48
──赤白い光の奔流。
胸から肩へ、肩から腕、手の先、そして、握り締めた柄へと流れる。
ギュスターヴは一層に剣呑に輝いて見え、それは嵐の前の空の色だった。
ハルマは無意識に口元を緩めていた──
──再生したオリジンの目に映るは、妖しく光る恍惚の切先。
抗えぬ死の気配が背後にぴたりと張り付く。
今、動かなければ、殺られる。
今、止めなければ、殺られる。
魔物の本能が叫ぶ──
“殺られる前に殺れ”
「ギャアジジャアァァーッ!!」
凶暴な雄叫びを上げて、魔物はハルマに飛び掛かる──!
なりふり構わず、輪刀を振り回す。
「急にどうしたん」と、ハルマは受けて立つ。
魔物の生存本能が駆り立てる凄まじき暴悪をマイペースにいなしていくハルマ。
太い金属音を高々と上げ、刃と刃はぶつかり合った。
ぶつかり合う度、歓喜に身を震わすようにギュスターヴは嬉々として火花を散らせた。
(……一応の心得はあるみたいだが……にしたって、我流感が強い、実戦で鍛えたって感じの喧嘩殺法だな、ありゃあ)
「まあ、悪くはない、太刀筋だ」と、天才剣士の評価はそこそこ。
(でもまあ、あいつの超人的な反射神経と身体能力が、この均衡をぎりぎりで成立させているのは違いねえ……)
「危なっかしい剣だ」と、付け加えた。
──だが、ハルマは慌てる様子も、あぐねる様子もない。
「やっぱ、慣れ親しんだもんの方がよく手に馴染むな」
感慨深く言って、輪刀を勢いよく弾き返す。
ギュスターヴの切先がオリジンの身体を撫でる。
オリジンの身体に走る三つの斬痕。
受けた傷など構わず、オリジンは攻撃し続ける。
その猛攻を塗り潰すかのようにギュスターヴはオリジンの身体を狂おしく撫で回す。
閃刃が走る度、オリジンの身体に無数の斬痕が刻まれる。
その様子を怪訝な顔つきで眺めるナツモ。
(──おかしい。斬り返したような素振りはねえ。なのに……浴びせた斬撃より付いた傷の方が明らかに多い──)
そうナツモが疑問を抱いた瞬間──
ハルマの一太刀がオリジンの片腕を斬り飛ばす。
ナツモは目を見開く。
その一振りはオリジンの腕を三つに斬り裂いたのだ。
「一振りで三つの斬撃っ──!?」
“増える斬撃”
緩やかに反る刀身は悦に浸っているように見えた。
悠然たる永遠すら舐め回す生粋の狂い刃。
──恍惚のギュスターヴ。
振り抜く一刀は数多の斬撃を生む。
ハルマが振り上げた切先はオリジンの身体に深々と三つの刀傷を刻み付ける。
「……ていうか、あいつ、また斬りやがったなっ」と、ナツモは眉を寄せた。
──オリジンの腕はさらなる強靭さを兼ね備え、再生される。
攻撃の手は緩めない、焦燥に口元を歪ませ、転がした輪刀に飛び乗り、ハルマへ突進する。
「どわっ」
ハルマは危なげに横へ跳び、その突進を躱したが追撃の手は止まない。
地面を滑り、8の字を描く輪刀。
「これは、さすがに(生身で受けたら)シャレにならんな」
ハルマは回転する輪刀を躱して、呟く。
知ってか知らずか、オリジンにとってそれは最善の攻撃方法であった。
ただ避けるばかりでは、魔物は倒せぬ。
そして、時が経つほどに、魔物はクラフトの魔障を取り込み力を増す。
しかし、斬れぬ。斬れば、魔物は更なる力を持って蘇る。
受けた攻撃の分、魔物は更なる力を得て蘇る。
(──このままじゃ、ジリ貧だぞ。持久戦なら、こっちの分が悪い……)
ナツモは奥歯を噛む。
「さっさと何とかしろよ、おいっ」
一握りの期待と抱きかかえた不安がナツモに焦燥を呼び込む。
激しく痛む右腕には僅かな疼きが見え隠れし始め──
──青黒き炎を灯せと、再び、悪辣な火種が
スピードを増して迫り来る輪刀を見つめるハルマ。
(ぶった斬るわけにはいかねえんだよなぁ……)
──ガギィィッンッ!
激しくぶつかる刃と刃。
オリジンは輪刀を押し付け、ハルマを威嚇する。
「ギャャァジャャアーッ」
「必死だな、おいっ」
力強く、輪刀を押し返すハルマ。
しかし、オリジンはすぐさま体勢を立て直し、ハルマに向かって輪刀を走らせる。
振り抜く刀は複数の斬撃を生む。その刃が輪刀を弾き返す。
──が、オリジンは尽かさず、方向を切り替え、ハルマへと輪刀を走らせる。
迎え撃つギュスターヴ。重たく鋭い斬撃を刃の左右に生み出し、輪刀を弾く。
飛んでくるボールを打ち返すが如く、ハルマはオリジンの突進を弾き続ける。
そうやって、次第に薄緑に光る結界へと近付いていく。
狂気と殺意の形相でハルマを睨むオリジン。
斧のように分厚い刃の大輪はその勢いを緩めることはない。
「ギャァジャィアーッ!」
不愉快な擦過音を喉から吐く。
ハルマの表情は変わらない。いつもと同じ。
どこか掴み所に欠ける気怠そうな顔。
その手に持つ刀は悠々とオリジンを眺めている。
投球を待つバッターのように刀を構えるハルマ。
(──あっ)と、刀の刃と峰を換えた。
ナツモは無意識に小さく呟く。
「──いけっ」
ガァギッン──!!
