青は見えないけれどね

各務あやめ

第1話

 鮫島真唯さめじままいは、この高校の有名人だ。

 真唯は、そこにいるだけで周りとは一線を画した存在感を放ってしまう。まるで別の次元の住人のような、独特のオーラのようなものを常に醸し出して、みんなの注目を集める。

 そして、そのことに彼女自身が無自覚なのも、また面白いところだ。彼女は多分、一種の天然だ。けれど集めているその注目というのは、一風変わったもので、美人で有名だとか、人気者だとか、そういうことではない。真唯は基本的に「変人」として有名だ。

 この高校きっての変人。もう少し正確に言うと、頭のネジが何本も、何十本も抜けた天才。天才だからこその馬鹿。

 真唯は天才だが、そのツケと言うべきなのか、その代わりというか、苦手分野に関してはとことん何もできない。人間に備わる才覚にあらかじめ容量が決まっているのなら、真唯はそのほとんどを、特定の分野だけに偏らせて生まれてきてしまったようだった。これが良いことであれ悪いことであれ、彼女はそんな運命だ。

 そんな真唯にできた高校の唯一の友達が、彼女と同じクラスの松下恵麻まつしたえまだった。恵麻は真唯とは対照的で、どこにでもいるような、普通の女子高校生だ。

 「真唯、ここの問題教えて」

 恵麻が教科書のページを指して言うと、真唯は即答する。無駄のない解答を、すらすらと淀みなく教えてくれるので、恵麻は真唯にかなりの頻度で勉強を教えてもらう。下手な教師よりも、彼女の教え方はずっと分かりやすい。

 真唯が教えてくれるのは、数学と理科だけ。

 恵麻は一度、真唯のテストの結果を見せてもらったことがある。丸だけがきれいに並んだ解答用紙を見た時の感動は、今でも忘れられない。そしてその後見た、国語の結果には今度は逆の意味で衝撃を受けた。

 数学満点、理科満点、国語10点、その他文系科目は全て赤点。

 なんで?! と愕然としたものだった。そんな恵麻に、真唯は「数学と理科以外は、興味がないから」と、特に気に留めた様子もなく、しれっと言い放つだけだった。でも彼女は、「数学と理科は自分の相棒だ」と真顔で言うのだった。


 とある日のこと、その日の授業では、県主催だかのコンクールで入賞したという生徒が、それをみんなの前で発表していた。理科の研究で、自分の近所の地質調査をしたとか何とか。内容をまとめた大きな模造紙を黒板に貼って、発表を終えた彼は、拍手を受けると照れたような、満足気な表情をしていた。おおー、と所々から感嘆の声が聞こえていて、確かに賞をもらうだけに、ちゃんとまとまった発表だった。

 と、その時だった。真唯が手を上げたのは。

 「あの」という突然発せられた彼女の鋭い声は、賑やかだった教室を一瞬で静まらせた。

 「質問があるのですが」と真唯は構わず続ける。発表をした彼は、驚いたような表情で、それでもすぐに応じた。

 「あ、はい」

 「その調査結果は、根拠が足りないと思うのですが、他に何か実験をしたのでしょうか。あと、その数値の出し方では正しい調査とは言えないと思います」

 「えっと、それはどういう……?」

 「例えば、調査1では全ての項目で条件が完全に揃っていなくて、数値ももっと割り出してグラフ化しないと……」

 真唯がひとつひとつ、箇所を指摘していく。話はどんどん高度になっていって、多くの生徒がぽかんとしていた。次々と発表の穴を浮き彫りにされた彼は、真唯の話が終わる頃には、しゅんとしてしまっていた。結局彼も何も言えなかったのだ。

 授業が終わった後、恵麻は真唯に「言い過ぎだよ」と咎めに行った。たとえ真唯の言うことが全て正しくても、別にみんなの前でさらけ出してしまう必要もなかったのではないかと思った。発表した彼にとっては、賞もとった研究だったのに。

