正に悪友のようなやり取り
「さてと、それじゃあ璃音ちゃん。また後でね」
「はい。その間、ナギ君の面倒は見させていただきますね」
「うふふ。お願いね」
「おい」
璃音の言葉にクスッと笑った母さんは病室を出て行った。
母さんにとってもせっかくの休日ということで、これからたくさん買い物をするんだろう。
母さんが居なくなり、俺は得意げに笑う璃音に視線を向ける。
「な~にが面倒を見るだよ」
「そのままの意味ですが? ほらナギ君、美里さんが帰ってくるまで良い子で居ましょうねぇ」
「……このクソガキめ」
「あなたも私と同じ年齢でしょうに」
それは……まあ確かにそうだったわ。
璃音は俺が転生した人間であることを知るよしもないけれど、時々俺の全てを見透かすような目を向けて来ることがあってビックリするんだ。
まあそれでもこの世界は限りなく現実世界であるため、転生なんていう非科学的なことを考えるような人間が居るわけもなかった。
「リンゴ剥くわ」
「あ、ありがとうございます」
俺は璃音のすぐ傍に近付き、椅子に腰を下ろしてリンゴの皮を剥き始めた。
前世で料理をすることもそうそうなかったけれど、ここに来るといつもするようになったので随分と手際が良くなった……凄くねえか?
「どうしたんですかニヤニヤして」
「いや、俺も随分とナイフの使い方が上手くなったなって」
「そうですね。一番最初、初めて触った時に指を切って看護師さんが慌てたのも懐かしいものです」
「あれはマジですまんかった。璃音を含めて看護師さんにも悪かったわ」
俺にも出来るからって見様見真似でやった結果、指を切っちまった……傷口はそこまで深くはなかったものの、結構血が出てしまったんだよな。
あの時は母さんにも思いっきり怒られたし、何より心配してくれた看護師さんたちに申し訳なかった……でも確か、璃音もかなり慌ててくれたんだっけか。
「璃音も凄く心配してくれたもんなあの時」
「もう忘れました」
「……………」
さよかい。
ツンとした様子で視線を逸らした璃音に苦笑しつつ、皮が剥き終わったリンゴを皿に乗せて手渡す。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
璃音は素直に皿を受け取り、そのままパクパクと食べ始めた。
(こういう素直なところは凄く可愛いんだけどなぁ)
なんというか、二度目の人生だからこそ同い年であっても彼女のことを年下の女の子のように見てしまう。
璃音は正直……俺が今まで会ったことのある人とは一線を画す存在だ。
テストは常に満点を取るくらいに頭が良く、見た目もかなり優れている……背が低いけど胸はそこそこ大きいのも魅力的だ!
「……コホン」
「どうしたんです?」
「なんでもないですよっと」
いかんいかん、変なことを考えたらすぐに璃音は察しやがるから気を付けないと。
おそらく表情には出ていただろうけど、璃音はリンゴを食べることに夢中みたいで特に気にはしなかったらしく安心した。
(……普通の子なのに底知れない……それが璃音だ)
頭の良い人間というのはいくらでも居る……でも、目の前の璃音はそんな言葉で推し量ることなんて出来ない。
璃音とずっと一緒だったからこそ分かる――この子を敵に回してはいけない。
もしも璃音を敵に回したならば、きっと想像に難くないほどの大変なことが起きると分かっているから。
(中学生になってすぐ、先輩が璃音にちょっかいを出したことがあったけど……数日後に転校したくらいだもんな。何があったのか知らないけど、間違いなく璃音が手引きしたのは分かる……う~ん、考えれば考えるほど怖い子だよ)
けれど、そんなに怖いと思っても離れるつもりは毛頭なかった。
彼女のことを妹のように身近に考えるだけでなく、ずっと望んでいた可愛い幼馴染というのもあるし……何より、俺はこの子を放っておけない。
「だからジッと見てどうしたんですか?」
「嫌か?」
「嫌……ではないですよ。ただ気になるじゃないですか」
「そりゃ確かに。まあ美少女ってのはいくら見てても目の保養だからな」
「……全くあなたは」
美少女と直接伝えても決して璃音は顔を赤くしたりはしない。
彼女自身、友人や今まで何度もされてきた告白を通して可愛いや綺麗という言葉は言われ慣れているからだろうし、幼馴染の言葉じゃドキドキもしないのかねぇ。
「リンゴ、とても美味しかったです。ありがとうございますナギ君」
「どういたしましてっと。すまんちょいトイレ行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
病室を出てトイレに向かいスッキリしてからまた戻る。
しかし……部屋に入る瞬間、俺は中からの呟きを聞いてしまった。
「どうして……どうして私の体は丈夫じゃないのでしょうか」
それはあまりにも小さく、けれども俺の耳はしっかりと聞き取った声だ。
泣きそうに震える声じゃない……全てを諦め、これから訪れるものを受け入れる覚悟を決めた声……俺はそんな風に感じた。
「……ふざけんな」
何勝手に諦めてんだよ、何勝手に悟ってんだよ……なんて俺が思っても仕方ないってのに、それでもこう考えてしまうんだ。
「……はぁ」
思わずため息が出てしまう。
俺は転生者だ……一度死んでまた生まれ変わって第二の生を謳歌している特殊な人間だ……なのにどうして、なんで何も特別な力を持ってないんだよ。
漫画とかアニメの主人公みたいに特別な力を持って生まれ変われば……たった一人の女の子をいとも簡単に助けられるくらいの特別な力くらいくれても良いんじゃないかよ神様?
