第6話 小近衛家の一族「逢」
「なんや、世知辛いなぁ……せっかくカラフルな戦隊さんやのに、今日は、イエローさんお一人だけなんかいな。まあ、特撮物の世界は緊縮財政が常やと聞き及んではいますけど。そのかわり……お客さんの視線が、イエローさんに集まりますなぁ。うちの娘にもや。イエローさん、いえ、
「なあ、きみ……築地塀に萌えるんか?」
六花は、白い土塀の前に佇み見上げていたところ、男に声を掛けられた。
「ああ、真田さん」
それは、イエローの戦士のバトルスーツを、マスク部分以外は既に装着した、スーツアクターだった。「京都でモテモテ、ドッキドキ!?」を撮影した際に、ゲストである六花と共演する場面も多かった相手である。
六花も六花で、天才陰陽師ミココの衣装を纏い、狐っ娘の「特殊メイク」も済ませていた。出番までにまだ時間の余裕があったので、時代劇のセットを見学させてもらっていたのだ。
出番と言っても、今日の六花たちの仕事場は、撮影所の中ではない。撮影所に併設された映画のテーマパークで、握手会を行うことになっているのだ。
「あの、私は、塀との出逢いにときめいてたんやのうて……忍者がこういう塀にヒラリと飛び乗るようなワイヤーアクションて、あるあるやないですか。そういうのに憧れてる、ゆーんか……」
「ワイヤーアクションか! 俺、得意やで!」
真田は、まさに得意げに、親指で顔を差した。
「わぁー……」
六花の大きく黒目がちな眼に、素朴な憧れの星が輝いたのだった。
六花が、映像作品におけるアクションに興味を抱いているのは事実だ。しかし、最大の本音を真田に打ち明けるわけにはゆかなかった。
彼女が見上げていた築地塀は、高さ約三メートル。実は、「このくらいやったら、私にも飛び越えられそうやな」というのが、六花の心の声だったのだ。
やはり母は偉大だった! 麗子の指導の元、一ヶ月ばかり飛行術の修行に勤しんだところ、六花は、二階の高さまでなら飛べるようになったのだ。十階建てをものともしない麗子とは、まだまだ比ぶべくもないが。そして、「逆バンジーッ!」と叫んだほうが、気合いが入って飛びやすいのも事実だったが。
そして、麗子の見立て通り、飛行術の初歩を身に付けたころ、六花は、自分の意思で姿形をコントロールできるようになったのだ。
ゆえに、人間そのものの姿を取り戻して暮らしていた六花は、今日は、瞬時にして、金色の耳と六尾を生やして、狐っ娘の姿となったのである。
「せや、さっき、きみのお母さんが、『娘をよろしく』
真田は、まんざらでもないといった様子で、頭を掻いた。
六花の狐耳が、ピクリと反応した。
「せやかて、スーツアクターさんは、ヒーローの中のヒーローやないですか!」
拳を握って声をあげた六花に、真田は、面食らったような顔をしてから、笑み崩れたのである。
ただし、六花は知っている。麗子が人間の名前を把握する理由というものは、多岐にわたるということを……
「あのっ!……真田さん、お母さんに挨拶されただけですよね? 呪われたりしてはりませんよね?」
「なんじゃそりゃ!?」
とっても気になる点だったので、六花は、婉曲的な表現ができないまま、直球をぶん投げてしまった。真田にしてみれば、子供の冗談にしか聞こえなかったらしく、彼は、声を立てて笑ったのである。
「まあ、あんだけ美人のお母さんやったら、敵の女王様の役とかはまりそうやけどな。そんで、ごっつい呪いの力を持ってはるんやけど、自ら呪われたがる人間が後を絶たへん、みたいな……」
真田は、戦隊物の世界観に引き寄せてそう言ったが、六花には、「だいたい合ってる」ように聞こえた。
まあ、考えてみれば、真田のことを今呪っても、麗子に利益があるとは思えない。六花がとっても訳アリだった、撮影当日とは違うのだから……
撮影当日の未明、戦隊のリーダーたるレッドの変身前を演じる俳優が、突如として、発熱と喉の痛みを訴えたのだ。
彼は結局、京都での撮影には不参加ということになり、その影響で、ストーリーに変更点が生じた。
天才陰陽師ミココは、悪い狐に呪われてしまった。そして、解呪の儀式に必要な、古代の土器を探し求めていたところ、京都に帰省していたイエローと出逢ったのである。
ついにただ一個だけ見つかったその土器は、実は、イエローを追い詰めた難敵を弱体化する力まで秘めていた。
ミココの解呪か、難敵の弱体化か、どちらか一方のためにしか、土器は使えない……
京都に全員集合した戦隊ヒーローたちは、迷わずミココの呪いを解くことを選び、人間の姿と天賦の才を取り戻したミココの助太刀もあって、難敵を倒すことに成功した——というのが本来のストーリーだった。
しかし、変更後は、「お友達やから」と、ミココが独断でイエローを救うべく土器を使ってしまう。そして、戦隊が敵を倒した後、「うちは天才やから、心配せんといて!」と、狐っ娘の姿のまま、笑顔で一同を見送ることとなった……
つまり、麗子が「特殊メイク」として押し通した姿のまま、撮影を終えることができたのである。
「お母さん、あの人に、なんかしたん?」
「いやぁ? 夏風邪って怖いなぁ」
麗子は、レッド役離脱への関与を否定したが、鼻歌を歌いながらスキップしたのである。
「なぁ、六花ちゃん。人間のお肉を食べるんは、やっぱり嫌か?」
やがて、振り向きざま、麗子は尋ねた。
「うん、絶対に嫌や。私は、人間でもあるんやから」
六花はその時、未だ妖狐の耳と尻尾を生やしたままだったが、大妖怪の化身たる養母に向かって、きっぱりと自分の意思を伝えたのである。
「そうか。同族の肉を食べとない
麗子は、娘の頭を撫でた。
「ほな、なおのこと、女優さんとして頑張らなあかんえ。女優さんとして人気者になることができたら、おのずと、ファンの情熱という精気を吸収できるはずやよって。人間の精気は、お肉にも負けへんくらい、妖狐の滋養の源やからな!」
肉も精気もいける口の麗子は、笑顔で娘を励ました。
因みに、レッド役の俳優は、翌週には仕事に復帰した。どうやら、麗子にどこか齧られたとか、精気を根こそぎ吸い取られたとかではなかったようである。
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