43

「ハルマ君っ!」背中を叩く。

「ハルマ君っ!」もう一度、呼ぶ。


「ハルマ君、ハルマ君、ハルマ君っ!」

何度でも呼ぶ。何度も背中を叩く。


「ちょ、パイセン、痛いっすよ」

「君って奴は、君って奴は、君って奴はさあ」

ハヤブサは何度もハルマの肩をグーで叩いた。


「痛い、痛いっす」

「君って奴はほんっとに!」

頭をわしゃわしゃ撫でる。


「君って奴は!」

両手で頬を挟む。上げたり、下げたり、引っ張ったり、揉みくちゃ。やりたい放題。


「ちょ、ちょっと、家出猫と再会した飼い主のそれじゃねーですかっ」

顔をぎゅっと寄せられ、尖った口でハルマはもごもごと言う。


「アハハハハハッ」無邪気な笑い顔。

放浪猫との暫くぶりの再会にハヤブサの感激はひとしおであった。


「──はっ、あんにゃろう、おいしいとこ、持ってきやがる」

カナタの口元が緩む。


「あんなに喜んでるケイ、見るの久々だよ……てか、サンザ、あれって──」


「ハルマ。ヒコキハルマっす」

じっとハルマを見つめるムササビ。


「…………てか、なんで彼、結界の中に入れてんの?」

困り顔のムササビ。


「さあ、バカだからじゃないっすか」

カナタは嬉しそうに答える。

「いや、バカって、答えになって──」


「──さあ、俺もやることやらねーとな」

カナタは拳を手の平に叩き、客席を上がっていく。


「あっ、ちょっと、サンザ……」

闘技場の二人を眺めるムササビ。


「コウセイも、彼のこと、知ってたんだっけ?」

ナツモの険しい横顔に尋ねる。

「はい」と、上の空のように一言。


(一瞬、何かが横切った気がした……。ハヤブサさんのピンチに気を取られて、気のせいかと思ったけど、あいつだったのか……影も形も、それどころか、気配もなく、俺のそばを、だと……)


「どういうことだ?」

ナツモは眉を寄せる。


「──はい、これ」

ハヤブサは片耳のイヤーカフをハルマに手渡す。

「なんすか、これ?」


縦に切れ目の入ったシリコン製の黒いゴムの筒をムニムニ押す、ハルマ。


「それ、耳の軟骨に付けんの、で、少し、ぎゅっとしてみて」


黒いシリコンゴムはハルマの耳の形にピタリと密着した。


言われた通りに指で押さえてみる。

「超小型、超高性能の無線機よ」


耳元でハヤブサの声が聞こえた。

「おおっ」と、ハルマは目を丸くする。


「これで、みんなと会話ができるわ──なんか、言ってみ」


「今日からお世話になってます、ヒコキっす。よろしくっす。」


「──よお、うんこマン、臭えブツは漏らさずにちゃんと出してきたのか」

カナタは楽しげ言う。


「なに、どういうこと?」と、ハヤブサ。


ハルマは悲しげにじっと空を見上げている。彼の肩は小刻みに震えている。


「先輩、チームの輪を乱す不良がこの中に混ざってます……」


──オリジンは嗤わない。

ハルマを威嚇している。


最大限の敵意を剥き出しに、あの青黒い炎と対峙したとき以上の警戒。


魚類のような歯を剥き出しに、カチカチと鳴らし、威嚇をやめない。


「──なんか、すごい形相で君のこと威嚇してるよ」

「えっ、なんか、やだ。すごい嫌っ」と、ハルマは手で口を押さえる。


「すごい嫌われようね、ハルマ君」

「ちょっと、話付けてきます」と、ハルマは進む。

「え、ちょっと、ハルマ君っ」


唸るオリジン。

無防備にずかずかと歩み寄るハルマ。

「シャジャァァー」


(さっきまで、ニタニタ笑ってたのに、すごい警戒っぷり……どういうこと?)

ハヤブサは訝しむ。


(もしかして……ハルマ君のことを──?)


唸り声を上げるオリジンとの距離はもう僅か。


「ちょっと、ハルマ君、危ないわよ──」

と──ハルマの姿が


次の瞬間、ハルマはオリジンの目の前──!

