エピローグ 1
──白く無機質な通路を行く五人。
ムササビがおぶるハルマを眺めるハヤブサ。
「──ハルマ君には驚かせされっぱなしだったけど、結局、ハルマ君のあの能力ってなんだったのかしら?」
「それは俺も討伐中、ずっと思ってた。バトルスーツも着ないで、オリジンと対等に渡り合うランダーなんて見たことないよ」
ムササビは自分の背中で熟睡しているハルマをちらりと確認する。
「それだけじゃないっすよ、こいつだけ結界の内と外を行き来できたり、戦ってる最中もなんか動きがおかしかった」と、カナタは荒っぽくハルマの頭を撫で回した。
「ああ、結界の無効化、あと、身体強化に高速移動、それに一瞬、ハルマ君の動きを捉えきれないことが何度もあった。まるで、動画のコマ送りみたいな錯覚を感じたよ」
「あ、それ、私も感じた」
ハルマの安らかな寝息がムササビの耳に聞こえてくる。
「でもやっぱ、あの刀よ! あの刀、ほんとなに? 彼が刀をロードした時のあの異常な魔力放出、あれで“神龍寺”の魔導障壁も結界符もみーんな、ぶっ飛んじゃったし」
思い出して、ハヤブサはまた興奮を隠さずに言う。
「斬撃は増えるは、刀身は伸びるは、やりたい放題だったな」
「しかも、結界もぶった斬りやがった」
「あれはほんとにびっくりしたね」
三人はしみじみと頷いた。
「──でも、マジで不思議なんだけど、ハルマ君に魔力は全く感じないんだよなぁ。初めは、魔導妨害のせいかと思ったんだけど、魔導妨害が無くなった後もやっぱり感じなかった……あれは、あの力は一体何なんだ?」
ムササビはずれたハルマの身体を優しく上げ直した。
「……それまでの動きもさる事ながら、最後も凄かったっすね。最後のあれは今までのこいつとは少し違う、なんつーか、それまで以上にパワーアップしたってか……」
「なんか、光ってたよね」
「そう、そうなんだよっ、あの赤い光は何なんだよ」
三人は首を傾げる。
「あの、俺、思ったんですけど──」と、ナツモが意味深に口を開く。
「──あれって、“霊力”じゃないですか?」
ムササビはぴたりと止まって、ナツモを振り返る。
ハヤブサとカナタも同じように、ナツモの顔をじっと見る。
「お前……“霊力”って、あの“霊力”のことを言ってんだよな?」
ナツモは「ああ」と頷く。
「……神とかその従者だとか、神聖で高貴な存在だけが持ってるって、あの“霊力”こと、言ってんの、コウセイ?」
ナツモは「ええ」と頷く。
「“魔力”と対なす、『聖なる輝きと導きの力』と言われてる“霊力”のこと、だよね?」
ナツモは「はい」と頷く。
三人は黙ってじっと顔を見合わせ、ナツモへ振り返り──
「ない、ない、ないない、ない」
──と、三人は声を揃えて、大袈裟に手を横に振ってみせた。
「お前、何言ってんだよ」と、カナタは笑う。
「そんな訳ないじゃん」と、ハヤブサも笑う。
「コウセイでも、冗談言うときがあんだな」と、ムササビはしみじみ言って、笑った。
「何が悲しくて、こんな腑抜け面の神聖存在がいるってんだよっ、おい。いてたまるかってんだ」
「ほんと、いつも読みの鋭いナツモ君らしくないね、よっぽど疲れてんのね」
「コウセイ、“霊力”なんて滅多にお目にかかれないもんだって分かってるよな? ベテランランダーでも生涯、目の当たりにすることがあるかないかの超レアな力だぞ。それを、ハルマ君が持ってるなんてさ……」
「──ない、ない、ないない、ない、ない」
三人は声を揃えて、もう一度、言い切った。
ナツモは眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちする。
──ムササビが背負うハルマを見つめるナツモ。
彼と出会ってからの事を振り返る。
魔力の権化ともいうべきオリジンがハルマにだけ見せたあの嫌悪感。
オリジンに痛恨のダメージを与えたハルマの素手による攻撃。
魔導障害に干渉しない不可思議な能力。
身体強化や高速移動、結界を無効化する体質……
その不可思議な現象の根源が“霊力”ということであれば全ての説明が付く。
──ムササビにおぶられて能天気に熟睡しているハルマ。
寝息を立てる暢気な横顔に──
「──やっぱ、思い過ごしか?」と、ナツモは自嘲した。
他の建造物とは一線を画す、精巧な
扉の前で待機しているランダーたち。一様にその顔つきは険しく、緊張感が漂う。
扉の奥から聞こえてくる不穏な騒音に不安を募らせながらも、隊長たちの帰りを今か今かと待ち続けていた。
そして、その時がやってくる──
重苦しい物音を立て重厚な扉が開かれていく。
自然と一同の視線は扉へと集まり、緊張が昂っていくのを誰もが感じた。
固唾を飲むランダーたちの目の前にムササビ一行が姿を現す。
「みんな、お待たせ」と、隊長が一言。
待機していたランダーたちはまだ緊張を解かない。
その視線は今、ムササビに向いている。
「オールクリア、もう大丈夫」
いつもと変わらないムササビの薄い笑み──
残されたランダーたちから歓声が湧き上がった。
