42
闘技場と観客席──
二つの場所で、二つの戦闘が繰り広げられる。
四人の胸に諦めの文字はない。
ありきたりな「勝利」のためならば、死さえ厭わない。
それが、「ランダー」という人種。
オリジンの攻撃は激しさを増す。
「あっ!」
勢い余って、オリジンの片腕を斬り飛ばすムササビ。
(力を加減すんの難しいな)
それはハヤブサも感じていた。
「このままだと、こっちのフラストレーションが先に爆発しちゃうわよ」
「ああ、ほんと、もう、うんざりしてきたぜ」
二人の作戦に気付くほどの理性をオリジンは持ち合わせてはいない。
しかし、本能的にオリジンは結界に近寄ることを避けている。
「よし、結界にあいつごとぶつけてみよう」
再生したばかりの腕は再び、刃に変わる。
「賛成っ」
輪刀に乗るオリジンの両腕を
ハヤブサの回し蹴りが、がら空きの身体に被弾する。
吹き飛ぶオリジンは輪刀から足を離し、踏ん張る。
「もういっちょ!」
ムササビが強烈な飛び蹴りを見舞う。
踏ん張るオリジン、だが、身体はさらに後退する。
「オオラァァッ!」
「ウララァァッ!」
二人一斉の飛び蹴りに吹き飛んだ巨躯は勢いよく壁に激突した。
(どうだ──!?)
薄緑に光る結界は瞬き、揺れる。
「……あー、惜しかったけど、ダメみたいね」と、ハヤブサ。
「まあ、少し、スッとしたね」
「ああ、そうだな、せいせいしたよ。今の要領でやりゃあ、あと何回かで瓦解できそうだな」
瓦礫の中から起き上がるオリジン。
首をくねらし、何事もなかったかのように、大きく飛び上がり、闘技場の真ん中あたりに着地した。
「もう一度だっ」と駆け出すムササビ。
「正直、ぶった斬るより、ぶっ飛ばす方が楽だわ」ハヤブサも続く。
振り放つ輪刀。ムササビは弾き返す。
──が、すぐさま、勢いを付けてムササビの元へとやってくる。
「へぇ、ここにきて、新技のお披露目かい」
輪刀を掴むオリジンの腕は白いゴムのように伸び、弾き返した輪刀は、素早く、反動を付けて、再び、ムササビを襲う。
弾力のあるゴムが繋がれた輪刀は弾き返しても、間を置かず、勢いを落とさず、何度でも襲い掛かる。
「だったらっ──!」
ムササビはオリジンと輪刀を繋ぐ、白く伸びた腕を断ち斬らんと、ハルバードを叩き付けた。
しかし、腕は斬れない。ぐにっと、くの字に曲がり、反動を付けた輪刀はムササビを身勝手に急襲する。
宙へ翻り、着地するムササビ。
駆けるハヤブサとオリジンの攻防を目に、
「鋼鉄の硬度に、ゴムの弾力性……思ったより厄介だ。これはさすがのコウセイでも斬るの、難しいだろうな」と、呟く。
「そんなことないっすけど」と、尽かさず耳元からナツモの声。
「そっちはどう?」
「問題ないです」と、カナタ。
「了解。よろしく頼むぜ、二人とも──!」
──ダンッ
ムササビはオリジン目掛け、突撃する。
華麗に輪刀を躱し続けるハヤブサ。オリジンの脇腹に強烈な蹴りを見舞う。
体勢を崩し、横に吹き飛ぶオリジンの身体。その先に、ムササビが待ち構えている。
「ゴールネットを揺らしてやる──」
メキメキと脚に力を込めたムササビ渾身の回し蹴り。
オリジンは身体を折り曲げ、飛んでいく。
地面を掴み、なんとか結界寸前で勢いを殺すオリジン。
「──惜しいっ」と、ムササビ。
「任せてっ──」と、ハヤブサ。
──それに先に気が付いたのはムササビ。
目も鼻も耳もないオリジンの顔から、あの邪悪に歪む口が消えていた。
形容しがたい不吉な気配が足元から湧き上がる。
「ダメだ! ケイッ!」
ムササビは自分でも知らないうちに大声を上げていた。
「なによ、大声出して!?」
振り返るハヤブサを追い抜き、すでにムササビはオリジンに向かっていた。
オリジンはムササビに手の平を向けた。
──目が合った。
目などあるはずもないのに、そう感じた。
オリジンの手の平に邪悪に歪む口が浮かんでいる。
感じた時点でムササビはもうオリジンの術中──
