1-3
放課後。
教室には天だけが残っていた。俺は職員室に手続きとか、書類をもらったりとかしていた。他の生徒は既に帰ったのか。まあ、全員同じ学生寮に寝床を構えることになるのだが。
「天だけか。他は帰ったか」
「あ、久くんお帰り。そうだね、みんな帰ったかな。夜のこともあるしね。私は学生寮案内しなくちゃだし」
「そうか。それは手間を掛けるな」
「いえいえ、なんのその」
「行こう」
鞄を持って教室を出て、昇降口で靴を履き替え、外に出る。駐輪場に停めてあるどデカいバイクを抱えて、押して歩く彼女の隣を俺は歩く。
「それ、重くないのか」
「ん? これ? うん、すごく重たい。めちゃくちゃ重たくて嫌になるくらい」
「学生寮はそんなに遠いのか」
「いやいや。徒歩十分だよ。バイクなんて使う必要ないくらい近い近い」
「なら、どうして」
「今日は転校生が来るから。やっぱりインパクト大事かなって!」
「なんだよ、それは」
「あはは、なんだろうねー。これは」
俺は一息置いてから聞いた。
「写真とってもいいか? なかなかいいバイクだ」
「え? わかる? そうなのよ、かっこいいのよ、この子」
どうぞどうぞ、と。写真を撮らせてくれた。俺は全体が映る写真を複数角度で複数枚撮った。
「ありがとう。なにかの待受にでもするよ」
「えー、なにの待受。なに、なにー?」
「出会系アプリ」
ずこーっ。今度は天がずっこけた。
「冗談だ。流石に他人のバイクを待受にはできないから、普通にバイクを買う時の参考にするよ」
「え? 久くんって、バイク乗るの?」
「ああ、昔乗っていた。付き合いでな。今は乗ってないが、昔は買って乗っていた時期もあった。道内は広いからな。ツーリングするには格好の場所だと思うよ、この土地は」
「へえー」
それからしばらくして、学生寮に着いた。
「随分と綺麗というか、新しいな」
小綺麗なモダンな、近代的な建物だった。学生寮というから、もっと古い建物とかを想像していたが、これは住みやすそうだ。
「学校も新しいからね。最近できたばかりらしいよ。ほら、
「ああ、そうだな」
年齢が二十歳を超えて、全員高校生のやり直しのような年齢だ。事情があるのは、みんな同じこと。それは想像に難くなく、容易く思い当たることのできる。それがなにであるか、具体的には調べないと行けないだろけどな。
それから二階の部屋を案内され、荷物を置いて。ダレガキ荘へ向かった。学校とは反対方向へ徒歩五分だった。荘と名前は付いているが、店の主人以外に住人はおらず、住居スペースも店主の寝床以外にはない。手前が駄菓子と小さなスーパーマーケットのような小売販売場所で、奥の方が飲食店スペースだった。畳の小あがりのような、そんな場所だった。靴を脱いで座り、全員揃ったところでドリンクを注文。ビールは天と俺のみ。あとはカシオレとかカクテルを頼んだ。
「「「かんぱい!!」」」
しばらく飲んで、食べて、迷惑にならない程度に騒いだ。大人に、大人しく騒いだ。全員が分をわきまえていると言うか、どこか控えめというか。若さならば大学生のような年齢なのに、無駄に激しく騒ぐことなく、楽しみながら、どこか遠慮がちに。互いを互いに探っているような。しばらくして、天が外の空気を吸ってくると言って、席を外した。具合悪いのかもしれないと思い、俺は水を買って持って行った。
「おい、大丈夫か」
俺は水を渡す。
「久くん、ありがとう。大丈夫。そんなに酔ってはいないから」
「そうか? 無理はするなよ」
「久くんって夢とか持ってた?」
「夢? なんだよ、急に」
「さっき似たような話が出たじゃない。将来の夢は何だったか、みたいな」
「ああ」
「私なにもなかったんだよね。何も、なかった。自分がなかったの。自分自身が。だから悪い友達の誘いを断れなかった。それでわかりやすくバイク乗り回したり、そんなことしてたんだ」
「そうだったのか」
「そう、そうだったの。でもバイクは今でも好きだよ。悪い意味じゃなくて、良い意味で。変な改造とかも辞めたし、きちんと手入れしてるし」
「それは良いことだな。趣味を持つことは、自分を保つ良い材料になる」
「久は? なにかあるの?」
「俺は野球が好きだからな。さっきも言ったと思うが、プロ野球観戦が好きだ。子供の頃父親に連れて行ってもらって、それ以来ずっと好きだ。とてもわくわくする。あの雰囲気とか、選手が遠くて小さいけど確かにプロのプレーをやっているところとか。テレビやラジオ観戦を日常的にしている俺だが、やっぱり現地に行っての応援はまた違うものがあるよ」
「へえー、そっか。野球か」
「現場で言うと、音楽も好きだ。ロックバンドのライブとか目茶苦茶通っていた。あのベースの重低音、ギターのリズムとメロディ、ボーカルの素晴らしい歌声。音楽って不思議で新しい曲は最高で、昔の曲はもっと最高なんだよな。何度も、何回も聞いているのに、何度も歌ってるのに、それが掛かると、音楽が始まると体が反応する。手拍子が鳴り止まない。不思議だよ、本当に。不思議だ、音楽は」
「なるほどね、都会っ子だったんだね。久くんは」
「そうかもしれない。酔のせいか随分と語ってしまったし」
「いや、聞けてよかったよ。久くん」
そろそろ戻ろうか、と彼女は水のボトルを手に言った。俺はその後ろを追って酒の会場に戻っていった。
寮に帰ると、全員がすぐにそのまま各部屋に帰った。俺も案内されたばかりの部屋に入る。そしてカバンからノートパソコンを取り出し、電波を確認。スマホを取り出して、リンクさせ、写真を転送。それをネットで写真検索を掛けた。特徴を読ませて、読み込ませて。
「なるほど、な」
半グレ集団。殺人。違法薬物。暴走行為。
その先は、それ以上は、週刊誌の憶測以上のことは無かったので辞めた。断片的にでも事実がそこにあるのならば、それだけで十分だった。
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