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「──どうだ、驚いただろ?」

ナツモの耳元で不躾なカナタの声が聞こえた。


を見たときは、俺も目が点になったぜ。マジ、意味分かんねーけどよ、まあ、あれがあいつのみたいだ」


「……って、お前、そりゃあ、一体全体、何の、どんな、“能力”だよ」


「俺が知るかよ──」と、どこか、嬉しそうなカナタの声。


ナツモは耳のイヤーカフに触れ、通信を一方的に切った。


──オリジンは殺意と怒気を抱え、ハルマへ駆け出す。


「なんか、めっちゃ怒ってるみたいなんですけど、“あいつ”……」


「そうね、ハルマ君、めっちゃ嫌われてるみたいね」


「あんだけ、説教したのに……これだから、“オリジン”って奴は……」

ハルマは項垂うなだれる。


「──おめえが、オリジンの何を知ってんだよ」と、尽かさず、カナタ。


──オリジンに向かって走るハルマ。


両者は闘技場の中央で合間見える──!


ハルマとオリジンの攻防を見守るナツモ。

(……荒削りだけど、一応、武道の心得はあるみてえだ)


「まあ、及第点レベルだけどな」と、天才剣士の評価は厳しい。


オリジンの攻撃を躱すハルマ。

鍛え抜かれ、洗練されたランダーの動きではない。


それでも、オリジンの攻撃は当たらない。

当たる──と、誰しもが思った瞬間、彼は超人的な反射とスピードを持って、その全てを躱している。それに──


「彼の、ハルマ君の打撃、明らかに効いてるぞ……」

ムササビは呆気に取られる。


(確かに、そうだ。雑魚ならまだしも、相手はだぞ? “魔具”もなしに、生身の打撃で、どうやって、ダメージを与えている?)


オリジンのボディーにめり込むハルマの拳。

膝から崩れるオリジン。ハルマは宙を翻り、その頭に踵落とし。


──ナツモは、ハルマがこの場に現れた時のことを思い出す。


オリジンが渾身の力を込めて放った輪刀を軽々と拳で叩き上げた、あの瞬間を──。


地面に頭をめり込ましたオリジン。

ハルマは助走を付けて、その身体をサッカーボールよろしく、蹴り飛ばした。


「それだけじゃないっすよ、ムササビさん。あいつ──」


「──ああ、パワーもスピードも異常だ。常人のそれを逸脱してる。あれは……」


「──あれって、そうよね……」


「──多分、そうですね」


“魔力錬成による身体強化”──!


ランダーたちの脳裏に浮かぶ、疑問の答え。


「──でも、どうやって?」

ハヤブサが呟いた。


「確かにそこなんだよ、分からないのは……」

ムササビは首を傾げる。


──ランダー達の疑問は止まない。


魔力の使えない状況下で一体どうやってを──!?


オリジンはよろよろと立ち上がる。

目も鼻も耳もないその顔は明らかに苛立っている。


怒りと殺意が口元を歪める。

「ギッジャギャァッジャァァー」


雄叫びを上げて、走り出す。

輪刀を振り被った白い腕が目一杯に伸びた。


助走と反動を付けた圧倒的な威力を持った刃が走る──!

避ける間も与えぬ豪速の凶刃。


(ハルちゃん、ピンチッ──!)



──真っ黒な闇。

人の形をした真っ黒な闇。


スイッチを押す。

胸の真ん中、赤白い光が灯る。


光は人型の闇の中を進む。

頭を、腹を、腕を、足を、指先を、爪先まで、光の線が伸びていく。


枝分かれしながら、身体に流れる血液のように、暗闇の隅々まで駆け巡る。

──そんな、イメージ。



──ッ!? そこにいる誰もが驚愕していた。


「──なんてなっ」

ハルマは手で輪刀を受け止めている。


「俺を殺りたきゃ、もっとを込めねぇと、なっ!」

輪刀を押し退けるハルマ。


ハルマの拳を顔面に受けたオリジンはもんどりを打ちながら、吹き飛んだ。


「──ちょ、ちょ、ちょっと、ハルマ君っ! 俄かには信じ難いんだけど……今、手で、輪刀を防いだよね?」


「ええ、まあ」

「ええ、まあって、それで大丈夫なわけ!?」


ハルマは自分の手の平を見て、ハヤブサにも見せる。

「……摩擦でちょっとヤケドしたっす」

手の平の赤い一本筋。


「いやいや、ちょっと火傷って、それだけなわけ!?」

「ヒリヒリしてきた……」


「いや、なんで、ヒリヒリだけですんでんのよっ!? 君ねえっ……普通、腕どころか、身体まで真っ二つになるわよ!」


「……自分、身体、丈夫なんで」

「いや、もはや丈夫とかってレベルじゃないでしょっ!」


──でも、それを口にすることは難しい。

その力はいつも自分の中にある。それで十分だ。


──その力のことを、その経緯いきさつを、語るには今はまだせわしない。


オリジンは口を歪ませ、ハルマを威嚇する。 

しかし、ハルマは気にすることもなく、オリジンに向かっていく。


もう、その姿を憂慮する者はいない。

何も持たない、素人同然の男は、クラフトの創造主“オリジン”と互角以上に渡り合っている。


破れ被れに似たオリジンの攻撃。

ハルマはいと容易たやすく、躱し、オリジンを殴った。


オリジンの口が歪む。

「ジャァァアアッーー」


オリジンは輪刀を叩き付ける。

難なく躱すハルマ。


オリジンは輪刀をなりふり構わず、四方八方に振り回した。

めり込むハルマの拳。オリジンの動きが止まる。


ハルマはマチェットを素早く抜き、オリジンの胸に突き立てた。


──バギンッ!

「えっ?」


マチェットの刃はオリジンの強固な身体を貫くことはなく、折れた。


呆気に取られたハルマへ、振り上げたオリジンの輪刀が入る。


ハルマはギリギリでこれを防いだが、その身体はハヤブサの近くまで吹き飛んだ。


「あのヤロウッ」と、眉を寄せて、立ち上がるハルマ。

手に持つマチェットを見る。


「これ、ヒワハ氏から借りたもんなのに、どうしてくれんだよ」


「そりゃあ、そうだよ。並の装備じゃ、オリジンクラスには歯が立たないっての。傷付けることすら、難しいよ」と、ハヤブサの呆れたような口振り。


「マジっすか」

「だから、対ビヨンド専用の武器の中でも、さらに強力な威力を持つ、“パニッシャー”を使うの」

ハヤブサは手に持つ、ハルパーをハルマに見せる。


「……俺の分は?」

「ないわよ」

「えええぇ〜」

ハルマは気の抜けた声を上げた。


「んなもん、普通、任務前に揃えとくもんでしょ!」

ハヤブサの叱責。


「てか、何度、攻撃しても無駄だよ。あいつ、“コア”ないんだから」


「え、なにそれ、今までの俺の頑張りはなんだったの……」


「だーかーらー、あの結界をどうにかしないといけないのっ!」

ハルマに詰め寄るハヤブサが結界を指差す。


──オリジンは手を交差させる。

闘技場を取り囲んでいた結界が二人を目掛け、猛スピードで迫った。


「──っ!!」

なす術もなく、薄緑に光る壁が身体を通り抜けた。


気付けば、ハヤブサは観客席に立っていた。


「ハヤブサさん!」

「ケイッ!」

ナツモとムササビが駆け寄る。


「こ、これは──?」


一瞬の出来事に思考が追いつかないハヤブサに変わり、ムササビが答える。


「あいつ、また、やりやがった、結界を動かしたんだ! 無理矢理、結界に触れさせて、“強制退場”させたんだ」


ハヤブサは目を丸くする。

「じゃあ、もしかして──」


「ああ、残念だけど、ケイはもう、の元には戻れない」


ムササビの言葉に、ハヤブサはハッとして──

「──ハルマ君はっ! 彼はどこ?」と、慌てて、観客席を見渡した。


「それが、彼なら──」と、ムササビが指差した先を見るハヤブサ。


──ハルマは闘技場の中、ぽつんと一人、キョロキョロと辺りを見渡している。


「なんでか知らないけど、彼は大丈夫だったみたいなんだ……」


それには、オリジンすらも、首をくねらせ困惑しているようだった。


「あ、パイセン、いつの間にそんなとこに」と、ハルマの暢気な声が耳元で聞こえた。


「──っ」ハヤブサは口推しそうに、ぎゅっと口を結ぶ。


「ハルマ君、ごめん。私も、結界の外に出ちゃったみたい……あとは、君に任せるから…… を倒す作戦を伝えるから、よく聞いてね……」


「──ああ、ヒワハ氏が言ってた、“コア”とかってのを、ぶっ潰すんすよね」


「そう、そのために、まずは──」と、振り向いたハヤブサの目の前にハルマの顔。


「──って、なんで、君、ここにいんのよっ!」

「そっから、上がってきました」


あけすけと答えるハルマ。

ぷるぷると肩を震わせるハヤブサ。


「……っの、大馬鹿野郎ッ!」と、ハヤブサのパンチ。


「やっぱ、クソバカだな……」と、カナタの落胆した声。


「てめぇ、マジでふざけんなよ、軽率過ぎんだろうが、あぁっ」

ナツモは険しい剣幕でハルマのジャケットを掴む。


「いや、知らない場所で、急に、変なのと二人にされて、心細くなっちゃって……」


「なっちゃって、じゃねーよ、タコッ、舐めてんのか!」


「まあまあ、二人とも、落ち着いて、ハルマ君は状況を何も知らなかったんだし」

ムササビが二人をなだめる。


「落ち着いてらんないわよ!」

「落ち着いてられませんよ!」


二人の剣幕に、冷や汗を垂らし、たじろぐムササビ。


「す、すんません、でした……」と、ムササビは思わず、謝った。

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