企んでいるような様子を見せてくれればよかったのに……それが特になかったからこそ、こうして悩まされているわけだ。


「……………」


 ったく、俺らしくないなと頬を叩く。

 璃音があれ以上続けなかったということは、つまりはそういうことでこうして気にすること自体が無駄なんだ。

 でもそう思いたくても、色々と考えてしまうな……まさか璃音からの一言でここまで心を乱されてしまうなんて。


「……戻るか」


 一度二度と深呼吸をした後、リビングに戻った。

 その後の璃音は一切そういう話をしてこなかったけれど、ふとした仕草に視線を奪われることが増えたように思える。


「どうしました?」

「いや、何でもない」


 はて……何でもないと彼女に伝えたのはこれで何度目だろう。

 しかし、幸いなことにしばらくして気にならなくなり、俺も璃音もさっきのことを話題に出すことはなくなった。


「……………」

「璃音?」


 時刻が三時を回った頃、お互いに喋りすぎてボーッとしていた時に璃音が静かになったのである。

 どうしたのかと思い視線を向けると、彼女はうつらうつらと頭を揺らしていた。


「……………」


 基本的にこういう姿を璃音はやはり他人には見せない。

 傍に俺が居るからこその姿と言えば自意識過剰かもしれないが、その通りだという自信が俺にはあった。


「ちょっくら表情を観察っと」


 なんてことを言いつつ、髪の毛の隙間から璃音の顔を覗く。

 頭を揺らしている璃音は半ば夢の中……こうして黙っているとそれだけで可愛いのにとは言えない。


「……いっつも可愛いもんな璃音は」


 そう! 璃音はいっつも可愛い!

 いつも可愛くてその中から色んな表情を見せてくれることにより、その可愛さに加点されてもっと可愛くなるのが璃音という女の子だ。

 普段の凛とした表情も良いのだが、こうして可愛いなと素直に思える表情もとても良き……ふぅ、つい熱くなってしまったぜ。


「ほら、肩を貸してやるから」


 そっと璃音の肩に手を当て、抱き寄せる。

 璃音は当然のように抵抗というか、一切の力が入っていないのでそのまま俺の方へと寄り掛かり、肩へと頭を乗せた。

 こういうことも璃音相手なら出来るんだけど、前までの俺なら想像も出来ないな。


「……うん?」


 そんな風に眠った璃音に寄り掛かられていた時だ。

 俺たちの座っているソファの向かいは庭に続く窓ガラス……向かいだからこそ俺たち二人が映っている――そのはずなのに、窓ガラスに映っているのは俺だけ……?」


「なんだ……?」


 間違いなく隣には璃音が居る……彼女は俺に寄り掛かっている。

 それなのに窓ガラスに映る俺は一人で、その表情はまるで絶望しているかのよう……涙も流している?


「っ……」


 キーンと響く頭の痛みを感じ、額に手を突く。

 まるで記憶の底から何かが這い出てくるかのように、そんな気色悪い感覚があった。


『なんでもいい……何でもいいから彼女を助けてくれよ……』

『なんで……なんで彼女を助けてくれないんだ!?』

『……なあ、何か言ってくれよ……置いていくなよ』

『頼む……彼女に会わせてくれ……俺にとってあの子は何よりも大切なんだよ……頼むから!』


 この声は……この悲痛に包まれた声は何なのだろう。

 胸が張り裂けそうになる……どうしようもなく悲しくて、辛くて……知らず知らずの内に璃音の肩を抱く力が強くなるほどに。


「……ナギ君?」

「あ……」


 いつの間にか、目を開けていた璃音にすら気付かなかった。

 どうやら俺は随分と酷い顔をしていたらしく、璃音はすぐに俺の頭をその胸に誘うように抱きしめた。


「……………」

「柔らかくて大きくて、良い匂いがするとか思ってますか?」

「は、はぁ!?」

「ふふっ、冗談ですよ」


 ……全部が全部冗談じゃないので否定も出来ないんだが。

まるで小さな子供をあやすかのように璃音に頭を撫でられ、同時に豊満な柔らかさを感じながら慰められ……なんだこの贅沢な空間は。


(でも……さっき見えたのは本当に何だったんだ?)


 あんなものは偶然なんてものではなく、ただの錯覚に過ぎない。

 けど……どこか他人事のようにも思えず、まるで俺自身が経験したかのような悪い意味での親近感があった。

 ……でも、それはすぐに押し流されていく。

 だって璃音が俺を慰めてくれたから。



【あとがき】


後半戦だからね。

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