49
目の先で真っ二つに斬り倒されたオリジンを、唖然と見つめるナツモ。
それは、一瞬の出来事──
瞬く間すらもなく、「結果」だけが目の前にある。
「斬った」という事実だけが、その眼に映る。
「……って、おいっ! てめぇっ──」
我に返るナツモがハルマに詰め寄ろうとした矢先──、
「うらあぁぁぁーっ!」
ハルマは真っ二つに斬り倒されたオリジンにダメ押しの一太刀を浴びせた。
振り抜く刃は数多の斬撃を生んだ。
震えるナツモの肩。
「な、に、やってんだよ……の、大バカヤロウッが!」
ビヨンドの群れの中、背と背を合わせるムササビとハヤブサ。
「──なあ、おい、ケイ、全力の“ハヤブサ斬り”でさ、あの輪刀、叩き斬れるか?」
「はあ、何言ってんの? そんなの無理に決まってんじゃん、あんたはできんの?」
「いやいや、無理だろ」
そう言って、二人は立ち位置を入れ替わる。
「ハルマ君……彼って、ほんと何者なんだよ?」
ムササビはナツモにガミガミと責められているハルマを眺めた。
「私が連れてきたんだからね」と、ハヤブサは得意げ。
二人はまた、離れ離れにビヨンドの群れに向かっていく。
「──いや、ちょっと、勢い余って……」
「なにがだよ! どうせ、くっだらねえこと考えてて、俺が言ったこと忘れてたんだろ」
「いえ、これは、キッチンに置き忘れられた牛乳の情念がさせたと言いますか……」
「意味分かんねえよ」ナツモはハルマの肩を押す。
「一撃目はまだしも、二発目は完全に確信犯だろ、てめえっ」
「いや、もう、どうにでもなれという気持ちで……」
気まずそうに顔を伏せるハルマ。
「ざけんなよ、おいっ」
俯くハルマにさらに詰め寄るナツモ。
「てめえ、オリジン、細切れにして、なんか策があんだろうな」
冷たく鋭い、乾いた声で尋ねる。
「なあ、ナツモ氏、ここから、あの結界ってどれくらいかなあ?」
「ああん? ……百、いや、百五十メートルはあんだろ」
「そっか、だいぶ遠いな……」
睨むナツモを尻目に何食わぬ顔でハルマは結界を眺める。
その視界の先には、観客席で戦う三人の姿があった。
「おい、それがどうしたって──」
──ハルマは瞬時に結界付近へと移動する。
(こんぐらいの距離なら……)
「ギィァジャェイャアーーーッ!!」
遠くから、魔物の雄叫びが聞こえた。
しかし、ハルマが振り向くことはない。
白濁の泥の中、半身はすでに再生されている。
(チィッ、こいつ、再生スピードも上がってやがる)
ナツモは左に持つ刀の柄を強く握る。
「オリジンほって、何してんだっ!」
ナツモはハルマを睨む。
「ちょっと、ハルマ君、なに勝手に持ち場離れてんの!?」
「なんだ、おい、泣き言、言いに来たってんなら、ハルマ、てめぇ、ぶっ飛ばすぞ」
そんな言葉も上の空。じっと結界を見つめる。
「──伏せてろ」
唐突に、耳元で聞こえたハルマの声。
そして、振り上げる刀。
刀身は結界を突き抜け、ビヨンドの群れを突き刺す。
結界を斬り裂き──走る
「はっ、えぇっ?」
「どわっ!」
「うおっ!?」
三人は驚き戸惑いながらも疾走する鋭刃を躱した。
ビヨンドを薙ぎ払う光芒一閃。
三人は一斉に刃の根本を確認する。
それはハルマの持つあの刀に間違いなかった──!
