第8話 かくれんぼ

 一時はどうなるかと思ったが、なんとかピンチを乗り越えることができた。やはり神は自分の味方をしてくれている。


 意気揚々と勝手口へ移動するも、ドアのガラスから外を覗いて愕然とする。


 裏にある家の住人らしき人たちが庭でバーベキューをしていた。


 10人近くはいるだろうか。これらの目をかいくぐって外に出るのは不可能だ。

 この家の住人のふりをして堂々と出たらどうだろうか。いや、それもリスクが高すぎる。すぐ裏の家だ。顔見知りの可能性が高い。


 勝手口を諦め、東側へ移動しようとした時だった。誰かが階段を下りてくる足音が聞こえる。

 母親の姿が一瞬見える。俺は素早く西側へ移動すると、脱衣所に身を隠した。


 母親がキッチンの方へ移動する。その後、しばらくキッチンの方から物音が続いた。母親がキッチンで何か作業をしているらしい。


 風呂場の中を覗く。窓があるが、ここも北に面しているため、勝手口と同じように脱出するのはハイリスクだった。


 どうすればいい。完全に袋小路に入ってしまった。身を隠すスペースもないので、今、誰かが脱衣所の方に来れば完全に終わりだ。


 危険を冒してでも窓から脱出するしかないと思いかけた矢先、東の方から父親らしき声が聞こえた。どうやら母親を呼んでいるらしい。

 母親は返事をすると、キッチン裏手の通路から東側の洋室へ移動していった。


 しめた。今度こそ絶好のチャンスだ。子供2人は2階、母親と父親は北東の洋室にいる。キッチンからリビングダイニングを通って玄関へ移動すれば、誰にも見つからず外に出られる。


 俺はキッチンへ移動すると、ダイニングスペース、リビングスペースを通り、玄関ホールまで来た。バックパックから靴を取り出し、三和土に置くと素早く履いた。


 今度こそこの家とはおさらばだ。何度かピンチはあったものの、デビューにしては上出来すぎる内容だったのではないか。


 玄関ドアへ近づいた時、曇りガラスの向こうに人影が見えた。


 絶叫したくなりそうな気持ちを抑え、俺は靴のまま上がり框にあがった。そして、素早くLDKへ移動する。

 ソファの前を通ろうとした時、何かにつまずいて派手に転んでしまう。一瞬、床に置かれた子供用のリュックサックが目に入った。


 その拍子に、背負っていたバックパックから、今朝収穫したゴミ(俺にとっては宝だが)がダイニングの床に飛び散る。どうやら、バックパックから靴を出したあと、チャックを閉めていなかったようだ。


 慌ててバックパックを降ろすと、散らかったDVDや携帯音楽プレーヤーなどをかき集めて中に入れた。全部詰め込んだ時、背後から声がした。


「マイさーん? レイジさーん? いる?」


 姿は見えないが、声の主はすでに家の中に入ってきているようだ。再び全身から脂汗が噴出する。


 すぐそばに、垂れ部分が長いテーブルクロスがかかったダイニングテーブルがあった。俺はテーブルクロスをめくると、バックパックを抱きかかえたまま、ダイニングテーブルの下に潜り込んだ。


 四つん這いの状態で玄関を見る。奥から母親――名前はマイらしい――が現れる。

 続いて30代くらいの女性、5歳くらいの男の子、70代くらいの老婆らが玄関から姿を現した。勝手に入ってきたところを見ると、かなり親しい仲らしい。親戚だろうか。 


「あら、エミさん。どうしたの?」

「どうしたのって、おばあちゃんとショウタ連れて遊びに来たのよ」

「あら。ごめんなさい。うちら、あと2時間もしたら旅行に行くの」

「え? そうなの?」


 母親とエミと呼ばれた女性がLDKに移動してくる。ダイニングテーブルのそばで立ち止まると、ふたりは立ったまま世間話を始めた。


「旅行ってどこに?」

「アメリカよ」

「アメリカ? すごいわね」


 1メートルほど離れた所に2人の足が見える。心臓が激しくブレイクダンスしていた。呼吸が荒くなり、慌てて腕で口を押さえる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る