運命の瞬間

「私の勝ちですね?」

「……おう。俺の負けだ」


 璃音の言葉に俺は頷く。

 長い戦いを終えた戦士のようにため息を吐いた俺だが、同時に途轍もないほどの疲労感が体を駆け巡ったのは言うまでもない。

 しかし……どんな勝負であれ、負けたのは悔しいので肩を落としてしまう。


「はぁ……」

「そんなにショックでしたか? ただの五目並べですよ」

「……うるせぇ」


 ただの五目並べだとぉ!?

 こっちは絶対に勝てないであろう璃音に挑むため、この戦いのためにどれだけの時間勝てた時の自分を想像したと思ってるんだ!


「こちとら璃音に勝つために脳みそ振り絞ったんだぞ!」

「気楽にやったらどうですか? どうせナギ君は私に勝てませんし」

「……言い返す言葉がないのが情けねえ!」

「えっと、確かこういう時に良い台詞がありましたよね。ざ~こざ~こでした?」

「おい、どこで覚えたんだそんな言葉!」


 誰だ璃音にそんな言葉を教えた奴!!

 璃音は他人に向かって雑魚だなんて……いや言うわ普通に。


「ごめん。璃音はそんな言葉言わないって思ったけどそんなことなかったわ」

「いきなり冷静になってどうしたんですか? 安心してください――雑魚だなんて酷い言葉はナギ君にしか使いません」

「なんで俺にだけ?」

「う~ん……ここまで気兼ねなく話せるのがナギ君だけだからでしょうか」


 ……何だろう、この嬉しいような悲しいような微妙な気持ちは。


「あ、そろそろ検査ですね」

「分かった。終わるまでちょっと外をブラブラしてくるわ」

「帰らないんですか?」

「バーロー。まだ帰るには早えっての」


 まだ昼の二時だぞ? 帰るには流石に早すぎるっての。


「……無理はしないでくださいね?」

「お見舞いに来るのに無理も何もないだろ気にすんなって」

「……ありがとうございますナギ君」


 最近お礼を言うことが増えたな、とは言わずに病室を出た。

 ちょうどお医者さんと入れ替わりになる形で病室を出た後、少し散歩をしようかと思い外に出たのだが……そこでちょうど見知った顔と出くわすことに。


「おや、渚君じゃないか」

「どうもっす琢磨さん」


 そこに居たのはダンディなおじ様―― 璃音の父親である琢磨さんだった。

 おそらく仕事の合間で来たらしくキッチリとスーツを着こなす姿……こう言っては何だがこういう大人になりたいと思わせる風格が彼には宿っている。


「今日も璃音の見舞いに来てくれたんだね?」

「まあ暇してますからねぇ」

「そうかいそうかい……うん? こうして君が璃音の傍を離れるということは検診の時間だったかな?」

「ビンゴっす」


 親指を立ててそう言うと琢磨さんは分かりやすく肩を落とした。

 おそらく娘に会いたい一心で必死にスケジュールを調整して来たんだろうけど、もう少し時間がズレていればこんなこともなかっただろうに。


「ってそこまで落ち込むことないでしょ。ちょっと待てば大丈夫ですって」

「そ、それはそうなんだが……父親としては今すぐ、一秒すら会えないのは惜しいんだわ!」


 親馬鹿だ、ただの親馬鹿である。

 この人は璃音や胡桃さん……璃音のお母さんを含め、俺の両親からも筋金入りの親馬鹿と言われているので、こんな姿を見るのは珍しくもない。

 このダンディなおじ様を初見で見た時にはちょっと怖かったけど、幼い頃からこの人のこんな姿を見せられるとまあ……怖くはなくなるし、むしろあんな可愛い子が娘ならこうなるのも当然なのかなって思える。


「つうわけで琢磨さん。俺も暇してるんでお話でもどうですか?」

「お、良いじゃないか」


 それから琢磨さんと共に散歩に洒落込んだわけだが、基本的に俺はこの人の口から出てくる璃音の話題に相槌を打つだけだ。

 琢磨さんは璃音のことだけでなく俺のことも良く気にしてくれていて、とにかくこちら側に寄り添ってくれる優しい人なんだ。


(……家族同士仲が良いってのはもちろんだけど、俺も璃音も何というか……色んな繋がりに恵まれてるな)


 家族はもちろん知り合いはもちろん……さて、俺と琢磨さんの会話はかなり和やかに進んでいったのだが……彼にとって最愛の娘である璃音のこと、それはこうやって楽しい話題ばかりを話せるわけがない。


