第4話 決意

 気がつくと、先ほどゴミを漁っていた男性の姿はなく、辺りには誰もいなくなっていた。俺は立ち上がり、バックパックを背負うと、公園の出入り口の方へ歩き出した。

 

 ふと、喜々とした複数の声がする。右前方を見ると、大きな家の玄関から家族らしき4人の男女が、それぞれ大きな荷物を持って外へ出るところだった。


「早く世界一の動物園行きたいー」

 5歳くらいの男の子が何度もジャンプをする。


「私は早く自由の女神が見たい」

 男の子より少し背が高い、姉と思われる女の子がくるりと回った。


「ははは。お父さんはラスベガスでカジノがやりたいぞ」

 父親らしき男性が笑顔で二人の子供の頭をなでる。


「気が早いわね、あなたたち。まだ空港にも着いていないっていうのに。ほら、早く車に乗って」

 母親らしき女性が手招きをする。4人はガレージに移動すると、大型のミニバンに乗り込んだ。


 俺は唖然としながらその様子を見ていた。

 見落としていたんだろうか? いや、見落としてなどいない。間違いない。はっきりとこの目で見た。


 


 やがて車はガレージを出ると、北の通りへ走り去り、あっという間に見えなくなった。

 俺はもう一度、家族が出て行った家を見た。


 土地の広さは100坪近くあるかもしれない。平屋と2階建てが合体したような造りで、サイディングと石貼りの壁に窓は少なく、家というよりちょっとした集合住宅のように見える。綺麗に手入れされた庭と大きなガレージがついており、いかにも金持ちが住む家という感じがした。


 門扉などはなく、玄関ドアは丸見えで、行こうと思えば簡単に玄関先に行くことができる。一旦、中に入れば外から見られる心配はなさそうだ。


 とんでもない考えが頭をよぎる。一体何を考えているんだ。馬鹿なことはやめろ。


 理性は懸命に馬鹿げた考えを打ち消そうとしているものの、直感は的確に次の行動を指示していた。


 何気なく周りを見てみる。公園の遠くに人影が見えるが、こちらに注意を向けている様子はない。家に面している通りも人影はなく、車の行き来も公園に到着した時からほとんどないに等しい。

 気がつくと俺は、木々の間を抜け、先ほど家族が出て行った大きな家の方へ歩き出していた。

 

 俺は犯罪者になろうとしているのか。生まれてこのかた犯罪に手を染めたことなど一度もない。真面目に、謙虚に、人としての道から外れることなく生きてきたつもりだ。

 そもそも職を失ったのは会社の命令で自分の意志ではない。今は家や家族までも失い、理不尽な路上生活を強いられているが、これらだって生きるために仕方なくやっていることだ。やりたくてやっているわけではない。こんな糞みたいな生活とは一日でも早くおさらばしたい。


 これは神が与えてくれたチャンスなのだ。今まで真面目に生きてきた自分に、普通の人間生活に戻るための試練を与えてくれたのだ。泥棒になったところで今の自分に失うものはなにもない。これを逃せば自分は一生路上生活を続けるに違いない。


 通りに出て左右を見る。依然として誰もいない。


 心臓が激しく鼓動しているのがわかった。落ち着け。落ち着くんだ。冷静に。ごく自然に。


 俺は道路を横断し、先ほどの家族が出て行った家の玄関前まで来た。家族らの最後の会話を思い出す。

『自由の女神』や『ラスベガス』といった言葉から、行先はアメリカだと容易に想像がつく。それぞれが大きな荷物を持っていたこともあり、あの4人がすぐ戻ってくるということはあり得ない。


 1つ別の可能性が残っていた。この家の住人はあの4人だけでなく他にもおり、旅行に行ったのはあの4人だけで、残りの家族はまだ家の中にいるということだ。この家の大きさを考えればそちらの方が自然かもしれない。


 だが、もしそうだったとしても、特に問題はない。ジャケットにバックパックはいささか不自然かもしれないが、ぱっと見には不審者には見えないだろう。もし誰かに声をかけられたら、旅行で近くを通ったが道に迷ったとでも言えばよい。


 俺は指紋がつかないようにジャケットの袖越しにインターホンを押した。


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