 すると真唯はきょとんとして「でも、言わないと次の研究に繋がらないよ」と言った。

 「私、あの研究はすごく面白いと思って、興味も湧いた。もっと細かく、どういう考えでああいう結論に至ったのか、どういう経緯で調査をしたのか、知りたかったの」

 至極当然という風に、そう言い切った。

 ああ、そうなのか、と恵麻は思った。

 もしかして真唯は、賞をとった彼に嫉妬して、発表の穴を探そうとしているんじゃないかとすら思ったが、それは違うようだった。真唯は単純に、彼の研究自体に興味を持ったのだ。

 「真唯は、すごいね」

 ぽつりと恵麻は言ったが、真唯はきっぱりと首を振った。

 「ううん、確かに言い過ぎだった。謝ってくる」

 「え」

 恵麻が何か言う前に、真唯は席を立つと、真っすぐにさっきの彼のところに向かっていく。真唯を見た彼は、ぎょっとしていて、恵麻はハラハラしたが、真唯が一言二言何か言うとすぐに穏やかな表情になって、笑って話していた。

 真唯は席に戻ってくると、「いいものもらっちゃった」と嬉しそうに言って、手のひらに乗せたそれを恵麻に見せた。

 「……? 石?」

 それはどこにでも転がっていそうな小さな石だった。真唯は弾んだ声で話す。

 「ほら、よく見てみてよ。ちょっと赤いでしょ?」

 真唯が石の表面を指さした。

 「ガーネットが埋まってるんだよ」

 「ガーネット?」

 「うん、知らない? 地質調査の時に河原を見てたら、見つけたんだってさ。恵麻の誕生石だよ」

 確かによく見ると、石の表面には濃い赤色が、点々と散らばっていた。

 「へえ、これ誕生石なの? 私、1月生まれだけど」

 「うん、でしょ? 今度私も河原に行って探してみようかなあ。翡翠とか水晶も地域によっては拾えるらしいよ」

 そして大切そうにその石を撫でる。ガーネットが、光に当たる度キラキラと深紅の輝きを放っていた。


 そしてその後も、真唯は相変わらずだった。

 定期試験の朝、彼女は登校時間ギリギリに教室やってきた。教科書とにらめっこして、少しでも多くの知識を頭に詰め込もうと足掻いていた恵麻は、真唯に挨拶しようとして一瞬顔を上げ、絶句した。

 おはよう、と掠れた声で応えた彼女の、目の隈の濃さと顔色の悪さといったら。

 「昨夜、本を読んでいたらいつの間にか朝になっていた」と、焦点の定まらない目で言う。フラフラとおぼつかない足取りで席に着く。

 やばいよ! と恵麻は自分のことなど忘れて焦る。

 「今日、国語と歴史だよ? 冗談抜きで、真唯、留年しちゃうよ!」

 ううん、そうかなあ、と当の本人はぼんやりと首を傾げるだけだ。真唯のリュックには、『フェルマーの最終定理解説本!』と表紙に大きく文字が躍っている本が入っているだけで、教科書の類は、申し訳程度に一冊の問題集しかなかった。

 それも数学の。

 ―今日、数学ないし!

 ああもう、と恵麻は自分のノートを彼女に差し出す。

 「これ! 今からでも、これだけ覚えて!!」

 今にも眠ってしまいそうな真唯の肩を揺すりながら、恵麻はこれ覚えて、これは必須だから、と必死に暗記させる。周りの生徒は苦笑いしたり、というか失笑してこちらを見ているけれど、そんなこと今は気にしてられない。途中、前に真唯に宝石をくれた彼が通りかかって、真唯の疲れきった表情を見るなり、少し笑ってこのドタバタした勉強会に参加した。恵麻と二人がかりで、あーだこーだ真唯に教える。

