第10話
帰りの車内には、少し音量を絞った洋楽の甘いラブバラードが流れている。たまたまつけたFMラジオなのだが、仕事柄英語が堪能な牧村には、恥ずかしいくらいの歌詞。しかし、学校レベルの英単語や文法はそれなりに出来ても、ヒアリングが苦手で英会話となるとサッパリの美緒は、メロディーだけを聴いていた。
「……真一さん」
いつもとは違う声だ。どうしたのかと、ハンドルを握りながら顔を向ける。
具合が悪そうな、彼女の様子。慌てて路肩に車を寄せた。
「どうした? 車に酔ったのかな」
聞いてみるが、彼女は答えるのも辛そう。
高速の入口は目前で、これに乗ってしまえば家まではさほど遠くない。だが、無理をするわけにもいかず……。
「とりあえず、椅子を倒して横になったほうがいい」
「……ゴメンなさい。今頃、昼間の日差しが堪えたのかな」
迷惑を掛けたくないと、無理に笑ってみせる。
「大丈夫だから。少しそうしているといいよ。冷たい飲み物を買ってくるからね」
近くの自販機からペットボトル一本を手に戻る途中、ふと、きらびやかなネオンが目に入った。
最悪は、シティホテルにでも部屋を取るしかないという考えは過ぎったが、ラブホテルまでは頭に浮かばなかった。
ラブホテルならば、短時間の休憩だけでも可能だ。しかし、どちらにせよ美緒を連れて入るわけにはいかないだろう。
どうしたものか――と巡らしかけ、とりあえずは少し車で休ませて、それから考えれば良い。
路肩に停車させて、30分ほどが経過しただろうか。
「具合はどう? 楽になったか?」
「……うん、だいぶ楽になりました。車を出しても、大丈夫」
答えるが、顔色は戻らない。これ以上迷惑をかけられないと、無理をしているのは明らかだった。
散々迷い、彼は決めた。
エンジンがかかると、美緒はゆっくりと助手席の椅子を起こす。車を走らせたのは、帰路に向かうものと思っていた。
―――だが、
「……真一さん!?」
細い道を抜けて入ったこの建物が、ラブホテルだという事が判った。
「大丈夫だよ。君を傷つけたりはしないから。俺を信じていて」
不安そうな眼差しで見つめる彼女に振り向き、瞳で頷いた。
何故いつも、無条件で彼の言葉を信じてしまうのだろう。信じる根拠など、何処にもないのに。
部屋に入るまで、美緒は俯いていた。
ふらつく足取りの美緒の腕に、手を添えるだけの牧村。
彼女はまだ16歳。早熟な子が多い中で、彼女がまだ男を知らないということくらい、牧村にも分かる。それだけに、不用意に触れられないし、手出しなど出来ないと思っていた。
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