第13話 再会
「おばあちゃん! 大丈夫?」
パトカーの向こう側から女の子の声がする。この家の娘――ミカが老婆の姿を確認すると、駆け足で寄ってきた。
続けて、母親や息子、父親らが老婆の元へ駆け寄ってきた。
「おばあちゃん、ケガはない? 何もされなかった?」
マイが老婆を心配そうに見る。
「大丈夫さ。ばあちゃんは大丈夫だよ」
「びっくりしたよ。運転してる時に、かあさんから『危ない。すぐ家に戻れ』ってメールが届いたから」
父親が、俺や警官らを見ながら言った。
「びっくりしたのは、ばあちゃんだよ。でも、大丈夫さ。そいつに見つからないように手を膝掛けで隠しながら携帯でレイジにメールしたあと、続けざまに110番したんだ」
老婆が右手に持っていた携帯を母親に見せる。
老婆がブランケットの下でもぞもぞと手を動かしていたのを思い出す。
馬鹿な。こんな老婆が携帯をブラインド操作してメールを送信したり、110番したというのか。
「警察に危険な状況だということを大声で伝えたんだ。そのあとはボケたふりをして時間を稼いだ」
老婆が胸を張りながら
俺は呆然として老婆を見つめた。あの認知症のような意味不明な言動は、時間稼ぎのための演技だったというのか。
「これはあなたのものですね?」
警官が宝石をマイに見せる。
「はい、そうです……! ど、泥棒だったんですね……」
マイが俺を恐怖に満ちた目で見つめる。
「でも、おばあちゃんの機転でその泥棒はこうして逮捕されたんですよ。おばあちゃんに感謝してくださいね」
警官が笑みを浮かべながら老婆を手で示す。ショウタ、ハルト、ミカが尊敬のまなざしで老婆を見つめる。
「さあ、パトカーへ乗るんだ」
警官が俺の腕を引っぱる。俺はよろめくような足つきで表の通りへ歩いて行った。
馬鹿なことをしてしまった。こんなことしなければよかった。
猛烈な後悔の念が込み上げてくる。俺はがっくりとうなだれた。涙が出そうになるのをぐっとこらえる。
「パパ」
聞き覚えのある声にはっとする。俺は顔を上げ、声のした方を見た。
妻の陽子と娘の由奈がいた。
「陽子……! 由奈……」
呆然として二人を見つめる。二人ともよそ行きの服装だった。特に由奈は、可愛らしい紺のドレスを着ており、頭にはコサージュまでつけている。
「あなた……。こんな所で何してるの……?」
陽子が警官たちや俺の手首の手錠を見る。その目は驚きから、猜疑や嫌悪に変わっていった。
「いや、その……」
俺はとっさに手錠がかかった両手首を隠そうとした。
「お前たちこそ……どうしてこんな所に?」
俺はジャケットの袖でかろうじて手錠を隠すと、二人に訊ねた。警官たちは、3人の様子を静かに見守っている。
「今日、由奈のピアノコンクールだったから。会場がすぐ近くで、ついさっき終わったばかりなの。これから2人でお昼を食べに行こうと思って……」
俺は2、3度うなずいた。やはり自分の記憶は間違っていなかった。
「パパ、元気? 会いたかったー」
由奈が俺のそばに駆け寄ろうとするも、陽子はとっさに由奈の体を押さえ、それを阻止した。
「由奈。この人はもう……パパじゃないの」
陽子がしゃがみ、由奈の目を見ながら強い口調で言う。
「……え?」
由奈がぽかんとして陽子を見つめる。
俺はふいに、由奈を抱きしめたいという衝動に駆られた。だが、それは決してやってはいけないことのような気がした。
陽子は立ち上がると、由奈の手をとり、反対方向へ歩き出した。由奈は困惑の表情で俺を見ている。
これでいい。もう俺たちは家族ではないんだ。
俺は放心したように二人の後ろ姿を見つめた。
最後の最後で、こんな馬鹿げた姿を見られてしまったことは痛恨の極みだが、一瞬だけでも陽子と由奈の元気な姿を見れたことはよかった。
でも、最後に一つだけ娘に聞きたいことがあった。
「由奈!」
俺は叫んだ。陽子と由奈が立ち止まり振り返る。
「ピアノコンクール……どうだった?」
俺は、愛おしがるような目で由奈を見た。由奈は一度、陽子を見たあと、再び俺に視線を移した。
「優勝したよ!」
由奈が笑みを浮かべながら大きな声で言う。
「……そうか」
俺は小さくうなずいた。
陽子と由奈が再び歩き出す。やがてふたりは、ゆるやかなカーブの向こうへ消えていった。
警官に促され、パトカーの後部座席に乗る。俺はふありが去った美しい通りをずっと見つめていた。〈了〉
俺は今日、泥棒デビューすることにした 高石剣流 @takaken113
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