ハルマは迫り来る輪刀を力一杯に弾き返した。
オリジンを乗せた輪刀は勢いよく吹き飛んだ。
「安心せえ、峰打ちじゃ」
ハルマは感慨深げに言った。
ランダーたちの胸に芽生える微かな安堵。
だがしかし、その先に結界の光はなく──
ドゴォーッン!!
観客席の壁に追突したオリジン。
「クソッ、あの野郎っ、結界の一部を消しやがった」
カナタは吐き捨てるように言う。
「こっちの狙いがバレたのかは定かじゃないけど、んなことまでやっちまうなんて、ますます厄介になってきたな……ほんと、腹立つ相手だ」
ムササビが珍しく苛立ちを
「とにかく、さっさとキメないと、こっちが不利だね」
(頑張ってよ、ハルマ君っ、ナツモ君っ──)
「ダメだったみたいだな」
「まだだ、アホ。諦めずに攻め続けりゃ、必ず……」
そこまで言って、ナツモは口を閉じた。
知らず知らずにハルマに肩入れしている自分に気付いたからだ。
弱々しく握った右腕の押さえきれない激痛と衝動に歯を食いしばる。
“俺が、不甲斐ないばかりに──”
脳裏に浮かんだ声は戒めのように彼を悔恨の檻に閉じ込める。
「──ああ、もうめんどくせえな、ぶった斬っていい?」
「んなことしたって無意味だっつってんだろうがっ」
「多分、大丈夫だって」
「てめえの何を信用して、大丈夫なんて思うんだよ、ドアホッ」
「……辛辣だな」
「グシャギャァィヤァッー!」
立ち上がるオリジンは鬱憤をぶつけるかのようにハルマを威嚇する。
「ああ、俺も今、おんなじこと思ってたよ」
「何言ってんのか、分かってねえだろうが」
──ハルマとオリジンは見つめ合う。
先に仕掛けるはオリジン。
再び、輪刀に乗り、大きな円を描きながら加速していく。
(どうする、どうする、どうする、どぉーするっ──!?)
考えあぐねるハルマ。
オリジンの乗る輪刀が目の前に迫る。
(ハルちゃん、ピンチ──!)
──時間が圧縮していく感覚。
見開く瞳に映る輪刀のスピードは青葉を這う
(斬るには斬れんだよ、なんだったら輪刀ごとぶった斬れんだけど……
斬ると、また、各方面からのバッシングが……でも、斬るしかなくない?
いや、ダメだ! 無職から急にランダーにジョブチェンした矢先に、こちとら、
これ以上の叱責は数時間前まで無職だった俺のメンタルが完全に折れちまう、あの頃の無気力無職マインドに逆戻りだ。
……ん、てか、なんで俺、こんなことしてんだっけ?
……そうそう、ハヤブサのパイセンに半ば、強制的に連れて来られて……
そういや、俺のポケットに入ってる、あの四角いのって、結局、なんだったんだ?
あれって、今朝の電車で、向かいに座ってた男が持ってたもんだよな、って、あ、今思い出したけど、確か、俺、今回の飲み代払ってねーよ……
だって、会計のとき、財布見たら、金入ってなかったもんな。
行きしに、下ろすの忘れてたんだよなぁ、そんで、アツシ君に帰りの電車賃借りて……
あれ、ルカだったっけ? そういや、あいつ、電話でそんなこと言ってた気がすんぞ、いや、待てよ、駅前のうどん屋に立ち寄ったときは、まあまあな金額の金が入ってたけど?
あれは、誰の金だ? 一体、誰に、いくら、借りたんだよ? ……あーもー、なんか全部、どうでもよくなってきたなあー。
でも、このタイミングで、「やっぱ帰ります」とか言ったら、最早、人として終わりだろ。無職どころか、人間としてのキャリア終了だよ、さすがに。
……てか、さっきから思ってたけど、こいつの頭、エリンギに似てんなー、そーいや、最近、食ってねぇなー、エリンギ。
帰りに買って帰るか。いや、でも、冷蔵庫の野菜室には、ぶなしめじとえのきを補充したばっかだった。あ、でも、それにエリンギも加えて、今夜はきのこ鍋にするか。
あぁっ! ていうか、キッチンに牛乳出しっぱなしじゃね? うわー、絶対、そうだ。最悪だよ、ぜってぇ傷んでるわぁー。
だるっ、まだ半分以上、残ってるって。萎えるわー、あれ、高級スーパーで、そこそこ、いい値段したやつだったのに……マジ最悪だって。
あーもうっ、大体、ルカのアホが急かすからいけねえんだっつーの。うわー、もうすんげえ、モチベーション無くなってきたわー、あぁ〜なんもかも、やる気なくなってきた。
ほんともう、くそだるいわぁ。……やっぱ、鍋やめて、きのこと鮭の炊き込みバターご飯にしようかな……いや、でも、鯖の竜田揚げきのこあんかけも捨て難い……
て、何しようと思ってたんだっけ? ……ああ、こいつをどうしようかって、話だったよな────)
──振り抜く刀はオリジンが飛び乗った輪刀ごと、オリジンを真っ二つに斬り裂いた。
「あっ、やっちまった」
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