「ちょ、ちょっと、なんなのよ、それ……」
思わず、ハヤブサは固唾を呑んだ。
「……そんなのって、アリなわけ?」
“伸びる刀身”
闇夜を掻き切る流星の如く、一筋の白刃は尊大に煌めく。
毅然たる静謐を破り散らす生まれながらの荒くれ刃。
──恍惚のギュスターヴ。
進路上のビヨンドを撫で斬りに、ハルマは伸長したギュスターヴを目一杯に押し進める。
「無茶苦茶だな」と、ムササビは口角を引き攣らす。
ナツモは忌々しく、遠くのハルマを睨む。
「そういうことができんなら、先に言っとけよ、バカヤロウ」
ザンッ!!
ハルマは身体を半転させギュスターヴを振り切った。
「また、つまらぬものを斬ってしまった」と、したり顔。
ランダー達を苦心させた結界には横一文字の裂け目。
その裂け目から四方に亀裂が走る。
亀裂はすぐさま結界の隅々まで走り行き──
パァッン!!
瓦解する──。
砕け散るガラスのように粉々に破裂する光の壁。
その破片は復活したばかりのオリジンに還る。
「──サンザァッ!!」
ムササビが叫んだ。
「あいよっ」
カナタはすでに銃を構えている。
一撃必殺の古代銃「ジ・アンサー・オブ・オブライエン」
魔物がひた隠す“コア”の場所など関係ない。
当たればいい。
身体の何処かに当たれば“コア”を破壊する必滅の牙。
無防備なカナタの援護に回るハヤブサが辺りのビヨンドを蹴散らす。
──熟練のランダーたちは素早く状況に適応する。
カナタは躊躇いなく、オリジンに向けて引き金を引いた。
ズダーッン!
だが、魔物はそれでもまだ、抗う──
間一髪、オリジンは宙へ跳んだ。必殺の弾丸は地面に被弾する。
飛び上がったオリジンの両手には半分に分かれた輪刀が握られていた。
「チィッ、クソがっ」
カナタは眉を顰め、照準越しに標的を睨んだ。
ザシュッ──!
「大人しくしとけ」
伸びる刀身が空中のオリジンを貫いた。
「ナイスだ。ハルマ──」
引き金を絞るカナタ。
しかし、オリジンは身体をドロリと軟化させ、刃を擦り抜けた。
着地するオリジンに斬り掛かるナツモ。
──ハヤブサ斬り。
片腕は使えなくても、その威力は十分。
オリジンを斬り飛ばす。
吹き飛ぶオリジンの胴体は宙を浮かぶ。
尽かさず、二撃目を放つナツモを斬り離された下半身が蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
直撃は防いだが、右腕に強烈な衝撃が走った。
痛みで目の前が歪む──が、歯を食いしばり、耐え凌ぐ。
宙を飛ぶオリジンの胴体は半分に割れた輪刀を両手に持ち、ナツモへ斬り掛かる。
「うぐっ!」
片腕で防いだナツモだが、ゴムボールのように呆気なく吹き飛んでいく。
──その身体を受け止めたのはハルマ。
何も言わず、そっとナツモの背から手を離す。
「ギヤギァジィシャアァーーッ!」
切れた身体をくっつけ、オリジンは吠え、走り来る。
ハルマはギュスターヴを地面に突き立てた。
「こっちももう、あんまし残ってねえんだ──」
そして、親指を立てた左手と、親指を下げた右手をスッと組む。
「ラストダンスだ」
──
離した手と手を組み変えるハルマ。
組み交じる指と指。
上げた親指と親指が密着する。
ハルマの身体が赤白い光を帯びていく。
──
──
──“スワッシュバックラー”──
オリジンと向き合うハルマ。
白い地面に映えるその影は真紅──。
「──いくぞ」
襲い来るオリジンに合わせて、ハルマも刀を振り抜く──
──その身のこなしは素早く、足取りは軽やか。
颯爽と飛び跳ね、飛び回り、翻り、全方位からオリジンを攻める。
その動きには弛まぬ剣筋が見える。
