病が治った完璧すぎる幼馴染に徐々に外堀を埋められていた件

みょん

念願の幼馴染は病弱美少女でした

「……可愛い幼馴染が欲しいなぁ」


 ボソッとそんな願望が口から漏れて出た。

 いきなり何を言ってんだって話だけど、もうすぐ高校三年の夏が終わろうかって段階で恋愛をしたことがない且つ、更に漫画やアニメで幼馴染物のラブコメを多く嗜むからこそ考えてしまうんだ。


「まあ……かといって主人公のように仲良くなれるかはともかく、やっぱり可愛くて仲の良い幼馴染の女の子って憧れるよなぁ」


 人間、ないものには憧れるものだからな!

 大よそそんな漫画やアニメではない現実世界において、女の子の幼馴染が出来るのは一部の男子だけだろうし、その中で恋人関係のような深い間柄になれるのも更に一握りの連中だけだろうか。


「いいさいいさ。恋愛は大学生になった俺に任せよう……任せよう」


 言ってて悲しくなったが、俺は取り敢えず家に帰ることに。

 最近始まったラブコメアニメのオープニングを静かに口ずさみつつ、可愛い女の子との恋愛を妄想していたその時だった――まさかこんなことが起こるなんて。


「危ない!!」

「君、そこから逃げるんだ!!」


 悲鳴にも似た大声が俺の鼓膜を震わせる。

 誰に言ってるんだと思ったが、どうやらその声は俺に向けられているらしかった。


「……なんだ――」


 なんだなんだ、何があったんだ?

 そんな風に考える中、俺の視線は引き寄せられるように上へと向かう……ちょうどビルの補修工事をしているその場所から大きな鉄骨が一つ降ってきていた。


「まずっ――」


 ここに居たらヤバい……そう思った時には既に遅かった。

 こうして思考している間にも鉄骨が眼前に来ており、俺の意識はそこで漆黒の海に沈んでしまうのだった。


▽▼


「……ってことがあったわけだが」

「いきなりどうしたの?」

「いや、何でもないよ」


 車を運転してくれている母さんに俺は何でもないと首を振った。

 母さんも特に気にはならなかったようでこれ以上追及してくることはなく、俺は流れる景色をジッと眺め始めた。


(……まさか、転生しちまうなんてな)


 突然だが俺、転生した。

 いきなり何を言ってんだって話だけど……うん? このくだり妙にデジャブというか既視感があるな? まあ今はそんなことどうでもいい。

 前世で頭上から鉄骨が降ってきたせいでおそらく俺は死んでしまい、気付けば今生きている世界へと転生していた。

 ただ赤ん坊の頃から記憶があったかと言われたらそういうのではなく、今から数カ月前に唐突に思い出したんだ。


『な、なんだ……? 頭が……いてぇ……っ!』


 あの時の頭痛は凄まじかった。

 頭が割れる感覚と言われたら間違いなくこれだと断言出来るほどのもので、そうして俺は中学三年の夏休みに入った瞬間に前世のことを思い出した。


(思い出したっつっても家族のこととかは思い出せねえんだよな……)