 後日、「赤点だけは免れたよー」と、のほほんと真唯は報告してきた。

これで留年しないよ、ありがとう恵麻、とお礼を言って、すぐにノートの計算式に戻ってしまう。

 「いや、こっちも数学とか教えてもらってるからさ……」

 もうこの子は、何なんだろう。友達だけど、畏れすら感じてしまう。

 ちなみにその回も、数学と理科だけは、きっちり彼女は満点を引っ提げてきたのだった。


 そしてまたとある日のこと、恵麻にひとりのクラスメイトが話しかけてきた。恵麻とはそれなりに仲が良い子だから、気安く「恵麻、聞いてよー」とやってくる。

 「鮫島さんのことなんだけどさ」

 「え、真唯がどうかしたの?」

 「うん、ちょっとね」

 彼女はそこで教室を見渡した。真唯がいないのを確認したのだろう。それでも少し声を潜める。

 「鮫島さんさ、最近、流星りゅうせいくんと仲良いでしょ? なんていうか、ちょっと気を付けた方がいいと思って」

 「りゅうせいくん?」

 一瞬誰のことか分からなかったけれど、数秒経って思い当たる。あの石をくれた彼だ。真唯も恵麻も、普段は彼のことは名字で呼んでいたから、下の名前を言われても分からなかったのだ。

 「でも、気を付けるって何を?」

 「今、悪い噂が出てるんだよ」

 「悪い噂? 誰の?」

 「鮫島さんのだよ」

 そこで恵麻は思い出す。そういえば、女子たちがよくトイレで男の子について話している時、しきりに「流星くん」という単語を耳にした。彼はみんなの人気の的なのだ。

 「もしかして、真唯が妬まれてるってこと?」

 「……まあ、端的に言えば」

 彼女は少しバツが悪そうだった。この子も前に、例の彼について他の子と話していたのを恵麻は見たことがある。真唯の悪口も、その中で聞いたのかもしれない。

 「鮫島さんと仲の良い恵麻にもさ、何かあったら嫌だなって思ったの」

 「……そっか。教えてくれてありがとう」

 あくまでも真唯のためではなく、自分の仲の良い恵麻のため、というのに少し引っかからなくもなかったが、恵麻は礼を言う。

 真唯について、悪い噂を聞くのは珍しくなかった。恋愛絡みなのはこれが初めてだったが、もっと軽いものは恵麻も知ってるし、何なら真唯の耳にだって入っている。

 例えば、国語の授業ではずっと寝てるのに、何で数学の時は起きていて、圧倒的にできるんだよ、みたいな嫉妬と褒めているニュアンスが混じったものとか。もう少したちが悪いと、ズバズバと発言しがちな真唯を、キツイ人間だと言ったりとか。

 みんな真唯やその友達の恵麻には、大っぴらには言わないようにしているけど、そんなのバレバレだ。でも、真唯はそんなに気にしてない、というか、そもそも気にならないらしい。勉強で数学や理科にしか興味がないように、彼女は人間関係にも疎いところがある。まあ、本人がそうなら恵麻も気にしすぎるのはどうかと思ってきたが。

 今回は、まずい。女子は怖い。

 自分でその怖さを体験したことはなかったけれど、本能的に分かる。というか、「流星くん」のことだって、噂になるほど二人が仲がいいとは言い難いはずだ。せいぜい数回話したことがあるくらい。多分、彼が真唯に石をあげた時、テスト前に一緒に勉強してた時、あの一瞬を女子たちは記憶していたのだ。その場面だけを選んで、自分たちの中に取り込んで、周囲に伝播していく。ぞっとした。

 恵麻が黙り込んでいると、「恵麻、大丈夫?」と噂を教えてくれたクラスメイトが言った。こちらを心配そうに覗き込んでいる。

 「鮫島さんと仲いい女子って、恵麻くらいしか思いつかなくて……。その分、余計に心配というか……。な、何かあったら相談して」

 「うん、ありがとう」

 頷くと、彼女は自分の友達のグループに戻っていく。そこで何を話しているのだろう。想像すると怖い。

 心配とは言えども、何かあっても彼女は、あちら側に付くだろう。今まで真唯とも他の子とも付き合ってきたけど、これでこの構図も変わってしまうのかもしれない。でも、孤立するのも嫌だ。