魚類のような歯を剥き出して、赤白い舌を垂らして、嗤っている。
見えない無数の糸が全身に絡みついたかのようにムササビの動きがピタリと止まった。
──金縛り。
「クソッ──!」
勝ち誇ったかのような邪悪な嘲笑。
「ムササビさんっ!」
「トウッ!」
オリジンは醜い嘲笑の浮かぶ手の中指を力強く、ピンッと弾いた。
強欲な引力がムササビを引っ張る。
ハルバードを地に突き立て抗う。
「負け、る……かよっ!」
しかし、ダメ押しの輪刀が斧槍を押し込んだ。
ムササビの身体は風に吹かれた紙切れのように勢いよく外野へと飛んでいく。
「ちょっと、トウッ、あんた、何やってんのよ!」
「すまん、ケイ、あとは任せたぁぁっーーー」
ムササビは反響だけを残して、観客席に激突した。
瓦礫の中から起き上がるムササビ。
側にカナタとナツモの姿。
「──あの、こんな時になんなんですけど、“ロマンサー”の銃弾、製造完了しました」
カナタの拳の間に挟まる三つの弾丸。
「ビヨンド一群、オールクリアです」
ナツモは涼しげな顔で伝えた。
──ムササビは手で顔を覆った。
「すまん、ケイ、こっちはいつでも大丈夫みたい……です」
「了解」と、ハヤブサは一言、激しい戦闘の真っ只中。
(……ちょっと不味い状況ね。バカルセイが離脱したのは、正直、痛いわ)
「まあ、それでも、なんとかしちゃうのが、このハヤブサさんなわけだけどね」
ハヤブサは不敵に笑う。
構えた双剣。輪刀を持つ魔物を見据える。
ゴムのように伸びる白い腕。殺気に満ちた空気を絡ませハヤブサを襲う。
跳ぶハヤブサ。着地と同時に駆ける。
凶刃を掻い潜り、オリジンの身体を蹴る。
仰け反るオリジンはすぐに体勢を立て直すが、ハヤブサの肘鉄がオリジンに突き刺さる。
「ジャァシャァーッ」
「うるさい!」と、言わんばかりに、切り株を逆さにしたような頭にたドロップキック。
ハヤブサは大地を蹴る──強烈な掌底がオリジンの身体を突き飛ばす。
「まだまだいくわよ──」
たまらず、オリジンは腕を後ろに伸ばし、反動を付けて輪刀を放つ。
難なく躱す、ハヤブサ。
後ろに目が付いているかのように振り返りもせず、跳び上がり、背後から迫る輪刀を避ける。
──ドンッと、地に足をめり込ませるオリジン。
手に戻る輪刀の勢いは止まらず、千切れんばかりに目一杯に後ろへ伸びる白い腕は軋む。
「そんな大振り、当たんないって──」
しかし──、
ハヤブサの足から腰に何かが絡み付いた。
白い触手だ。それは地面から突如として、這い出たのだ。
(──なに!?)
ハヤブサはオリジンを見る。その足元に目が止まる。
(もしかして──!)
オリジンが地面にめり込ました両足は地中を進み、ハヤブサの下半身に蛇のように絡み付いていた。
「マズイッ!」
「ヤバいっ!」
「ケイッ!」
外野の三人が叫ぶ。
その瞬間、ナツモの真横を何かが横切った。
──殺気混じりの空気、息遣い、地を舞う砂埃、オリジンの嘲笑、身体の機微、向かってくる輪刀の分厚い刃、その奥の風景までもが鮮明に映る。
──そして、その全ては、驚くほどスローモーションに見えた。
ムササビの叫び声が、ゆっくりと耳に入る──
(あっ……ヤバい、私、死ん──)
白い触手を引き千切り、死を覚悟した彼女のコンバットユニフォームの襟首を誰かが強く引っ張った。
──ガキィッン!
彼女は尻もちをつき、輪刀は宙に弾き飛んでいた。
(──!!)
「……ッ!!」
「──!?」
「……!!!」
目の前の光景を唖然と見つめる三人。
ハヤブサは見上げる。
灰色の短い髪。グレーの瞳。
その両目の目尻には切り傷のような痕が短く縦に走っている。
──ハルマだ。
ヒコキハルマが立っている。
「──なあ、あれが、“オリジン”ってやつなの?」
ハルマは無垢な瞳でハヤブサに尋ねた。
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