オリジンの横っ面を思いっきり殴り付ける。


「殴った」

「殴りやがった」

「殴ったぞ」

「殴ったわね」


吹き飛ぶ、オリジン。

ハルマは倒れたオリジンに馬乗り。


強烈なビンタを繰り出しながら、何やら、情熱的な、熱血的な言葉を投げかけている。


「お前って奴は──いい加減に──バッキャロウッ──」


「迷惑ばっかりかけやがって──」


「──なにが──この野郎──そんなことで──」


(……オリジンに馬乗りになって、往復ビンタしてるランダー、初めて見たわ)


その光景をじっと見つめるハヤブサ。


(……すごくシュールな画ね)


「──おい、分かったな! 分かったんだな!」

ビンタの嵐が止み、息を切らしながら、おもむろに立ち上がるハルマ。

ハヤブサの元へ戻ってくる。


「……“あいつ”も十分、反省したみたいなんで、許してやっちゃぁくれやせんか、俺からもしっかりと言い聞かせたんで、もう非行に走ることはないと思うんで」

感慨深げにしたり顔のハルマ。


後ろのオリジンもモジモジと手を前に組んで、どこか申し訳なさげに立っている。


「いや、君、非行って、そもそも、許すもなにも、倒さなきゃいけないし、てか、反省なんてするわけないじゃん……」と、戸惑い顔のハヤブサ。


「え、いや、あいつはきっともう、人様の迷惑になるような行動は──」と、ハルマはオリジンへ振り返る。


「ギャジャァァーッ!」

オリジンは垂直に高く跳び上がり、ハルマ目掛け、輪刀を振り被る。


「──ほらねっ!」と、横へ跳ぶ、ムササビ。

「なんて、不良だっ!」

唖然とオリジンを見上げるハルマに振り下ろされる輪刀──


ズダンッ! 

躱すハルマ。地を割る輪刀。


オリジンはすぐさま二の矢を放った──


「はあっ?」

「ええっ?」

「ど、どうなってんの?」

驚く、三人のランダー。


それまで行動を共にしていたカナタだけが、ニヤリと笑った。


斧のように分厚い輪刀の刃を、ハルマは腕で防いでいる……腕でだ。

不愉快そうに口を歪めるオリジン。


「その程度じゃ、俺は

ハルマは輪刀を押し返す。


オリジンは再び、ハルマに輪刀を振りかざす。

──何かに気付くハルマ。


「あ、ちょっと、タンマ──」

オリジンの猛攻。ゴムのようにしなる腕から放たれる連撃。


「──いや、だから、ちょっと待てって」

輪刀は否応なく、ハルマを襲う。


「だから、待てっつてんだろ──」

──ハルマの姿がまた


「──いい加減にしろよ」

ハルマの強烈な蹴りがオリジンの身体をくの字に折った。


唾液を撒き散らせ、遥か後方まで吹き飛ぶ、オリジン。

「たくっ」と、ハルマは眉を寄せた。


「──まただ」

ナツモは思わず、呟いた。


(さっきと同じだ。また、一瞬、あいつの姿が“消えた”……そう思った瞬間、オリジンに攻撃が当たっていた……)


釈然としないナツモ。


(全く、モーションが見えなかった……”ハヤブサ斬り”のような高速移動の攻撃……? いや、それとも違う。そんな素振りすらなかった──)


「──目にも止まらないだと……あいつが?」

ナツモは睨み付けるようにハルマを見る。


「ねえ、ちょっと、ハルマ君、何してんの?」と、ハヤブサ。


「え、いや、ジャケットを脱いだんですけど」

「いやいや、それは見れば分かるわよっ、なんで、脱いでんのかって、聞いてんのよっ」


「……破れたらいけないんで」

「はっ?」


「これ、ほら、ジミーからの借りもんなんで、汚れたら洗えばいいけど、でも、傷付けるのはちょっと……」

申し訳なさそうなハルマ。


「ほら、さっき、あの野郎の攻撃、防いだときにここ──」と、コンバットユニフォームの縦に裂けたユニフォームの袖をハヤブサに見せた。


「いやいや、そんなの気にすることないわよ、それ、支給品だし、代えなんていくらでも貰えんだし、着てなきゃ、危ないわよっ」


「え、そうなの」

「──てか、なんで、上着が斬れただけで、君は無傷なのよっ! そっちの方が、驚きだってば!」


「……自分、昔から身体は丈夫な方なんで」

「いや、絶対、おかしいでしょっ」

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