 恵麻は教室を出る。女子トイレの前を通ると、キャハハハ、といつもの笑い声が聞こえてきた。無意識のうちに耳を澄ませて、そこに悪意がないか探してしまう。

 すると、「鮫島さんが」と聞こえた。

 ぎょっとして、思わずそこで立ち止まる。まるで自分のことのように、恵麻は立ち尽くした。けれど、話している内容までは聞こえない。トイレの入り口近くで、恵麻は棒立ちのまま動けない。もっと近くに行けば何を話してるのか聞こえるだろう。でも、聞かない方が良い、と心の中の自分が訴えている。

 恵麻も女子だから、嫌でも雰囲気で分かる。これはあまり気持ちのいい話じゃない。

 ここで恵麻が突然入っていったら、どうなるだろう。

 一瞬そんなことを考えてしまうが、すぐに駄目だと思い直す。そんなことしたら、今度こそ真唯も、恵麻も居場所がなくなる。もっと状況は悪くなる。

 そう結論づけて、恵麻はその場から立ち去った。本当はここで動けていれば、彼女たちはもうやめたかもしれない。これで解決したかもしれないけれど、その可能性を恵麻は考えたくなかった。自分の行動力のなさが親友を守りたい気持ちが勝ったなんて、認めたくない。何をしても駄目だったんだと、繰り返し自分に言い聞かせるしかなかった。

 教室に戻ると、真唯はいない。でもそのことに、なぜか少しほっとしてしまう自分が、情けなく思えてしまう。

 女子ってやだなあ。心の底から恵麻は思う。女子というか、こんな面倒くさい人間関係に関わること自体が嫌だ。でもこの学校にいる限り、嫌でもこの面倒で無駄な悩みを持ち続けなければいけない。溜息が出る。ここはものすごく窮屈で馬鹿馬鹿しい空間だ。

 そう考えると、真唯が性別的にはあの女子たちと同じだということが、何だか不思議に思えてしまう。他の女子が浮かべる可愛らしい笑顔と、真唯が恵麻に向ける笑顔は、全く違うものに思える。真唯はいつだって、ストレスフリーの人間だ。


 真唯と恵麻は、一緒に家に帰ることが多い。それが毎日ではないのは、真唯が図書室に残ったり、途中で本屋に立ち寄って永遠に科学雑誌を眺めたりするからだ。けれど今日は、恵麻が一人で帰りたい気分だった。

 授業が終わると恵麻はさっさと荷物をまとめ、「用事があるから」と嘘を吐いて、急いでいる振りをした。真唯は、頷くだけで特に何も言わなかった。恵麻は足早に教室を去ろうとする。

 真唯は、平気なのだろうか。

 今までみんなが言ってきた真唯の噂、陰口は、もちろんいいものではなかったけれど、完全な悪口でもなかった。それは、真唯に対する尊敬とか羨ましさとかから来る嫉妬がほとんどだったからだ。真唯は抜けてるけど、とんでもなく頭がキレるから。そういう嫉妬は真唯の凄さに起因するのだから、別に傷つくこともなかった。

 でも、本当にそうなのだろうか。ふと恵麻は思った。

 真唯はそういう人間関係には鈍感で、興味がないから気にしてないと思っていたけれど、もしかしたら傷ついていたんじゃないか。気づいていない振りをして、実は裏で自分がどう思われているかも全部把握していたんじゃないか。なんせ、あの子はすごく頭がいいから。

