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「──ムササビさん、俺がやるんでもう大丈夫です」
「ちょっとっ、ずるーい! ナツモ君っ!」
「ハハハハハッ、バカヤロウ、やっちまえ、コウセイ、ハルマ」
「コウセイ、お前、大丈夫なのか?」
浮かれる二人と違い、ムササビの真面目な声色。
焼け付くような腕の痛み。しかし、ナツモは言う。
「大丈夫です。問題ありません」
「……そうか、分かった。ハルマ君のこともよろしく頼むぞ」
「…………。……はい」
「その間はなんだよっ」と、ムササビは慌てた。
オリジンは首をくねらし、周りを確認する。
と、──不意に地面に頭を打ち付け、絶叫した。
突如、観客席の地面から無数のビヨンドが現れる。
観客席を埋め尽くすほどのビヨンド。
雄叫び、唸り声、威嚇がそこら中から聞こえてくる。
禍々しく不穏な熱狂に包まれる闘技場。
「どうやら、あいつもケツに火が着いたみたいだな」と、ムササビ。
「上等だね」
「サンザ、装填準備は?」
「完璧です」
「よし、“ロマンサー”は一旦、置いて、
「雑魚相手じゃ、肩慣らしにもならねーな」
それでも、カナタは嬉しそうに拳を鳴らし、“オーダーストック”
手に持つ薙刀。銘は「焔侯」。柄の付け根には「
「そっちは任すぞ、二人ともっ」ムササビは言い切る。
「分かりました」と、ナツモは鬼包丁の柄をぐっと握った。
観客席の三人は無数のビヨンドに向かう。
ハルマはじっとナツモを見つめている。
(やば、この人、名前なんだっけ? ハヤブサのパイセンがさっきから、確か……ナ、ナ……ナク、なんとかって言ってたっけ? 下の名前は、コウセイって、サンザが言ってたから、覚えてんだけど、なんか、俺のこと、嫌ってそうだし、そんな相手に向かって、いきなり、下の名前呼びってのもな……)
「なんだよ」と、ムスッとしたいつもの顔でナツモはハルマに尋ねる。
「そんな不安そうな顔しなくても、あいつは俺が倒すから大丈夫だよ」
ぶっきらぼうに言って、ナツモはオリジンに視線をやる。
「……まあ、お前の実力は何となく分かった。でも、後は俺に任せとけばいい」
(……ダメだ、分からん! しかし、ここは、互いの距離を縮めるためにも、俺から歩みよるべきだ!)
ぐっと目力を込めて、真剣味な顔つきのハルマ。
「いや、ここは俺も手伝うよ。二人で力を合わして頑張ろう、“なっくん”」
ハルマ渾身のサムズアップ。
「…………」
(……あれ?)
「次、俺のことを、その名で呼んだら、お前もぶった斬る」
ナツモは鋭く険しい横目でハルマを睨む。
「ごめん」
ナツモはオリジンに向かって駆ける──
ぶつかる刃と刃。響く振動。唸る斬撃。
「ギャシャァーーッ」
「ああ、俺も会いたかったぜ」
ナツモはニヤリとオリジンを睨む。
いちいち、右腕に伝わる痛みは鬱陶しい。
関係ない。感じる前に動けばいい。
アドレナリンと集中力が鎮痛剤に変わる。
戦え──倒せ──命を賭して──
「もう一人いるぞ」
ハルマは一瞬にして、オリジンの後ろ。殴り付ける拳。
しかし、その拳はオリジンの頭部にぐにゃっと沈む。
まるで、粘土のような感触。
「エッ!?」
驚く、ハルマ。
眉を寄せる、ナツモ。
(もう、順応してやがる──ッ)
「──チッ、お前の打撃はもう、通用しないっ、武器もクソもねーんだっ、黙って見とけ!」
ナツモは怒鳴り、オリジンとの攻防を続ける。
ハルマはスッと立ち止まり、その様子をじっと眺める。
激しくぶつかる刃と刃の行く先。金属音を鳴らし、火花を散らす。
「──確かに、“なんちょす”の言う通りだ」
「誰が、なんちょすだ、クソボケッ、ブッ飛ばすぞ。俺の名前はナツモだ! 気安く、あだ名付けて、呼んでんじゃねーぞ」
ハルマの耳元でナツモの声が聞こえた。
「そうか、ナツモさん。ちょっと待ってろよ──」
ハルマは頭に思い浮かべる。
人型の闇を走る赤白い光──光る指先。
左腕の内側をなぞる二本の指先。
ジャケットの袖越しにも、浮き出る深紅の紋様が解けていく。
手の平にできる空洞。
──ドプン
ハルマは左の手の平にできた空洞に右手を突っ込んだ──
その場所は今にも嵐が始まりそうな暗がりの草原だった。
吹き抜ける突風が生い茂る草花を撫で付ける度に草原はさざめいた。
草原にはたった一つだけ、小さなテーブルがぽつんと置かれていた。
テーブルの上にはアンティーク調のティーセット。
カップから立ち昇る湯気はすぐに風に消えていく。
男が一人、座っていた。
青褐色の肌、縮れた黒い長髪、深い夜空のような濃紺の瞳。
目の下は黒く、薄い唇も黒い。
男は優雅にティーカップの中身を口にする。
吹き抜ける突風とさざめく草花。
男はどこか哀しげで楽しげ。
一筋の遠雷が青褐色の肌に明滅を塗った。
一拍遅れて、空気を割るような雷鳴が轟いた。
男はカップから口を離し、それを眺め、微笑を浮かべた。
「抜くのか、遥真」
男はまた、ティーカップに口付ける──。
──手の平の空洞から引き抜く手には柄が握られている。
そして、裸の刀身が姿を現す。
その瞬間──
高出力の魔力を感知する魔導機器。
クラフト中のランダーたちのX―TREKはけたたましい警報音を一斉に鳴らす。
厚かましく喧騒なアラートにランダーの誰もが顔を歪めた。
ハルマの左腕から出でる抜き身の刀身。
クラフトに張り巡らされた結界符は耐え切れず破れ裂け、設置された魔導障壁は抑え切れずに崩壊する。
──その異変に最初に気付いたのは魔導隊員たちだった。
(
ヒワハ隊員は宙を見上げる。
「ここにやって来てから一番大きな
騒つく隊員たちをよそに、ヒワハ隊員は重厚な扉を見つめた。
ヒワハ隊員はごくりと唾を飲む。
「あの中で、一体何が起こってるの……?」
──水を打ったような静寂。
殺気立つ人も魔物も、今は固唾を呑む。
その場の全ての視線は、一点に注がれている。
ムササビは二人に目配せを送る。
カナタは、分からないと言わんばかりに短く首を横に振る。
続いて、ハヤブサ──やはり、首を横に振る。
ナツモすらも知らず知らずのうちに見つめていた。
それは刀であった。
自らの手から抜いた刀を握るコキヒハルマ。
鍔のない、鞘のない、抜き身の刀身はそれでいて、完璧であった。
圧倒的な凶暴さと身を削るような美しさを併せ持った佇まい。
刃渡り二尺八寸の肌は「斬れぬものなどない」と言わんばかりに不遜と矜持が青白く光る。
──あぁ、それはまるで一個の宝玉のように燦然と存在感を放つ。
全てを斬り尽くす孤高の王。
「恍惚のギュスターヴ」
刀を肩に乗せ、ハルマは言う。
「さあ、クライマックスだ」
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