その動きはオリジンを圧倒していく。
それは血に飢えたか疾風か、もしくは獰猛なる迅雷か、はたまた烈火か──
──否、それは紛れもなく、完成された一個の戦士の姿であった。
勇み立つ二刀の大剣など物ともしない。
鞭のようにしなる腕には恍惚のギュスターヴ。
オリジンが振りかざす大剣は弾き飛ぶ。
ナツモはただ真っ直ぐに、オリジンを翻弄するハルマに魅入っていた。
「おい、こら、ちょっと待て、さっきまでの荒っぽい攻撃はどうしたんだよ……」
ポツリと呟き、ナツモは思わず、苦笑い。
──振り抜く刃。斬り付ける魔物の身体。
──振り被る刃。斬り裂ける魔物の身体。
突き抜ける紅光。揺るぎなき刃閃。
真紅の残影はたなびくマントのようにハルマの後を追う。
それは、あの彼には似ても似つかなぬ、ヒーローの姿に思えた。
オリジンの抵抗など、もう意味はない。
その差は歴然。一方的で圧倒的な力の差。
もう、なす術は残されていない。
旋風の如き、鋭刃の渦がオリジンを飲み込む。
真紅の影を落とし男──コキヒハルマ。
──その男の素性をそこの誰も知らない。
しかし、そこの誰しもが不可思議ながらもその強さを認める。
そして、そこの誰もがこの
ハヤブサは身を震わし、口元を緩め、ハルマを見守る。
「君は、君って奴は、君って奴は、ほんとっに……なんなよ、ハルマ君っ!」
あの時──
ハルマと出会ったあの時──
「──君が、救世主?」
冗談めかして言った言葉を思い出し、一人噛み締めるハヤブサ。
「君って奴は、ほんと最高だね」
ハヤブサは不敵に笑った。
複雑な心持ちのナツモの脳裏にふと浮かんだ、あの時の言葉──
ミトミ隊員に言ったあの言葉──
「──なら、今現在、エントリーしてない隊員で一番強い奴だ」
(……張り巡らされた結界符や魔導障壁のせいで、魔導機器がちゃんと機能していなかったから……単なる魔導機器のエラーだと思っていた……違った──間違っていなかった、魔導機器はちゃんと正常に作動していたんだ──)
ナツモの顔からスーッと
(── エントリーしてない隊員で一番強い奴だ)
「それが、あいつだったんだ……!」
ナツモは小さく、はっきりと呟いた。
「いけ、ハルマ」
ハルマの一撃はオリジンの腕を斬り上げる。
構わず、残る腕に持つ一刀を振り抜くオリジン。
しかし、もうそこにハルマの姿はなく、紅い残像だけが凶刃に被さった。
ハルマはオリジンの斜め後ろ──残る腕も呆気なく斬り落とされた。
オリジンの正面に回り込むハルマは、その胴を真っ二つに斬り払う。
──ドスッ!
オリジンの半身を貫くギュスターヴ。その主人の影は黒に戻っていた。
「もうこれで終わりだな」と言わんばかりに邪悪に口元を歪めるオリジン。
照準からその様子を見つめるカナタ。
その指先は引き金に掛かったままである。
突き刺した魔物の半身を掲げるハルマ。
刀と魔物と重なるその影は怪物のシルエット。
「来世でな」
ハルマは握った柄をぐるんっと回す。
オリジンの身体に放射状の斬撃が走る──!
その瞬間──
──銃声が鳴った。
終焉を告げる鉄と火薬の咆哮──
必滅の弾丸が飛ぶ。
斬り崩れる寸前のオリジンの額をカナタは見事に撃ち抜いた。
「ギャジャァァイッ」
短くざらついた喚き声。
それは断末魔の叫びか、懺悔の叫喚か、負け惜しみの罵倒か、それとも死への歓声か、勝者への賛辞か、敗者の謝辞か……あの歪んだ笑みをいつまでも張り付けたまま、オリジンの身体は黒い塵となって消えていく──
──戦いの幕が閉じる。
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