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「──見てみなよ、オリジンの奴、ハルマ君見て、めっちゃ笑ってるわよ」


闘技場のオリジンを指差すハヤブサ。

オリジンはこれまでになく揚々と嗤っている。


「あんなに、魔物に笑われてるランダー、初めて見たよ」

呆れ顔でハルマを見るハヤブサ。


「んな、怒んなくてもいいじゃねーかよ、わざとやったわけじゃないんだし」

ハルマはぶつくさと口を尖らせ、階段を降りて行く。


「ちょっと、どこいくのよ」


「もう、あんなバカ、ほっといて、俺たちだけで、この状況、何とか打開しましょう」

ナツモは冷静に言った。


「俺もそう思います」と、カナタの声。


ハヤブサは溜め息を一つ、「それもそうだね」と、一言。


「戻ればいいんでだろ、戻れば」

ハルマの声が皆の耳元で聞こえた。


「だから、それができたら、苦労しないってのっ」

ハヤブサはハルマの後ろ姿にムッと言う。


自分を嘲笑うオリジンを見つめるハルマ。

──ハルマはまるで暖簾をくぐるように、手の甲で結界を押し上げて、観客席を飛び降りた。


「だから、ムダなんだって──」


ハヤブサの言葉をよそに、スタッと闘技場に降り立つハルマ──。


「降りただと」

「降りやがった」

「降りたぞ」

「降りたわね」


──金属と金属を擦り合わせたような不愉快な嘲笑がピタリと止まる。


オリジンは剥き出した歯を軋ませ、ハルマを威嚇する。

「ジャ、ジャシィィィ」


「よう、さっさとケリ付けようぜ」

いつもの気怠そうな顔でハルマは言った。


(なんで、彼には結界が効かない?)

ムササビは瓦礫の一つを拾い上げ、結界に投げ付けた。


瓦礫は薄緑の光を通り抜けると、乾いた音を鳴らして、ムササビの足元に転がった。


「結界の効力は無くなっていない……ということは、やはり、ハルマ君には、何か“特別な能力”が……?」

ムササビは細目を開け、ハルマを見る。


「でも、それって、なんなんだ? 魔力は使えないはずだし、そもそも、……」


──唸り声を上げるオリジン。

ハルマは拳に力を込める。

頭に思い描くは、闇を駆け巡る赤白い光の奔流。


ますます激しく唸る、オリジン。

ハルマの姿が“消えた”。

──オリジンの腹部に深く突き刺さるハルマの拳。


オリジンは身体をくの字に曲げる。

ハルマはさらに力を込めて、オリジンを突き上げた。


結界にぶつかる寸前で、オリジンはなんとか翻り、着地する。


「おしいっ」と、ムササビはももを叩く。


怒り狂う魔物は輪刀を手に、ハルマへ走る。


、何度やったって、ムダだぞ」


その言葉に反応するかのように、オリジンはさらに激しく叫ぶ。


「終わりにすんぞ──」

ハルマはオリジンを睨んだ。


オリジンの振り抜く輪刀。そのスピードは凄まじい。

たとえ、優秀なランダーであろうと躱すのは難しいであろう一撃。


──時間が圧縮していく感覚。

凄まじきスピードは緩やかに死んでいく。


そして、オリジンの一撃が、ハルマの目には止まったように映る──


今、彼の目には、降りしきる雨の粒が鮮明な球体に映る。

うるさく飛び回る蝿の羽ばたきを易々と数えることができる。


──スーパースローモーション。


鍛え抜かれた格闘家の一発も、ライフルから発射された弾丸も、オリジンが振り抜いた刃も、“変わらない”。


止まったように超低速で ──。

全てのものが、大胆な重量おもりを着飾ったように鈍い。


ピク、ピク、と迫る輪刀の刃先に一瞥もなく、オリジンへと進むハルマ。


ゆっくりと折れたマチェットを振り上げ、ゆっくりとオリジンの身体を斬り付ける。


ゆっくりとオリジンの身体にゆっくりとぐにゃりと沈むマチェットの刃。


オリジンの“硬さ”もマチェットの“脆さ”も今は関係ない。


ゆっくりと斬れていくオリジンの身体。

それは、一秒にも満たない刹那の出来事──時が戻る。


「ギャシャァーーーッ!」


振り抜かれた輪刀がハルマに当たる、と、誰もが、そう思った矢先──


四人のランダーが見たのは、ハルマが折れたマチェットでオリジンを斬り裂いた瞬間であった。


刃物の善し悪しなど関係ない。

光速で振り下ろされた刃は、頑強な岩石さえ、バターのように斬り落とす。


「──折れたマチェットでオリジンを斬りやがったっ」

ナツモは素直に驚いた。


「というか、モーションすら見えなかったぞ」


「ええ、気付いたら、斬ってた、感じだね」

ハヤブサは目を丸くする。


(ハルマ君……君って、君って奴は──)

ハヤブサは嬉しそうに口元を上げ、身震いした。


「いや、てか、斬っちゃ、まずいんだよ」と、我に返ったムササビは叫んだ。


「──え、ダメなん?」

ハルマの不思議そうな声が耳元で聞こえた。


「今、一番やっちゃダメなことだよ」

「えええぇ〜」

ハルマは気の抜けた声を上げた。



「──それが、“霊光症セイズ”だ」

青褐色の肌をした男が言う。


「その力を使えば、お前の身体能力は飛躍的に向上する」


縮れた黒い長髪を垂らして続ける。


「鋼鉄の身体、超絶の反応速度、そこらの魔物程度ならば、素手で屠ることができる」


深い夜空のような濃紺の瞳。


「だが、それは基本中の基本だ。お前はまだ、覚束ない足取りで歩き初めたばかりの赤子に等しい。使い熟すにはまだまだ訓練が必要だ。遥真──」


男は薄く黒い唇に薄い笑みを浮かべた。



「──あいつは再生する度に、身体の強度が増してくんだよ。だから、身体の損壊は今はご法度なんだよ」

「なってこった」


「だから、今から、あいつの討伐方法を言うから、聞いてくれ、ハルマ君──」


(ん、あれは……)

ナツモは目の前に広がる結界を眺める。


その光の壁に僅かばかりの綻びができている。

そこはハルマが通り抜けた部分であった。


オリジンすらも気付いていない、人ひとりがなんとかくぐり抜けれそうな綻びだ。


オリジンはまだ、ハルマに斬られた身体の修復に手こずっている。


今にも閉じそうな針穴に向かってナツモは駆ける──!


「あ、おい、コウセイ、どこ行くんだよっ」


ハルマへの説明を止め、ムササビが言う。ナツモは止まらない。


結界の綻びに飛び込むナツモ。


「コウセイッ!」


スタッと闘技場に降り立つナツモ。

そこで、結界の綻びは完全に消えた。


真冬の水底のような瞳でオリジンを見るナツモコウセイ。


「よぉ、また戻ってきてやったぜ」


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