第12話 外
「わかった。ばあちゃん。いつものようにトイレまでついていってあげればいいかい?」
「ああ。トイレまで手を貸してくれればいいんだ。すまないね」
老婆はゆっくりと立ち上がると、ブランケットを高座椅子に置いた。そして手を俺の方に伸ばす。
俺は軍手をはずすと、老婆の手をとった。かさかさで皺だらけの手が俺の手をぎゅっとにぎる。ふたりはゆっくりと北西へ移動した。
「この家はこんなに立派なのに、老人には優しくないな。手すりの一つもありゃしない」
老婆が、腰が曲がった前傾姿勢でよたよたと歩きながらぼやく。
「ごめんね、ばあちゃん。今度、業者に頼んでつけてもらうよ」
トイレのそばまで来ると、俺はドアを開けた。
「あとは一人でできるよ」
そう言うと老婆はトイレに入り、ゆっくりとドアを閉めた。
約1分後、水が流れる音がし、ドアが開く。俺は老婆の手をとり、再び南東の和室へ移動した。
「ありがとう、イチロー。今夜は、お前の好きなクリームシチューを作ることにするよ」
老婆の口がはぐはぐと動く。途中、上の入れ歯が外れると、老婆は笑いながらそれを手で元に戻した。
息子の名前を間違えているし、今夜作るものも、さきほどと変わっている。もはや、自分を息子と思っているかも疑問だった。
脱出するのは今しかないだろう。
「ばあちゃん。俺、ちょっとコンビニへ行ってくるよ」
「コンビニ?」
「ああ」
俺は先ほど落とした靴を拾い上げた。
「車はマイたちが使ってるだろう? 歩いていくのかい?」
「うん。天気もいいし、散歩がてらね」
肝心な所は正常な思考になるんだなと思いつつ、俺は答えた。
「コンビニなんていつでも行けるだろう? それより、ばあちゃんの結婚式の話を……」
俺は老婆の話を無視すると、玄関まで移動した。靴を履き、玄関ドアを開ける。
まぶしさに一瞬、目を細める。空を見ると、ちょうど太陽が真上にきており、燦燦と輝いていた。
ふいに、複数のパトカーがサイレンもなく家の前に停まる。車からぞろぞろと警官たちが降りたかと思うと、あっという間に俺の周りを囲んだ。
「家の周りは警官たちが包囲している。逃げても無駄だぞ」
あまりに突然の出来事に、俺はその場に硬直したままだった。やがて、ぞわぞわと恐怖が湧き上がってくる。
「そのバックパックの中身を見せてもらおうか」
強面の警官が、俺のバックパックを指差す。俺は静かにうなずいた。強面の警官は手袋を嵌めると、俺の背中からバックパックをはぎ取り、中身を検分し始めた。
巾着袋を取り出し、封を開ける。中から数個の宝石を取り出した。
「なんだこれは?」
警官が宝石を俺に突きつける。
「お前が
俺は恐怖に震えながら「はい」と答えた。
「12時2分。住居侵入、及び、窃盗の現行犯でお前を逮捕する」
強面の警官が俺の手首に手錠をかける。俺は抵抗することもなく、されるがままだった。
「な、なんで警察が……?」
両手首の手錠を見つめて俺は呆然と言った。
「この家の住人から5分ほど前に通報があった。おばあちゃんかな?」
ふいに、玄関のドアが開く音がする。振り返ると、老婆が厳しい表情を浮かべながら毅然と立っていた。その目は知性と怒りに満ちていた。腰も曲がっておらず、先ほどまでの老婆とは別人のようだった。
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