「……ないものねだりは仕方ねえか」
ふぅっと息を吐き、中に入ろうとドアに手を掛けたその時だ。
「ナギ君と……もっと一緒に居たい」
その一言に、何かが悲鳴を上げた――それはたぶん、俺の心だ。
▽▼
世間一般で言う幼馴染……いや、この場合は記憶に深く刻まれているゲームや漫画の幼馴染を例に出すとしようか。
特殊な場合を除いて主人公と仲が良いというのが大半だった。
俺もそんな関係に憧れていたのは以前の通りだけど……何度も言うが生まれ変わって出来た幼馴染はそれはもう遠慮のない性格の美少女なわけだ。
「何を黄昏ているんですか? ナギ君に悩みなんてないでしょう?」
「……君は俺を何だと思ってるんだい?」
相変わらずベッドの上で感情の読めない表情をする美少女幼馴染にため息を吐く。
「ため息を吐くと幸せが逃げるって言うじゃないですか。ですから私の前でため息を吐かないでください」
「そんなの迷信だよ」
「確かに迷信ですが、ため息を吐く人を見るとこちらも気が滅入ります」
……難しいことを言うもんだぜこいつは。
俺が外で璃音の呟きを聞いたことを知らない……もしも知っていたなら……いいやこいつのことだし表情を変えずに憎まれ口を叩くはずだ。
(なあ璃音……あんな呟きを聞いちまったら表情も曇るってもんだぜ?)
でも絶対にそれを俺は言わないし、こうして僅かではあっても態度に出たことを逆に反省するくらいなんだ。
「……ナギ君」
「なんだ?」
「ナギ君は不思議ですよね。中学三年生ともなれば、後に高校受験が控えていますけど遊びたい盛りでしょう? 病気で満足に動けない私の所へ来るより、よっぽどお友達と遊ぶ方が有意義だと思うのですが」
「お前、それは――」
「私は間違ったことを言っていませんよ。ナギ君は幼馴染の私を優先しすぎです」
「……………」
なあ璃音……お前、そうは言うけど実際に来なかったら電話で文句言うじゃん。
「普通なら私みたいな幼馴染のこと、めんどくさいって思うはずですけどね」
「いや、めんどくさいよ」
「……え?」
いやいや、何を言っていますがな璃音さん。
アンタは最高にめんどくさい性格をしてるっていうか、俺とのやり取りを誰が見ても同じことを言うんじゃないか?
めんどくさいと隠すことなく言った俺を璃音は目を丸くして見つめている。
俺はそんな彼女を見てクスッと笑い、こう言ってやった。
「めんどくさいけど好きでここに来てんだよ。分かったら俺が来なくなることを諦めろば~か」
「……はぁ? 私が馬鹿ですって?」
「そうだよば~かば~か」
「むぅ……生意気ですよナギ君!」
それからしばらく、俺たちはそんなやり取りを繰り広げた。
そうして様子を見に来た看護師さんに俺は怒られてしまい、それを見た璃音がクスクスと笑ったのだが……神は俺を見捨てなかった。
「あなたもですよ璃音さん。自分の体のことを考えなさい」
「……はい」
「ぷ~くすくす」
「……このっ!!」
そうそう。
そんな風に是非とも勇ましい表情を浮かべてくれ……まだずっと、傍に居てくれるんだと俺を安心させてくれよ璃音。
まだ……じゃない。
ずっとだって言わせてくれよ。
【あとがき】
タイトルに偽りなしなので、しばらくプロローグ的なやり取りをお楽しみください。
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