 いや、ないない。

 恵麻は首を振る。だって、真唯はあんなにも伸び伸びと生きている。それこそ、他人の視線なんて眼中にもないかのように。

 それでも、もしも。

 もしも、真唯は言わないだけで、気にしているのだとしたら。それを流し続けてきた自分は、今まで何をしてきたのだろう。


 昇降口に来て靴を履き替えようとした時、恵麻はふと思い出した。

―お弁当箱、鞄に入れたっけ。

 その場で鞄を開け、中身を覗き込む。探しても見つからない。きっと教室のロッカーの中だ。急いで来たせいで、持ってくるのを忘れた。

 どうしよう。本当はもう帰りたい気分だったけれど、お弁当箱を一晩放置するのは無理だ。お母さんにだって怒られる。

 手早く行って、すぐに戻ってこよう。そう決めて、恵麻はもう一度教室に向かった。

 そこで見た光景に、恵麻は目を見開いた。

 教室の窓際に、四つの影がある。全員、女子だ。一人がこちらに背を向けていて、あとの三人がこちらを向いてその子と話をしている。あの背中は、真唯だ。真唯と対峙している三人は、今日恵麻が話したあの女子と、その仲のいいクラスメイト二人だ。

 嫌な予感が、頭を横切る。真唯が恵麻以外の女子と話しているのはあまり見たことがない。彼女は教室ではたいてい一人で本を読むか、恵麻といるかだから。

 話の内容は? 声が小さい。言葉の端々しか拾えない。

 「……くんのこと」

 「……けど」

 「……本当はどうなの」

 真唯の表情は見えない。一人と三人。放課後の教室は静かで、夕陽が窓から差すだけだ。

 ……え、怖い。

 まるで何かのドラマのワンシーンを観ているかのようだった。冗談みたい。思わず目を擦って、もう一度見てしまう。―冗談じゃない。

 さーっ、と徐々に体が冷えていく。これからどうなるのか、恵麻には全く見当もつかない。

 廊下からかすかに、パーッ、と吹奏楽のトランペットの音が届いた。

 行けよ、と囁いてるかのように。

 「待って!!」

 手遅れになってしまう前に。その気持ちが強かった。気づいた時には、もう飛び込んでいた。えっ、と四人が一斉に恵麻を振り向く。

 止まっちゃ駄目、考えちゃ駄目。そう自分に言い聞かせ、足を動かして机と椅子を掻き分けるように、教室に入る。恵麻の隣に立ち、三人を真正面から見据える。

 「ちょ、え、恵麻ちゃん……?」

 さっき話した時は呼び捨てだったくせに、恵麻と向き合った瞬間、ちゃん付けだ。恵麻ちゃん、どうしたの、と恵麻をなだめるように笑顔で言う。それを見て、自分の心が冷めていくのが分かった。

