第9話 DVDと自撮り棒
テーブルクロスは垂れ部分が長いが、角度によっては体の一部が見えてしまう。それに誰かがダイニングチェアに座りでもしたら一巻の終わりだ。
生きた心地がしないまま、何気なく視線を右側に移した瞬間、頭からさっと血の気が引く。すべて回収したと思っていたDVDが1枚床に落ちていた。
母親たちは落ちているDVDに気づいていないようだが、少しでも向きを変えればたちまち見つかるだろう。
DVDまでの距離は1メートルほどだが、どうやっても手は届かない。かといってダイニングテーブルの下から出れば、その時点でかくれんぼは終了だ。
はっとして、目の前にあるバックパックの中を見る。黒っぽい棒が見えた。俺は音がしないようにそっとそれを取り出した。
これだ。今朝ゴミ捨て場で拾ったこの自撮り棒を使えば、母親たちにバレずにDVDを回収できるかもしれない。
俺は自撮り棒をダイニングチェアやテーブルの裏にぶつからないように慎重に伸ばすと、先についているホルダーをほぼ直角に曲げた。そして、母親たちに注意を向けながら棒をDVDへ伸ばす。
棒はダイニングテーブルから半分ほど出たが、母親たちはまだ世間話に夢中で、棒に気づいた様子はない。
棒の先端がDVDに届く。俺は、自撮り棒を持っている右手が震えないように左手でしっかり押さえると、ホルダーをDVDに引っ掛けた。そして、そっと自撮り棒を引く。
視線が母親たちの足元とDVDの間を何度も往復する。音がしないように毎秒数センチのペースでDVDを引く。ふと、DVDのタイトルが見えた。
『白昼泥棒。盗まれた人妻の淫靡な身体』
なんとなく今の状況と似ているタイトルだが、洒落になっていない。DVDが、手が届く距離まで来ると、俺は自撮り棒を引っ込め、手を伸ばし、すばやくDVDを回収した。
母親たちはまだ世間話をしていた。依然として危機的状況だが、とりあえず爆弾を1つ回収できたことに、ほっと胸をなでおろす。
「そういえば、あれどうなったの?」
「ああ、あれね。順調よ。2階にあるんだけど……。見てみる?」
ふたりはテレビの前を通り、北へ移動する。そして階段を上がる足音。
しめた。俺はテーブルクロスをめくると、LDKを見回した。
誰もいない。
父親はまだ北東の洋室だろうか。
男の子――確かショウタという名前だったような――と老婆はどこにいるのだろうか。
俺は、膝を床についた状態でもう一度周りを見渡した。やはり目に見える範囲には誰もいない。
男の子と老婆がどこにいるか気になるが、とりあえず、ここから玄関までの間には誰もいないことは確かだ。今度こそチャンスだ。
俺は、ダイニングテーブルの下から這い出ると、バックパックを背負った。玄関の方へ一歩踏み出した時、リビングスペースにあるソファの背もたれの陰から、小さい男の子がひょっこりと顔を出した。
「おじちゃん誰?」
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