──皆が胸を撫で下ろすなか、不意にヒワハ隊員の顔だけが曇る。
ムササビに背負われたハルマを見て、悪寒が走った。
「──心配すんな、寝てるだけだ」
すれ違い様にポツリと言って、カナタは彼女の肩に手を置いた。
「あいつのおかげだ」と、もう一言。
ヒワハ隊員は安堵のあまりに込み上げるものを必死に堪えて、ハルマに小さく一礼。
そして、カナタの背に小さく敬礼。
「──はい、じゃあ、カナタは先に負傷者を連れて本部に戻ってくれ。残りの者はこれから、クラフトの閉界処理に取り掛かる。通常の手順通り、最下層から順に閉界していく。まだ完全にビヨンドの気配が消えた訳じゃないから、くれぐれも気をつけて任務に当たるように」
ムササビは騒めく魔導隊員たちに素早く、当たり前に指示を飛ばした。
「はいっ!」
ようやくの出番に隊員たちの士気は自ずと上がるなか──
「……ねえ、もしか、もしかしてだよ、私も閉界作業終わるまでここにいなくちゃいけないわけ?」
ハヤブサは不躾にじとっとムササビを見つめる。
「当たり前だろ、“魔導班”の警護もしてやんなきゃだし、それにケイは今回、副隊長なんだから、最後までいなきゃマズいだろ」
ムササビは毅然と答える。
「なんでよぉ」と、ふくれっ面のハヤブサ。
「わがまま言うなよ、閉界なんて、ほんの二、三時間で済むんだからさ、我慢しろよ」
「超過労働、断固反対! 即時退界希望っ!」
「ダメ、絶対っ」と、ムササビは口をへの字に結ぶ。
「じゃあ、ハヤブサさんの代わりに俺がここに残って──」
「──コウセイは早く帰れよ!」
「──お前はとっとと帰れよ!」
「──君はさっさと帰りな!」
三人は声を揃えてナツモに言った。
「……チッ!」
そして、ふてくっ面のハヤブサは黙ってムササビの脛を蹴る。
「あいたっ!」
「早く、終わらすわよ」と、一言。
ハヤブサは魔導隊員たちを引き連れて歩いていく。
やれやれと溜め息を一つこぼして、その背中を見つめるムササビ。
「──ムササビさん」と、カナタ。
「ムササビさんの背中の“それ”も連れて戻りますか?」と、ハルマを指差す。
「いや、“これ”はいいよ、いいんだ」
怪訝な顔つきのカナタ。
それもそのはず、今のハルマはただのお荷物でしかない。
「ハルマ君が本当に麝香機関所属のランダーなのか、まだ分からないからしさ──」
ムササビはさらりと皆の心の奥底に留まったつっかえを抉り出す。
「いや、でもっすよ……」
口籠るカナタの目にムササビの薄い笑み。
「あの時は魔導障害の真っ只中、予測不能の事態なんていくらだって起こりうる……誤認識、予期せぬ間違いなんてさ、あって然るべきだろ?」
冷静で、優しく、そして残酷に、ムササビはカナタにその可能性を突き付ける。
──慌ただしい任務を理由にずっと考えないようにしていた一抹の疑念。
見えないように──見えないふりをしていた疑惑の真相。
「……百歩譲って、他所属のランダーならまだしも、ただの民間人をクラフトに入界させて、あまつさえオリジンと戦わせたなんて知れたら……俺とケイは確実にクビだな」
ムササビは肩をすくめて自虐的に微笑む。
「んなことにはなんねえっすよ!」
カナタは語気を荒げる。
その言葉にはなんの根拠もないから、声を荒げるしかない。
いつもと同じように、冷静で、優しく、ムササビは薄い笑みを浮かべていた。
「──まあ、まだ俺も全ての状況を飲み込めてないし、把握できてないしさ、どう転ぶかは分からないし……それこそ、神のみぞ知るってやつだな」と、ムササビは自虐的に笑う。
「俺が先に事の経緯を、フダイさんに報告しとくから、本部に戻ったら、色々聞かれると思うけど、細かい補足をよろしく頼むよ」
「分かりました」
「誰も顔も名前も知らない人間をいきなり連れて帰ったら、それこそ大混乱だしな。まだ、ハルマ君には聞きたいこともあるし……それに、ほら、色々と口裏も合わせないといけないだろ?」
そう言って、ムササビは悪戯な笑みをカナタに見せる。
「たくっ」と、寝ているハルマの頭を叩いた。
他人事のようにすやすやと眠るハルマ。
「了解っす。じゃあ、俺は行きますで、閉界処理、お願いしますね──」
固く見つめ合う二人。
「ちょっと! なにくっちゃべってんのよ! さっさと閉界処理しに行くよ!」
ハヤブサが苛立ちを露わにムササビを呼んでいる。
「分かってる、今行くから! じゃあ、サンザ、本部でな。あ、コウセイなら大体のこと分かってると思うけど、今の話、一応、あいつにも説明よろしくな。あと、また無茶しないようにしっかり見張ってろよ、負傷者がいるんだから無理な戦闘は避けてな、困ったことがあったらすぐに連絡するように、寄り道しちゃダメだぞ、それと、本部に着いたら、コウセイはすぐに医務室に──」
「──わーってるから、早く行って下さいって!」
痺れを切らして、カナタは無理矢理にムササビを送り出した──
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