「……はぁ……っと、すまない」

「いえ、大丈夫ですよ」


 心休まらないといった具合に息を吐く琢磨さんを俺は労わる。

 きっと仕事をしている中でも常にこの人は璃音のことを考えているはず……そしてそれはお母さんである胡桃さんもきっと同じだ。

 俺は近くのベンチに琢磨さんを誘導して座らせた。


「……同じ男だからか、それとも君のことを心から信頼しているからか……相手が璃音と同じ子供だというのに弱音を吐いてしまいそうになる」

「吐いてくださいよ。俺たちの仲でしょうに」

「ははっ……君は本当に中学生かい? このやり取りも何度したことか」

「後数ヶ月もすれば璃音と一緒に高校生ですよ」


 そう……もう冬を越して春が来れば凛音と一緒に高校生だ。

 琢磨さんはそうだなと俺の頭を撫でながら笑い、あまり見ることのない表情で空を見上げ口を開いた。


「もしも……もしもあの子と代われるのであれば代わりたいくらいだ」

「……………」

「あの子の苦しむ姿を見ると……どうしてこうなってしまったんだと考える。空を見上げてもしも神様が居るならば、あの子を救ってくれといつだって願うんだ」

「……………」


 琢磨さんの話に俺は口を挟まない。

 璃音と立場を代わりたい……それは親として正しい言葉なのかもしれないが、それで残された人のことを考えるなら……いや、こんなことを言っても仕方ないか。


「神様……か」


 神様……俺もその存在が居るのかと探したことがある。

 俺は転生を経験した者だからこそ、それを為した存在が居るのではと気になったからでそれは今も変わらない。

 けれど神様は何かをしてくれたのか?

 たった一人の女の子でさえ助けてくれないじゃないか。


「……………」


 それからしばらく琢磨さんと一緒に静かな時間を過ごし、検査が終わったであろう段階を見極めて俺たちは病室に向かうのだった。


▽▼


「全く……お父さんったらオーバーなんですから」

「それだけ娘のことが大好きってことだろ」


 夕方近くなり、既に琢磨さんも帰った後のことだ。

 病室に戻った際に璃音を見た琢磨さんはというと……それはもう親馬鹿というレベルを通り越していた。

 どれだけ大好きなんだよと引くレベルだった俺だが、傍に控えていた看護師さんが注意するくらいには凄かった。


『も、もうお父さん! 離れてください嫌いになりますよ!?』

『離れるぞ! だから嫌いにならないでくれ!!』


 なんてやり取りがあったくらいだ。

 まあでも、琢磨さんと一緒に居た璃音はとても楽しそうで見ているこっちまで微笑ましくなるほどだ。


「何を笑ってるんです?」

「いやいや何でもありませんとも」


 おっと、相変わらず璃音は鋭いから内心の考えも気を付けなければ。


「もう……夕方ですね」

「だなぁ。後少ししたら母さんに連絡するか」

「まだしていないんですか?」

「え? あぁうん……もう少し居たいからな」

「あ……っ」

「嫌なら帰るけど――」

「嫌だなんてことありませんよ馬鹿ナギ君」


 馬鹿は余計だろが馬鹿はよぉ!!

 でも最近、璃音に罵られるのが快感に……はならないけれど、こうやって璃音に馬鹿って言われると凄く安心する――凄く元気じゃないかってさ。

 ただ……今日の璃音は一味違った。

 赤く差し込む夕日を背に、璃音は笑顔でこう言ってくれたんだ。


「私……ナギ君が傍に居てくれて本当に嬉しいんですよ――ありがとうナギ君」

「……ど、どどどどうしたよ」


 ヤバい、めっちゃどもっちゃったぜ……。

 思いっきり照れてしまった俺を見た彼女は……はっ?


「ふ、ふふっ……あははっ! もうナギ君ったら分かりやすいですねぇ」


 完全に馬鹿にする笑みを浮かべていやがった……っ!

 この野郎揶揄いやがったなと、そう言い返そうと思ったが俺はトイレに行ってくると言って病室を出た……これは負けを認めたんじゃない戦略的撤退だ!


「……くそっ、めっちゃ良い笑顔しやがって」


 悔しいけど照れるに決まってる……璃音は超絶美少女だもの。

 恥ずかしさを誤魔化しただけなので尿意があるはずもなく、トイレに向かう用もない……俺は窓から外を見上げた。


「なあ神様……あんなに良い子なんだよ助けてくれよ……なあ」


 そう問いかけ……何も反応はない。


「……クソッタレ、役立たずな神様がよ」


 罰が当たる? 神様が居るなら罰の一つくらい当ててみやがれ。

 何も起きないことが仕方のないことだと分かっていても、俺はどうしようもなくそれを認めることが出来なかったんだ。

 少しばかり黄昏た後、病室に戻ろうとした時だ。


『役立たずなんて酷いですね。これもまた、あの子の願いなんですから』

「っ!?」


 一瞬、本当に一瞬そんな声が聞こえた。

 俺はハッとするように辺りを見回したが誰も居なかったので、ただの幻聴かと自分を納得させた。


「疲れてんのかな……それとも幽霊!?」


 おいおい、病院に幽霊なんて廃病院だけの話だろ!?

 俺は一気に怖くなってしまいそこそこ足早に璃音の待つ部屋に戻ったのだが、彼女は窓際を向くようにして横になっていた。


「璃音? 寝ちまったか?」


 さっきまで起きてたのに……?

 この時、俺は気を抜いていたんだ――その時は必ず来る……けど、それが今だとは思っていなかったんだ。


「璃音……? 璃音!?」


 ほら、神様はやっぱり手を差し伸べてくれない。

 この日、璃音の病状が一気に悪化した。




【あとがき】


メインヒロインを死なすなんてことはしないのでご安心を。

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