第10話 男の子
俺は、石化したように数秒間硬直した。男の子は大きな目を丸くしながら、不思議そうに俺を見つめている。
「えっ? あっ、うん。あの……おじちゃんはね。えっと……工事。そう、工事の人だ。水道の工事をしに来たんだ。ここの家の人に水道が壊れたから直してくれって頼まれてね」
「ふーん……。なんで靴履いてるの?」
はっとして自分の足元を見る。外へ出ようとして靴を履いたが、誰かが来るのに気づき、慌てて靴を履いたままLDKへ移動したのを思い出す。
「えっ? あ、これね。ごめんね。ちょっとおじちゃん、アメリカ生活が長いんだ」
そう言うと俺は、その場で靴を脱いだ。男の子は俺が言ったことが今一つ理解できていないようだ。
「水道はこっちだよ」
そう言いながら男の子が俺の袖を引っぱり、キッチンへ案内する。
「ここに水道があるよ」
男の子がシンクを指差す。
「あ、ありがとう」
俺は引きつった笑顔で男の子に礼を言った。
こんなことをしている場合じゃない。大人たちが戻ってきたらどうするんだ。
「あとはおじちゃん一人でできるから。君は2階とかで遊んでていいよ」
俺はしゃがみ込むと、シンクの下の扉を開けた。
「2階? そうだね。ハルト君とゲームで遊んでくる」
「うん、そうだね。ハルト君とゲームで遊んだらいい」
男の子は駆け足でキッチンの裏手へ移動していった。やがて、どんどんという階段を上がる騒々しい音がした。
今度こそ外に出られるのだろうか。何度も訪れては去ってゆく脱出の機会に疑問府がつく。
これはドッキリで、誰かが自分を騙しているのではないか。住人に見つかった瞬間、警察に通報されるも、すぐテレビクルーが家の中に押し寄せてきて、ドッキリ番組の収録だとわかり、胸をなでおろすという結末が待っているのではないか。
頭を振り、馬鹿げた考えを振り払う。俺は立ち上がると周りを見渡した。
次の瞬間、階段を下りてくる複数の足音がした。俺は思わず、目を閉じて小さく笑った。
足音は1階へ移動すると、南へ移動した。そのままLDKへ移動する。
「だいぶ上手くなったわね」
「ありがとう。絵描くのって楽しいわね」
「ハルト君。先週でた格闘ゲーム買った?」
「買ったよ。めちゃくちゃ面白いよ」
「ねえ、お母さん。アメリカに持っていく服、やっぱり別のにする」
俺は、キッチンのシンクの前で、しゃがんで聞き耳を立てていた。足音や声の数からすると、4、5人はいるようだ。もしかしたら、2階にいた人間が全員降りてきたのかもしれない。
まずい。大勢の人間の行動を耳だけで把握するのは非常に困難だ。それに一度に複数の人間が別々に移動し、挟みうちにでもなったらアウトだ。
もう一度2階へ上がるか。今の状況から考えれば、2階の方が安全な気がするが、また脱出の機会が遠ざかってしまう。
父親と老婆はどこだ。さきほどの会話の中にはそれらしき人物はいなかったような気もするが、喋っていないだけかもしれない。
そういえば、男の子――ショウタは2階へ遊びに行くと言ったが、どうやらまた戻って来たらしい。あの子が「水道工事の人が来てたよ」などと親たちに言えば、その時点でアウトだ。
足音がこちらに移動する。俺は靴を持つと、屈んだままキッチン裏手の通路へ移動した。丁字路まで移動し、玄関がある南側へ移動しようとするも、一瞬、向こう側に子供らの姿が見えた。南側へ行くのをやめ、そのまま直進し北東の洋室へ移動する。
すばやく部屋の中を検分する。誰もいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます