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 上沢遥楓は事業で成功した。それは大学生の頃からであった。学生起業して、一人ですべてを成し遂げた。その具体的なことに関しては、それに関しては話してくれなかったから、わからない。貿易系だとはぐらかしたが、詳しくは、それはまた今度だという。



 事業をやりながら、彼女は増えていく資産とともに自分のやりたいことをやった。だいたいやった。だけど、彼女には仲間が居ても友達が居なかった。親友と呼べる人は一人もおらず、資産は個人の許容範囲内に収まらなくなり、やがて仕事を辞めた。仲間にはひどく引き留められたが、稼ぐことに意味は見いだせなかった。彼女は普通のことが欲しかったのだ。普通に学校に通って、普通に友だちができて、普通に授業を受ける。それはひとりじゃない。友人と一緒だ。かけがえのないものを、掛け替えのないときを、自分のために使ってしまい、受験やら勉学やらに注ぎ込み、大学まで行き、そして結末を迎えた。失ったものを、時間を、今度は取り戻したいのだという。しかし、引っ込み思案なのと人見知りなのがどうにも足を引っ張ってしまい、この場所を見つけてからはいつもこの場所に来てしまうのだという。



「僕は自分が無個性に思っているんだ。なんの取り柄もない。勉強だけやって来た優等生。だからこそ、自分からなにもしなかったからこそ、友達ができなかったんだろうなって。今にはそう思うよ。だからさ。良ければ。君さえ良ければ、転校生が良ければだが、だから、友だちになってくれると嬉しい」


「もう、友だちみたいなものだったんじゃないのか?」


「そうなのか?」


「いや、わからないけど、……まあ、いい。今から友達だ。ほら、これでわかりやすいだろ」


「ああ、わかりやすいな。友達か……へへっ、いいな、友達」


「なあ、もう一つ聞いてもいいか」


「なんだ。友達の言うことならできるだけ答えよう」



 う、ううん。え、ええと。



「なんで俺たちだったんだ。いや、違うな。その、なんで俺をこの学校に呼んだんだ」


「なぜ? なぜって、でも、承諾してくれたじゃないか」


「ああ、嘘半分の気持ちでな。『普通の学校生活をやり直さないか』と言われて、俺は最初なにかの間違いと言うか、騙されてるんじゃないかと思ったよ。こいつらはなにか詐欺とかで騙してきてるんじゃないかって。俺もある程度荒稼ぎして、お金に困ってなかったからな。同じように、人に困っていたから。だから受けた。俺も普通の学校生活をおくったことなかったから。だからな」


「そう、だったのか」


「ほら、友達は互いのことを知って、仲良くなるものだろう。そういうことさ」


「選んだのは、実は偶然なんだ」


「偶然?」


「そう、偶然。新聞で名前を見かけて、町中で見かけて、ネットニュースで見かけて。みんないろいろあったみたいだからさ。僕の言えた口じゃないけど、第二の人生やり直すきっかけになれたらなって。実際声かけた数は今いる人よりずっと多い。今も声掛けている人だっているし。普通の学校生活をやり直して、そして友だちになってくれたらいいなって」


「そうか。そうだったのか」


「うん、ごめん」


「謝る必要はない。友達だろう」


「そうだね。そうだった」


「しかし、そうなると有名人ばかりということになるのか。うちのクラスは」


「まあ、ある意味ではそうだね。そうかもしれない」


「お互いに知っているとは限らないけど」




 そう。自分が有名だと思い込んでいるだけ。その界隈では有名なだけで、実は有名じゃなかったりする。有名でも知られていなかったりする。みんながみんな知っているとは、限らないのだ。ほら、野球選手とか。メジャーでバンバンホームラン打ってる選手なら毎日のように報道されるからわかるかもしれないけど、国内リーグの有名選手なら、野球ファンは知っていても一般の人は知らないなんてことはざらにあることだろう。世の中なんて、世間なんて、わかったようで分かっていない。分かったふりばかりで、知ったかぶりばかりだ。実は知らないことばかりなのに、あたかも知っているかのようになんでも口にする。



 そんなものなんだよ、そんなところなんだよ。





「ねえ、転校生は何で普通を求めるの」



 なぜって、それは。



「私は、私には普通がないから、だから普通が欲しくて青空高校に通うことにしたの。創ることにしたの。普通が欲しいと言ったら、普通の高校生をここならできるかもしれないって、それで求めた」



 そこにいる彼女はどこまでも普通で、当たり前であって、それは当然のことであって、だからこそとても異質だった。普通では、なかった。



「俺も普通じゃなかったから。普通に憧れたから。だからかな。騙されても構わないからって、俺も求めた」





 それから俺と遥楓はしばらくの間、波の音を聞いていた。風を感じて、その音を聞いていた。風に吹かれて、夏の暑さを忘れそうになるくらい、でも夏はやっぱり暑くて、やがて夕暮れあかね色夕焼け空になるまで、ふたりでそうやって過ごした。特に言葉はかわさなかった。それは暑いだけで、口にしても変わらず、無意味だったからだ。



 俺は夕暮れが終わる頃に、立ち上がってひとりで帰っていった。

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