第5話 1階 

 依然として心臓は狂ったように踊っていた。深呼吸しながら、玄関周りを見る。


 防犯カメラはないし、セキュリティで保護されていることを証明するステッカーなども貼ってはいない。

 10秒以上待ったが、中から声はなかった。赤茶色の大きな玄関ドアには、細長い曇りガラスがついているが、その向こうに人影が現れる様子もない。もう一度インターホンを押して10秒待つ。


 待ちながら玄関ドアの取っ手やシリンダーをよく見る。もしかしたらオートロックで、鍵は自動でかかる仕組みになっているのではないか。ホテルのドアじゃあるまいし、一戸建ての家でそんなドアがあるのだろうか。


 俺はポケットから軍手を取り出し両手に嵌めると、ドアの取っ手をそっと引いた。


 ドアは、あっさりと開いた。


 海外へ旅行に行くのに、施錠を忘れるとは、うっかりを通り越して烏滸の沙汰としか思えない。俺は振り返り、周りに人がいないことを確認すると、静かに家の中に侵入した。


 ドアを完全に閉めると、少し緊張が和らいだ気がした。しばらくそこで石像のように佇むも、家の中は耳鳴りしそうなほど静かで、人の気配は全くない。


 俺は腕時計をストップウォッチモードにし、オンにした。泥棒が盗みを働く時は、時間との勝負だというのを聞いたことがある。確か、侵入に5分、犯行時間に5分、計10分くらいがタイムリミットだったような気がする。侵入時間は0秒なので、たっぷり10分近く残っているということになる。


 俺はあらためて家の内部を見回した。すぐ右側にシューズクロークがあり、正面壁に大きな絵画が飾られている。左右に部屋があり、右側は和室、左側はリビングになっているようだ。


 俺は靴を脱ごうとして、ふと、動きを止めた。泥棒は家に侵入する時、靴を脱ぐものなのだろうか。

 靴を履いたままだと、足跡が残るような気がするし、固い靴底はゆっくり歩いたとしても多少音が出てしまう。

 靴を脱げば多少素早い動きをしても、ほぼ無音で移動できるが、誰かに見られた時や住人が帰って来た時などの緊急時に素早く外に出られない。


 どっちだ。靴は脱ぐべきか、履いたままにするべきか。


 数秒間迷った挙句、俺は靴を履いたまま上がり框の上にあがった。雨が降っていたわけではないので靴底は濡れていないし、土の上を歩いてきたわけでもないので、汚れてもいない。足跡などつくはずもないのだ。

 それに家の中には誰もいないのだから、多少の足音ぐらいは出ても構わないだろう。ここは緊急時に備えた方が良いような気がする。


 侵入して早々、10数秒タイムロスをしてしまった。だが、侵入時間は0秒だったので、これぐらいのタイムロスは許容範囲だろう。


 俺は左側にあるリビングルームへ移動した。正確にはリビングダイニングキッチン(LDK)で、優に30畳以上はありそうだった。


 天井は吹き抜けになっており、格子の手すりの間から2階廊下の壁やドアが見える。リビングスペースにはソファとローテ―ブルがあり、壁際にはテレビ台と50インチはありそうなテレビがあった。テレビは売れば金になりそうだが、もちろんこんな大きなものを持ち出すのは不可能だ。

 しゃがんでテレビ台を検分するも、売れそうなものは特に見当たらなかった。


 ダイニングスペースには、垂れ部分の長いテーブルクロスがかかったダイニングテーブルとダイニングチェアが4脚あった。L字キッチンには食器棚や冷蔵庫などがあるが、どちらにも金になりそうなものはなかった。キッチン奥に浴室やトイレがあるようだが、こちらは無視してもいいだろう。


 俺は玄関ホールへ戻り、東側へ移動した。最初に見た通り和室になっており、中央に和風の座卓、部屋の隅に高齢者が使いそうな高座椅子があった。やはりこの家には、あの4人の他に祖父母などが住んでいるのだろうか。


 北へ移動すると、右手に3畳ほどのウォーキングクローゼットがあった。中は冬物の服やコート、スーツなどで半分ほどが埋まっていた。

 ここなら高く売れそうなものがあるかもしれない。


 俺はハンガーにかけられている服をざっと〝目利き〟した。どんな服が高く売れるかはゴミ捨て場で培った経験がある。綺麗なものなら大抵売れるが、総じて高く売れるのは女性の服だ。

 端にある毛皮のコートを見つけると、パイプからハンガーごと取り出す。これなら相当高く売れそうだ。

 他に高く売れそうな女性ものの服を数着取り出し、一旦床に置く。バックパックを降ろしチャックを開けると、毛皮のコートを無理やり詰め込んだ。だが、半分ほど入れたところでバックパックは、ぱんぱんになってしまった。


 俺は舌打ちをした。これじゃ全部持ち出すどころか、1着も入らない。床にある他の服もおそらく1着も入らないだろう。バックパックの中身を全部出せば1着は入りそうだが、自分の指紋がべったりついたものをここへ置いていくわけにもいかない。


 服はボリュームがありすぎて持ち出すには不向きだ。俺は服を床から拾い上げると、もう一度ハンガーにかけ直した。


 ウォーキングクローゼットを出ると、俺は北の洋室へ移動した。洒落たインテリアが複数あるが、やはりどれも大きすぎる。本棚にびっしり本が並んでいるが、こんなものは売っても雀の涙だ。


 西側にあるドアを開けると、勝手口、浴室、トイレが見えた。どうやらキッチンの後ろ側とつながっているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る