 今の俺に大切な家族が居るように、前世にも家族は必ず居たはずだ。

 でもそのことを思い出せないし、思い出せる気配さえない……もしかしたらその記憶をなくすことで、前世への未練をある程度無くしてくれたのかもしれないな。


「着いたわよ渚」

「うん」


 考え事をしていると目的地に辿り着いた。

 ここは病院……それも俺が住んでいるこの街の中だと一番デカい病院で、何度かテレビの取材なんかがあったりするくらいの規模だ。

 ここに来たのは別に俺が何か大きな病を抱えているとかそういうのではなく、単純に知り合いに会うためだ。


「先に行ってるよ母さん」

「えぇ。私もすぐに向かうわ」


 母さんから離れて病院の中へ。

 そのまま見慣れた白い廊下を歩いていき、俺が向かった先はとある個人用の病室で名札には遠坂とおさか璃音りおんと書かれており、ここが俺の目的地だ。

 コンコンとノックをすると、中から最初にため息が聞こえた気がしたがどうぞと返事がされたので、俺は中に入った。


「うっす~。来たぞ~璃音」

「こんにちはナギ君。今日もお気楽そうな顔ですね」

「……………」


 中に入って早々、あまりにもご挨拶な言葉が俺を射抜く。

 そんな言葉を発した正体は一人の女の子――セミロングのサラサラとした黒髪を揺らし、サファイアと見間違えるような美しい瞳で俺を見つめる美少女。

 彼女は遠坂璃音、この世界における俺の幼馴染だ。

 付き合いは幼稚園の頃からで、親同士の仲が良いこともあってか俺と璃音の繋がりは生まれた……そう、彼女こそ俺が前世で求めていた幼馴染という属性を持った女の子であり、しかも類い稀なる美貌を持った美少女なんだ!


(……でも、俺に対して容赦ねえんだよこの子は)


 彼女……璃音は少々ひねくれているというか、俺に対してかなり容赦がない。

 昔も幼馴染の俺に対して言動は遠慮がなかったのだが、入院することが決まってから更に容赦の無さに拍車が掛かった。

 まあそれでも美人の幼馴染ということで打算ありきだが仲良くなりたかったので、こうして見舞いに来るくらいには親しくなれたと思っている。


「すぐに母さんも来るよ。ほら、これお見舞い」

「ありがとうございます。選んだのは美里さんですか?」

「あぁ」


 美里というのは俺の母の名前だ。

 頷いた俺を見て璃音はでしょうねと頷き、ジッと俺を見てこう言葉を続けた。


「ベッドの上にずっと居る幼馴染のために、ナギ君には美里さんに頼らず頑張ってほしいところなんですが」

「以前それでなんだこの変なのって言ったのを忘れたのか?」

「だって本当に変な物だったんですから」

「うぐっ……」


 俺、どうも女の子との付き合いがなかったせいでセンスは壊滅的らしい。


「……具合、どうだ?」

「良いように見えますか?」

「……………」

「大丈夫ですよ。今日は一度も発作は出ていませんから」


 俺から視線を外し、璃音は窓際に顔を向けてそう言った。

 璃音は昔から体が弱かったけれど、今年……始業式の日に体調が一気に悪くなり、そこからこうして彼女は入院を余儀なくされたのだ――心臓の病気らしい。


(……せっかく、可愛い幼馴染が出来たってのにこれだ……ほんと、嫌になるぜ)


 嫌になるというのは璃音の幼馴染が、ということではない。

 どんな関係性であれ、どんな過程であれ……仲良くなった幼馴染が満足に運動すら出来ないほどに弱っている現状に何も出来ない自分が嫌なんだ。


(……馬鹿野郎が)


 馬鹿野郎……俺を転生させた神様の馬鹿野郎。

 転生なんてことを経験させるのならば、小説でありきたりなチート能力でも授けて転生させろってんだ。

 別に世界そのものを欲しいとも思わないし、多くの女の子を侍らすハーレム生活なんてものもちょっとしか望まない。

 せめて……せめて病弱な一人の女の子を救える力くらい寄越せってんだ。


「ナギ君」

「うん?」

「一人で何を黄昏ているんですか? 気持ち悪いですよ」

「……………」


 ……いい度胸だこの女。

 俺はキレた様子を思わせるようにズカズカと歩み寄ったが、璃音は決して怖がったりせずに俺を見つめており、どこか挑戦的に微笑んでいる。

 怒鳴ってみせろ、怒りを見せてみろとでも言わんばかりだ。


「生意気お前!」


 でも、俺は怒ったりはしない。

 ガシガシと彼女の綺麗な髪を撫でてやるんだ! 少々乱暴にな!!


「ちょっと馬鹿ナギ君! せっかく整えたのに!」

「うるせえ! 生意気な罰だ!」

「も、もう!!」


 転生すると可愛くて美人の幼馴染が出来た。

 けれど彼女は少々口が悪く、そして体も弱い子ではあるのだが……間違いなく俺にとって大切な幼馴染であることには違いない。

 せっかく授かった二度目の人生……今度こそ事故で終わらせないように、後悔しないように俺は今日も頑張って幼馴染の言葉攻めに耐えながら生きるのだ。

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