 馬鹿だなあ。ここで私に優しくしちゃったら、自分のしたことを認めてるのも同然なんだよ。

 「私に本当の事を話してくれたことは、感謝してる。でも、これはなしじゃない?」

 恵麻は彼女の目を見つめて、一語一語はっきりと言った。他の二人にも顔を向けると、さっと視線を逸らされた。

 きっとこの子たちとはもう前みたいに話せないだろうなあ。けれど、そんなこと、どうでもよかった。そう思えてしまう自分に、かすかに驚く。

 力を込めて、三人に言う。

 「あのさ、」

 「恵麻、違うよ」

 恵麻はびっくりして、隣を振り向く。

 恵麻の言葉を遮ったのは、真唯だった。

 彼女は、何てことないように、いつもの調子で言う。その顔は笑っているわけでも怒っているわけでもなさそうで、本当にいつもの真唯だった。

 「恵麻、違うんだよ。この三人にはね、私から話しかけたんだよ。ちょっと相談したいことがあって」

 「相談?」

 「うん」

 真唯は頷く。

 この状況でそれはないでしょ、と口から出る前に、「そうだよ!」と三人の女子のうちの一人が言った。

 「そうだよ、やだなあ恵麻ちゃん、なんか誤解してなーい?」

 「こんな怖い恵麻ちゃん初めて見たよー」

 今がチャンスとばかりに、三人は口々に言う。ねー、そうだよね、とにこにこと頷き合う。

 「本当だよ、恵麻」

 真唯が静かな声で言う。恵麻は聞く。

 「……相談って、何なの」

 「うーん、それはちょっと言えないかな」

 真唯は微笑を浮かべて何てことない様に振る舞う。その表情から、恵麻は何も汲み取れなかった。

 真唯を見ていたら、何だか興奮している自分が場違いに思えてしまう。

 真唯は笑顔を崩さずに言う。

 「ね、ほら何も無いって。……木下さん、武田さん、斉藤さん、ありがとう。もう行っていいよ」

 真唯は張り詰めた顔をしている三人の名前を一人ずつ呼んで、お礼を言った。その言葉を聞くと、三人はびっくりする程速いスピードで、こちらを振り返るまでもなく教室を出て行った。

 その様子を見て、恵麻は自分の直観が間違っていなかったことを知る。真唯を振り返る。

 「真唯、本当は何を話してたの」

 「んー? 何も」

 「本当のことを話して」

 「恵麻、私は何も話してないよ? ―ただ、あの子たちが突っかかってきただけで」

 真唯はそこで、初めて声を低くした。恵麻は思わずぎくりと体を固めてしまう。

 ははっ、と渇いた声で真唯は笑う。

 「私、恋愛とか分かんないからさー、ノーコメントでいかせてもらったよ。女の子って話すのが好きみたいだからさ、こういう時は黙ってるのが一番だよ」

 恵麻は驚く。真唯が、こんな冷たい声を出すのか。

 「私が来なかったら、どうするつもりだったの」

 「うーん、分からない。恵麻、来てくれてありがとうね」

恵麻は思う。私は真唯を、どこか勘違いしていたのかもしれない。

多分、真唯は鈍感なんかじゃない。きっと全部、分かってるんだ。

すごいな、と彼女に出会ってから何度目になるか分からない感嘆の声を恵麻は漏らす。真唯、あなたはすごいよ。いくら恋愛に興味がないとはいえ。

 「その身軽な感じ、私に分けてくれないかな」

 恵麻が言うと、真唯はきょとんとする。

 「身軽?」

 「その、いい意味で人目を気にしない感じだよ」

 本当に、自分に分けてもらいたい。頭では分かっていても、恵麻はいつも体裁ばかり気にしてしまう。自分の軸を、真唯のように強く保てないから、ふらふらと色々なところを行き来してしまう。

 身軽ねえ、と真唯は首を傾げる。

 「私が身軽なのは、恵麻のおかげだけどね。さすがに一人じゃ、怖い」

 「えっ」

 恵麻は真唯の顔を見る。真唯は、どうしたと言わんばかりに真顔だ。

 これだから、この子は。

 恵麻は笑う。明るい声だと、自分でも分かった。

 「ねえ真唯、流星くんの石、私にちょうだいよ」

 からかい半分で、恵麻は言ってみる。流星くんとか言っても、真唯はぽかんとするだろうな。ほとんどそう確信していたが、真唯は予想外の反応をした。

 「あげるわけないじゃん、入江いりえくんの石だよ?」

 そう言って、鞄の中に手を突っ込んだかと思うと、あの時のガーネットを私に見せた。

 「入江くんが、せっかく私にくれたんだからね」

 真唯、もしかして青春隠してる?

 私の親友は、本当に侮れない。名前ではなく、本人の前でそうするように名字で呼ぶのも、真唯らしいな、と思った。真唯の頭の中には、ゼロとイチしか存在しなくて、その中間地点が、すっぽりと抜けているんじゃないかと、今まで恵麻は思っていた。でも、案外人は見かけによらないらしい。

 真唯は大事そうに、石を撫でている。小さな石だけれど、以前より少し磨かれたように見えた。

 宝石の欠片が、真唯の手の中できらりと光った。

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青は見えないけれどね 各務あやめ @ao1tsuki

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